8 お出かけしました
その日、俺は特にすることもなかったので、一日街をぶらぶらと歩く予定だったのだが――隣には、リリアがいる。
「なあ、リリア。店のほうはいいのか?」
「臨時休業。問題ないわ」
「……客が入っているところ、見たことないけれど」
「あら、失礼ね。三日に一人くらいは来るのよ」
つまり、閑古鳥が鳴いているということだった。道理で、いつも暇そうにしている。
呆れたような俺を見て、リリアが眉を顰める。
「少なくとも、あなたがこれから稼ぐ額より、儲かっているわ」
「……人も入っていないのに?」
「魔王討伐の途中で手に入れた、魔法道具作りの秘宝があるのよ。だから特別製で、お値段も跳ね上がってしまうの。店主が儲かるのも仕方ないことね」
まるで他人事のように、リリアは言う。要するに、ほかでは手に入らないからといって、ぼったくっているのである。なんという女だ。
「ひどいな。それで、なに売ってるんだ?」
「そうね、竜が昏倒してしまう毒薬とか」
「まじかよ!?」
「嘘よ」
「なんだ嘘か」
ほっと一息吐く。いや、たぶんそんなものはないはずだ。だって、あれば魔王だろうがなんだろうが、口の中にぶち込めば倒せてしまう。村娘だって退治できちゃうはずだ。ユウコが聖剣を使う必要もなかったはずだ。
しかし、どんなものがあるのかはやはり気になる。
「もしかして惚れ薬とかもある?」
「あるわ」
おお、さすが異世界!
「ちょっとだけ、もらえないかな!?」
「いやよ、悪用するでしょう」
「しないよ。俺は女の子の嫌がることはしない」
薬で惚れさせるなんて邪道だからな。女の子が自然と好きになって、気が付けばもう忘れられない……というのが理想なのである。
いきなり好感度最大の女の子もいいけど、徐々に仲良くなっていくのも悪くない。ゲームや映画だってそうだろう。だからこそ、クライマックスが盛り上がるのである。いきなりキスばかりしている男には妬みや憎しみを覚えるが、苦難を乗り越えた後にちゅっちゅするのは素直に憧れるのだ。
「じゃあなにに使うの?」
「いけ好かないイケメンが侍らせている女の子を、新しい恋――正しい道に導いたり、禿げたおっさんの恋を応援する」
「ろくでもない使い方ね」
リリアは大きくため息を吐いた。呆れられてしまったらしい。
そうしているうちに、彼女は足を止めた。目の前には、立派なブティック。
「高そうだけど……いいのか?」
「ええ。あなたに貸し続けているよりましよ」
リリアは先に行ってしまう。
俺は彼女からローブを借りっぱなしだが、ヴェーラにそのことを指摘されたこともあって、気にしていたらしい。ペアルックを恥ずかしがるなんて、可愛いやつめ。
俺としてはどちらでもいいのだが、買ってくれるとのことなので、ありがたく貰うことにしたのだ。決して、女の子にたかっているわけではない。贈り物なのである。
「いらっしゃいませ、なにかお探しでしょうか」
早速、店員さんがやってくる。若い女の子だ。
ペンダントやブレスレットなどのアクセサリーを身に付けていたり、俺にはよくわからないがあちこちフリルがついた衣服で着飾ったりしている。暑くないんだろうか。それとも、お洒落をするのも戦いということなのだろうか。
けれど、世の中は残酷なものである。
ここに百人が通りかかれば、彼女を見るのは一人か二人しかいないだろう。なにも、彼女が悪いわけではない。一人で歩いていれば十分目立つ、綺麗な容貌をしているし、身だしなみにも気を遣っている。
けれど、この上なくシンプルなローブをただ纏っただけのリリアがいるだけで、すっかりかすんでしまうのだ。
夜の闇のように澄んだ美しさは、人を寄せ付けず、神秘性さえもたらしている。
「彼に見合うものを、一着1万ゴールド以内で選んでもらえる?」
「畏まりました」
リリアには、二人で店の中を見て楽しんだり、ふざけてジョークグッズを使ってみたりするだけの遊び心というものはないらしい。
いや、リリアが「ティールくん、こんなのどうかな? え。可愛いって? えへへ、嬉しいなあ、ありがとー。だぁいすき(はぁと」なんて言ってもどうかと思うが。
そんなことを考えているうちに、店員さんは俺のサイズをささっと測り終えて、三つほど品を持ってくる。
「こちらなどいかがでしょうか」
「ええ、じゃあそれにするわ。お会計、お願いね」
リリアは即答する。
「迷いがないな」
「だって、私が着るわけではないもの。それに、なにを着たって馬子にも衣装よ」
言い返したいが、言い返せない。だって、そんなことをすれば、リリアは折角買った衣服に火をつけて一人で帰ってしまうだろうから。
それに、俺だって感謝しているのだ。こんなローブで販売するわけにもいかないと、彼女は俺のことを思ってくれているのだ。「もう、ティールくんったら、そんな恰好じゃだめだぞ? え? お金ないの? 仕方ないなあ、今回だけだよ(にっこり」って言ってくれる可愛い女の子とどこが違うっていうんだ。うん、言葉遣いと態度だな。
そんなリリアはさっさと金を払わんと、財布を取り出している。
「なあ、リリアっていつもローブを着ているけれど、私服とかはないのか?」
「そうよ、魔術師には必要ないものだから。……悪い?」
「いや、悪くはないけどさ。折角可愛いんだから、ほら、あの黒いドレスとかどうだ? 深窓の令嬢にも見劣りしないだろう」
「……似合わないわ」
リリアはちらりとそちらを眺めてから、小さく言った。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
店員さんが告げるなり、リリアはさっさと歩いていってしまった。俺だけいても仕方ないので、二人で店を出る。
それから俺たちは、二人で真っ直ぐにリリアの家へと帰るのだった。
出来事だけで言えば、服を買ってすぐに帰った、ただそれだけでまったく面白いことはない。けれど、なんとなく、彼女との付き合い方もわかってきたのかもしれない。少しだけ、楽しい時間だった。
◇
リリアの家に帰ると、ユウコがシロップと睨めっこしていた。暇さえあればそうしている。新しいおもちゃを貰った子供のようだ。
「ティールさん、赤くなってきたよ!」
「ああ、そうだな」
ちらりとそちらを見るも、特に変わったところはない。随分と液体が滲み出てきて、綺麗な色をしているのは確かだが、飽きもせず、よく見ているものだと感心してしまう。
と、そこで俺は思い出した。
「そうだ、ユウコ。そろそろかき氷器もできたんじゃないか?」
「じゃあ行ってみようよ!」
そう言うことになったので、俺はこの暑い中、再び出かけることにした。
しばらく歩いてから辿り着いた鍛冶屋は、相変わらずすごい熱気を放っている。今回はユウコも俺のすぐ近くにいるため、前のように汗だくにはなっていない。嬉しいような、寂しいような、といったところだ。
中に入ると、あのおっちゃんがいた。
「お、勇者ちゃん。頼まれてたもの、できたぜ」
と、おっちゃんは完成品を奥から持ってきてくれる。
俺はその場で試しにくるくると回してみるが、問題なく使える。予備のものと合わせて二つ。俺は早速持ち帰ることにした。
「おじさんありがとう!」
「おう、頑張れよ!」
そうして目的を終えると、やはり暇になる。
もしかすると、かなり俺たちは暇なのかもしれない。というのも、飲み物に関しては、ヴェーラの父から卸すことにしたからだ。作ってもいいのだが、正直、面倒くさくなったのである。だって、店員二人しかいないんだぜ。少しでも手間は減らしたいものだ。しかも、氷を使うわけじゃないから大して利益を出せるわけでもない。
「あ、そうだユウコ。ちょっと寄り道していいか?」
「うん。どこいくの?」
「露店の場所、見ておこうと思ってさ」
付近の情報を知っているのと知らないのでは、大きく違う。といっても、場所が決まってしまった以上、どうすることもできないのだが。
たまたま空いてたからすぐに決めたのだが、なんらかの問題がある場所の可能性も捨てきれない。商業ギルドのお姉さんは、いい場所だと言ってくれたけれど。
そうして大通りを、二人で歩いていく。
のんきに歩いていくと、街の人々の姿がよく見える。老若男女、様々だ。
あまり文化が発達していないと思っていたが、平和になったこともあって、皆幸せそうである。いや、幸せというよりは、安らか、というほうが近いか。
そりゃ、近くにアイスドラゴンがいきなり現れれば、不安にもなるか。俺は隣のユウコを見る。
街中をきょろきょろ見回したり、気になるものを見つけては近づいていく彼女。子供っぽいが、彼女なりに考えていることは考えているのかもしれない。
そうしているうちに、指定された場所に辿り着く。
「この辺か。……通りからは外れているけど、結構人はいるみたいだな」
「うん。これなら売れそう!」
もちろん、人の数だけが売れる要因ではないが、近くを通る人が少なければどうにもならない。
それからふらふらと、しばらく近くを歩いてみる。すると、なにやら人が集まっている場所があったので、俺たちも行ってみることにした。
「あれ。かき氷屋さんかな?」
ユウコが移動型の屋台を示す。
客たちが持っているのを見れば、どうやらかき氷ではなく、古来からあるような氷菓が近い。シャーベットのようなものだろう。
「うーん、先を越された感があるな」
「そうだね。でも、お値段がちょっと」
見れば、2000ゴールドとか、高いものでは3000ゴールド弱もしている。ヴェーラは氷雪を運ぶのに云々と言っていたが、やはり凍らせるのには手間がかかるようだ。
「買っていくか?」
「ううん、帰ってからでいいよ」
ユウコはそう言いつつも、物欲しそうな顔をしている。
仕方ないな。彼女が頼みやすいようにしてやるか。案外、働いてくれているし。といっても、結局はリリアに借りた金なんだけど。
「流行りやライバルの情報を知るのは大切だ。どれがいい?」
「あ、じゃあイチゴ味で!」
ユウコが楽しげにしているので、俺は早速そちらに行く。彼女もついてきた。よくある、彼氏一人が買いに行かされて、戻ってきたら遅いと文句を言われるような展開にはならないようだ。もっとも、ユウコに限ってそんなことはないだろう。むしろダメな彼氏に騙されて貢ぐほうが在り得る。
物珍しさで集まっているだけらしく、そんなに売れているわけでもないようだ。さもありなん、こんなに高ければ気軽に買うことなどできやしない。
「イチゴ味、一つ」
「ありがとうございます!」
頼むと、奥からシャーベットを取り出していた。どうやら作り置きのようだ。
俺はスプーンの二つ刺さったシャーベットを受け取る。
おお、これは!
女の子と一緒に一つのデザートを堪能するという、誰もが憧れるイベントじゃないか!
しかし、いいのか? いいのか? 嫌がられたりしないか?
「いやちょっと……○○くんと一緒は生理的に無理」とか言われないか?
そんなことを考えていると、ユウコはご機嫌でシャーベットをドンドン口にしていく。
「食べないの? なくなっちゃうよ?」
と、尋ねてくる。そう思うなら「なくなっちゃうよ?」じゃなくて残せよ。
しかし、俺はもうそんなことを突っ込んでいる余裕はない。
スプーンを駆使して、シャーベットを口にする。
甘い。なんとも甘い!
「美味しいね」
「ああ、美味しい」
口の周りを赤く染めたユウコを見ながら、俺は感動するのだった。
いつか誰かとデートをすることになれば、こんなこともあるのだろうか。
上機嫌の少女を見ながら、俺は詮無きことを思うのだった。