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3 準備を始めました

「……なんであなたまでいるの?」


 呆れたようにこっちを見てくるリリア。

 俺とユウコは商業ギルドを出るなり、リリアの家に戻ってきていた。

 彼女の家は一階が店舗として利用されており、二階と三階が生活空間となっている。また、一人暮らしのため、一人や二人増えたところで、なんら問題なく泊まれるはずである。


「仕方ないだろう。宿に泊まったらお金がなくなっちまう。それともなんだ。俺とユウコが一つのベッドに寝てもいいというのか」

「構わないけれど……その子、いまだにおもらしするよ?」

「まじかよ。いや、その……なんだ。ユウコ、そういうこともあるよな?」

「リリアちゃんひどい! 内緒にしてたのに」


 ユウコは顔を真っ赤にして、泣きじゃくる。そんなところは実に子供っぽい。

 それから今はもうしていないと彼女の弁明があったり、今日の商業ギルドに行ってきた説明などがあったり、時間が過ぎていく。


「そういえばさ、ユウコって歳いくつなんだ?」

「十四」


 子供っぽいのではなく、子供なのだった。一応、この世界では十五から成人と見なされるようだ。しかし後一年で立派になるとは到底思えなかった。


 俺もさすがに、未成年に手を出そうなんて考えはない。果実は熟してから取ったほうがおいしいものである。もっとも、このアホ勇者がどうなるかは見当もつかないが。


 泊まるための条件などを俺が誓ってから、リリアも渋々、泊めてくれることになった。

 といっても、俺はキッチンの床で寝ることになったのだが。ソファくらい使わせてくれてもよさそうなものであるが、彼女たちの生活空間には近づけてはもらえないようだ。


 とはいえ今日あったばかりの俺を、追い出して野宿させないなど無下にしない辺り、やはり優しいのかもしれない。まじまじと眺めていると、怪訝そうな顔をされたので、俺はさっさと引っ込むことにした。


 キッチンで布を引き、横になっていると、風呂場のほうから少女たち二人の声が聞こえてくる。普通の家にはあまりないそうだが、リリアは相当優秀な魔術師らしく、炎も水も自由に操れるとのことだった。


「はあ、いいなあ。俺もお風呂で流し合いしてえ。すべすべ美少女とあんなことやこんなことしたい」


 具体的な内容が出てこないのは、経験がないからだ。ちくしょう。

 そう考えると、なんだか無性に悔しくなってきた。なぜ、一人で床に転がってなければならないのか。なぜ、こんなことになってしまったのか。


「寝よ」


 すべて、売り上げが解決してくれるはずだ。売れれば立派な店が構えられる。立派な店が構えられれば、可愛い女の子を雇うことができる。可愛い女の子を雇うことができれば、店主は甘々な生活ができる。


 そうだ、万事解決するではないか!

 甘々な生活のためにも、これからすべきことを整理するのだった。



    ◇



 早朝、俺は裏庭でちょっとした工作をしていた。

 といっても、すべて氷魔法で作り上げているだけなので、すべて氷である。魔法万歳、ドラゴンの魔力もあって、自由自在に扱うことができた。


 無数のとげとげの生えた円形の塊に、垂直に棒をつける。そしてその端には取っ手。

 そう、手動かき氷器のモデルを作成しているのである。


 ためしにカンナと氷を設置して、くるくると回してみる。

 がりがりと音を立てて、氷は削れ始める。これならば、固定すれば使えるだろう。


「あ、ティールさん。おはよう。それなあに?」


 ユウコが駆け寄ってくる。朝から元気な奴である。ちなみにリリアは店番だ。


「いちいちカンナをかけていたのでは時間がかかるだろ。だからこうやって、ある程度機械化しておくんだよ」

「そうなんだ、一日で作っちゃうなんてすごい! やってみていい?」

「もちろん」


 当然だ。なぜなら、当日これを回すのはユウコの仕事なのだから。今から慣れておくのも悪くないだろう。


 ユウコはぐいぐいと力を入れて、回していく。楽しげである。しかしどうにも不器用らしい。

 やがて引っかかって、動かなくなる。


「壊れてるよ?」

「いや、引っかかった氷をずらせば動くから」

「そうなんだ」


 がりがりと氷は音を立てて、削れていく。

 彼女の足元には、小高い氷の山が出来上がっていた。


 触ってみると、まあまあ悪くない。とはいえ、売り物として見れば、まだまだ不十分なところがある。


「溶けてきたんだけど、どうすればいい?」

「凍らせればいいんだが――」


 注意するよりも早く、ユウコは魔法を発動させる。


「あー……」


 溶けた水が張り付いて、取っ手が固まってしまった。こうなると、もう回らない。


 彼女も一応勇者なのだ。魔王を倒すことはできねど、人並み以上には魔法が使える。

 そう、昨日街の中を巡っていて知ったことなのだが、魔法が使える者は1%もおらず、氷を作ることができるものもほとんどいないそうだ。そして魔力が足りず、塊を作れるのはほんの一握り、ということになるらしい。

 その点、俺は膨大な魔力を誇っているらしく、一日中使い放題である。


 作り直さないといけないとはいえ、一度作ったものだから、そこまで時間はかからないだろう。


「とりあえず、これを製作してもらうため、鍛冶場に行こう」


 ユウコはおもちゃを壊してしまった子供のように、固まってしまったかき氷器(仮)を眺めていた。



    ◇



 そうしてやってきた鍛冶場は、とんでもなく暑かった。俺は魔法で付近を涼しく保っているが、ユウコはすでに額から汗を流している。


 物憂げな表情は、なんとも大人びて見える。服の襟をつまんで、ぱたぱたと仰ぐ。隣にいた俺のところからは、胸元が見えた。


 瑞々しい肌は汗を弾き、滴る汗は肌を滑りながら輝いている。


 汗と肌の一体化である。重なり合うことによって、少女という存在の芸術性を際限なく高めているのだ。これがもし、どちらか一方だけならば、この現象が起きることはなかった。


 ただの汗でも、肌でも、ここまでの艶めかしさは出せやしない。しかし、それらがただ合わさるだけではだめなのである。この少女が元来持つ質の高さがあってこそ、贅沢で芳醇な魅力を醸し出されるのだ。


 つう、と一筋の汗が伝っていく。


 ――エロい。


 ユウコは手の甲で、汗をぬぐった。そして一つ、小さく息を吐く。


「ん、暑いね」


 こちらを見る。いつもの微笑は、なんとも美しい。

 夏は悪くないかもしれない。確かに、暑くて人々を困らせる。だが、反面、こうして夏の風物詩ともいえる、薄着や発汗といったものを見せてくれるのだ。


 日は強すぎれば食物を枯らすが、弱すぎても育たない。それと同じことなのである。一年中暑ければ参ってしまうが、年の四分の一だけ暑くなることで、いつでも新鮮でありがたい光景を見せてくれるのである。


 これ以上の納涼はないだろう。

 俺は自分の周りだけ快適な空間を維持しながら、そんなことを考えていた。


「なに考えてたの?」

「え? 汗が……」

「汗?」


 ユウコは小首を傾げる。この少女はどこまでも純粋なのかもしれない。


「そうだ。夏場は皆、汗をかく。ここが大事なんだ」

「当たり前のことだけど……どうして大事なの?」


 俺は勿体をつけてから、一つ息を吐く。思わず冷気が籠ってしまった。

 ユウコはひんやりした空気に、目を細めた。


「汗をかくということは、塩分を補給しなければならない。つまり、塩分が適度に補給できるものを出せば、売れるということだ」

「あ! たしかに!」

「かき氷だけでは大して稼げはしないだろう。しかし、そこでセットで飲み物をつければどうだ?」

「……! 売れる!?」

「そのとおりだ」


 俺は微笑む。イケメンと化した俺の微笑で美少女もいちころだ。

 案の定、ユウコはもう俺の言うことを微少たりとも疑ってはいない。


 ちょろいぜ。これで彼女は俺の命令に従って、てきぱき働いてくれるはずだ。楽しげにかき氷器を回す彼女の姿が目に浮かぶようだ。


「……なあ、あんたたち、なにしに来たんだ?」


 鍛冶屋の前で立ちっぱなしだった俺たちに、中から出てきたおっちゃんが声をかけてくる。いや、見てたなら早く言えよ。


「作ってもらいたいものがあるんだ」

「鍋なら隣で買ってくれよ?」

「そんなものじゃない。きっと、君らが初めて作ることになるものだ」

「ほう……言うじゃねえか。見せてみろよ」


 俺は中の一室に案内されると、早速氷魔法を駆使して、かき氷器(仮)を作り上げる。


「な、ななななんだあ!? お前さん、なにもんだ?」

「ただのかき氷屋店主(予定)さ」

「……信じられねえな」


 俺の魔法を見て、おっちゃんは感嘆していた。いや、別に魔法はどうでもいいから、作れるのかどうかだけ見てくれよ。


「それで、こうやって使うわけだ」


 俺はユウコを見る。彼女はデモンストレーションを始めた。

 積もった氷は、鍛冶場の熱気に溶けていく。


「刃の角度を変えたものを、いくつか作ってくれないか」

「ああ、構わないが……刃のところだけ取り換えられるようにすればいいんだな?」

「それでいい。価格はどれくらいになるだろうか」

「そうだな……10万ゴールドもあれば十分なものができるはずだ」


 そう提示されたのだが、俺の所持金(借り物)は9万9870ゴールドだ。

 払えない。そんなはした金すら払えないのだ。


 俺は転生して無一文だからお金がないのである。しかし前世の俺ならば――やはり払えないのである。

 変わらなかった。


「生憎と、今は金がないんだ。これで一儲けするつもりなんだが……もう少し安くできないか?」

「妥協はできないな。……だが」


 おっさんは俺を見てにやりと笑った。


「出世払いでいいぜ」

「おお! 太っ腹!」

「ありがとうございます!」


 このおっさん、本当にいい人だ。

 世の中、捨てたもんじゃない。


「実はさ。勇者ちゃんがまだまだちっさいとき、ファンだったんだよ。今じゃあすっかり大きくなっちまったけど。あのときは可愛くてなあ」


 ただのロリコンだった。



    ◇



「ティールさん、どう? 聞いた聞いた?」


 帰り道、ユウコが楽しげに聞いてくる。


「ああ。出世払いでいいってさ」

「うん! 可愛いって言われちゃったよー」


 会話がかみ合っていない。彼女は都合のいい言葉しか聞こえないのだろうか。


「小さいときって限定されてたけどな」


 ユウコは俺の話も聞かず、嬉しそうだ。それにしても、小さいときから勇者だということは、いったい何年旅をしていたのだろう。


 なんとなく聞くような雰囲気でもなかったので、そこで話題を変えた。


「飲み物のほうはどうするかな」

「うーん……作る?」

「いや、二人でそこまで手は回らないだろう。時間が余れば作るとして……それ以外はどこかから仕入れるとしようか」


 あまり利益はでないが、大量に下ろせばなんとかなるだろう。

 これだけではあまり旨味がないように感じるが、冷えた飲み物というのが貴重なため、それだけで十分、付加価値をつけられるだろう。


 あれ……もしかして、大手料理店の冷蔵庫として働けばよかったんじゃねえか?

 そこそこお給料くれただろうし。


「ティールさん、頑張ろうね!」


 ユウコが笑顔で言う。そんな姿を見ていると、まあたまには働くのも悪くない、なんてことを思うのだった。



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