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最終話 幸せな味がしました

「ねー、ティール。ちょっといい?」


 リディが俺に声をかけてきた。なんだろうか、お金の無心だろうか?


「ああ、構わないけれど」

「ちょっと、荷物運ぶの手伝ってほしいんだよね」

「そういうことなら」

「よかった。ちょっと一人じゃ運べなくてさ」


 一人で運べない量のなんだろう。そもそも、俺はリディの趣味とかはあんまり知らないことに気が付いた。


 今日のリディは上機嫌で、寒気の強い外も軽快に歩いていく。普段なら「寒いし、出かけるのやめよーよ」なんて言うところなんだが。


 気だるげな彼女も彼女らしいが、こう、たまに見る一面も悪くない。二人きりで出かけることもあって、なんだかドキドキしてしまう。


 そういえば、リディと初めて会ったとき、俺はヴェーラとお出かけしてたんだよなあ。手も繋いで。


 しかし、多分そんなことをリディにしたら、嫌がられるか、あるいは金をせびられるだろう。だからやめておくに越したことはない。

 そんなことを考えていると、リディの目的地に着いた。ヴェーラの実家だ。


「こんにちはー。頼んでたもの、届いてる?」

「リディさん! はい、こちらに!」


 威勢のいい声が上がると、すぐさま荷物を乗せた荷車がやってくる。 

 随分と大きいものだ。リディは肉体労働するようなタイプじゃないから、たしかに運べないだろう。


 俺はそれを受け取るなり、早速運び始める。


「どこに持っていけばいい?」

「着いてからのお楽しみ! ついてきて!」


 そんなリディのあとをついていく。そういえば今日はリディ、修道服着てるんだなあ。

 その理由はすぐにわかることになった。


 到着したのは、この町でよく見かける宗教のシンボルが掲げられた、教会なのだ。しかし、リディが入っていくのは、その近くに併設されている施設である。


「ここって」

「孤児院だよ」


 リディは中に入っていくと、すぐに子供たちが集まってきた。口々に、リディを歓迎する言葉を述べる。


「元気にしてたか―、今日はお土産持ってきたから」


 子供たちと戯れながら、リディはこちらに一瞥をくれる。荷をほどけということだろう。

 俺は彼女に指図された通り、大きな袋を掲げ、中に入っていく。


「おっと、危ないよ」


 中身が気になるのか、子供らが俺に集まってくる。俺はこうした経験があまりないから、ちょっと対応が難しい。


 それから中身を取り出していくと、お菓子やおもちゃ、子供向けの衣服、などなど、とても普段のリディからは考えられないような中身が飛び出してくる。


「喧嘩するんじゃないよ、仲良くね」


 そんなことを言うリディは嬉しそうで、なんだか家庭的である。きっと、彼女がお母さんになったら、こんな感じなんだろうか。俺は詮無きことを考えてしまう。


 それから子供たちと遊んだり、なんだかんだと楽しい時間が過ぎていった。


 リディはここで、いや、今日一日お金のことはなにも言わなかった。気にするべきときではなかったのだろう。


 やがて、リディとともに俺は孤児院を後にする。


「また来るからねー」


 と、手を振る彼女。そして俺も仲良くなった子らに手を振り、荷車を押し始める。


「それにしても、リディがこんなことをしてるとはなあ」

「似合わないって?」

「いや、家庭的でいいんじゃないかな。楽しそうにしてるリディが見られて、俺は嬉しかったよ」

「……ありがと」


 リディはそっぽを向いた。

 なんだかいつもと違う彼女に、俺はどうしていいのかわからなくなる。けれど、振り返ったときにはいつもの彼女だった。


「ほら、こうしちゃいられないよ、次があるんだから」

「まだあるのか」

「当然でしょー。まとめ買いしたほうが安いんだからさ。頑張ってよ!」

「わかりました、リディお嬢様」

「もう、ヴェーラじゃないんだから」


 俺はおどけながら、彼女とのひとときを楽しむ。

 彼女がお金を貯めていた理由は、これなんだろう。だから、あのかき氷屋さんを始めてよかったと改めて思うのだった。



    ◇



 俺は裏庭にて、いつになく真剣な面持ちで剣の手入れをするサクヤを眺めていた。

 どこか張りつめた空気。彼女の表情に軽い部分はなにもない。


 俺は言葉を失って、ただ彼女の所作を見ているだけだった。


「ティールさん」


 鞘に納めると、彼女は顔を上げた。


「うん?」

「剣は使えますか?」

「いや、さっぱり。というか、ろくに戦う技術は身に付けていないよ」

「それなのに、敵わないなんて、世の中は不公平にできていますね」

「まったくだ」


 そんな他愛もない会話をするために、ここに呼んだわけじゃないだろう。なにか言いたいことがあったに違いない。


 サクヤの近くには、ヴェーラ。この二人が一緒にいるのは、割と珍しいかもしれない。けれど、当人たちはそう思っていないようだ。


 彼女たちは武装するなり、俺に向き直る。


「私たちと、勝負していただけませんか?」


 二人の提案は、そんなものだった。これは、自分より強いと認めた相手としか結婚しない、というやつだろうか。うーん、ヴェーラはともかく、サクヤはそうは見えない。可愛い女の子となら、見境なく結婚しそうだ。そもそも、その条件だとユウコは真っ先に除外されちゃうし。


「構わないけれど……なにかあるのか?」

「あたしたちに勝てたらね」


 ヴェーラはそう言って笑う。俺はなんとしてでも勝たねばならないだろう。


 そういうことになると、立会人も特になく、一対二での戦いが始まる。二人は武装している一方、俺は丸腰だ。しかし、これでもまだ不十分かもしれない。


 サクヤが一足飛びに切り掛かってくる。迷いのない、いい動きだ。しかし、剣は俺に当たらない。すっと体軸を動かし、剣に軽く手を添えて軌道を逸らす。そしてサクヤ目がけて腕を伸ばした瞬間、側面からの蹴りが放たれた。


 ヴェーラの動きは、常人のそれではない。

 いや、人のものであるというのが不思議なほどだった。魔力によって強化していると言っていたから、それだろう。


 しかし、こちらも俺はあっさりと止めてしまう。ただ片手を添えるだけで、数多の魔物を屠ってきた蹴りは、ぴたりと静止した。


 それから数度、二人は攻撃を続ける。しかし、どれも俺には届かない。

 そろそろ終いにしよう。そう思うと、俺はこちらから仕掛けた。すっと飛び込み、サクヤに足払いを仕掛けて押し倒す。それから、援護に来たヴェーラに背負い投げ。


 ただそれだけで、二人は地に倒れた。なんとも理不尽だ、と我ながら思う。努力もしてこなかったし、望んで得た力でもない。それが、必死で足掻いてきた二人を、軽く凌駕してしまうのだから。


「ティールさん、いつから命を狙えましたか?」


 サクヤの問いに、俺はしばし言葉に詰まった。けれど、正直に答えるしかなかった。


「初手から」


 本気で相手を倒すつもりであったなら、そうすることもできた。けれど、遊んでいたわけじゃない。二人の姿が、生き生きとして美しく、見惚れてしまったのが大きい。そういう意味では、すでに俺はこの少女たちに勝てやしないのかもしれない。


「あー、ずるいなあ、もう。完敗」


 そうして二人は寝転がったまま。俺はその近くに腰かけた。


「そういえば、約束だったね。ちょっと長くなるけど」


 そう前置きしてから、ヴェーラが語る。


「えっと……ティールに会ったときのこと、覚えてる?」

「ああ、いきなり蹴りかかってきたなあ」

「簡単に躱されちゃったけどね」

「でも、魔王の骨を折ったとか、聞いたぞ」


 たしか、ヴェーラのパパが言っていたはず。


「うーん、たしかにそうなんだけど……結局、魔王を倒せたのはリリアのおかげだから。あたしとサクヤは二人で前衛をしてたんだけど、多分、リリアの期待に応えることはできなかったんじゃないかな」

「どういうことだ?」

「怖かったんですよ、彼女の力が」


 と、サクヤが答える。これまで聞いたリリアの噂と、なんら違わぬ感想だ。魔王よりも恐れられている。


「リリアちゃんが嫌いというわけではありませんよ。ただ、初めて会った彼女はとても荒れていましたし、いつも背後に魔王がいるような気分でした」

「ああ、そうなのかもなあ」

「だから、リリアが気に入るのも無理ないなって」


 ヴェーラは、自分たちができなかったことを、俺に託したのかもしれない。リリアをリリアとして、理性ではなく感情においてまったくの畏怖を抱かずに接するということを。


「ま、俺はただの店主だから、そんなに期待しないでくれよ」

「そうだね、それでこそティールだと思うよ」


 ヴェーラが笑い、それからちょっと和やかな雰囲気になる。すると、サクヤが自分のことを語り始めた。彼女は兄がいて、一度も負けたことがないということ。そして家督争いになる前に、自ら旅に出たということ。


 そこにはきっと、周囲からの期待と男女の差を感じたのだろう。


「ああ、それで男性ではなく女性が好きになったということか」

「いいえ? そもそも私が好きなのは女性というわけではありませんよ。大好きな皆が、たまたま女性だっただけですから。ね?」


 サクヤはにこにこと笑顔でヴェーラに抱きつかんとする。が、すっと避けられた。彼女はきっと、何度避けられてもこうするのだろう。それほど、好きな気持ちに嘘偽りはないのだから。


「でも、すっきりしました」

「そりゃあよかった」


 そうしているうちに、彼女たちも汗が引いてきたのだろう。ゆっくりと起き上がる。


「それじゃあ、そろそろもどろっか」


 もう本日の営業は終わったが、なんとなく店の中に皆でいることが多い。きっと、居心地がいいんだろう。そしてその中には、今は俺も含まれている。


 そのことに、俺は幸せを覚えるのだった。



    ◇



 この日、俺はユウコ、リリアと一緒にお菓子作りに励んでいた。特に売り物にするわけじゃないが、ユウコが食べたいと言ったから、作ることになったのである。


「楽しみだね!」


 ケーキが焼けるのを、ユウコはなにが楽しいのか、眺めている。

 一方、俺とリリアはソファに腰かけていた。リリアお気に入りのソファだ。結構高い代物である。


 そうしていると、俺は思い出すことがある。


「そういえば、俺は床で寝させられたなあ」


 このソファを使わせてくれればいいのにと思ったのだ。


「いきなり駆け込んできた不審ドラゴンを泊めてあげただけ、親切だと思うのだけれど」

「まったく、その通りだ。いや、リリアは初日から優しかった、うん」

「もう少し感情を込めていってほしいものね」

「感謝してるよ、君がいなければこのような日常も手に入らなかったからね」

「急に真面目になるなんて……」


 すると、オーブンの音が鳴った。焼き上がったのだ。

 ユウコが楽しげに取り出し、冷ましてから生クリームなどで飾り付けていく。


「ねえ、ユウコ。あなた食べてばかりだけれど、太ったんじゃない?」

「ぎ、ぎくう! そ、そんなことないよ!」


 慌てて否定するユウコだが、言われてみればそうかもしれない。けれど、もともとやせ気味だったから、丁度いいくらいだ。


 それだけ平和だってことだろう。俺はなんとなく、サクヤが言っていたことを思い出した。このかき氷屋ができて、人が集まって。楽しい生活が始まる前の彼女たちを俺は知らない。けれど、なんとなく見えてくるものもある。


 だから、これでいいのだろう。彼女はこうして呑気に食い物を眺めている姿がよく似合う。


「ほら、贅肉」

「や、だめ! リリアちゃん、つまんじゃだめ!」


 ああ、これでいいんだろう。俺の理想の日常だ。うん。

 はしゃぐ二人を眺めていると、そこでユウコはふと思いついたように言う。どうやら、ケーキが自信作だったらしい。


「ヴェーラさんとリディちゃんも呼んでくるね!」


 サクヤは呼ばないのか。いや、むしろ呼ばなくても来るということか。そんな信頼のされ方も嫌だなあ。


 そうして俺はリリアと二人きりになる。

 以前なら気まずかったのだろうが、今はそんなことはない。


「ティール、あなたは変わらないのね」

「ん? そうかもなあ」

「いつでも能天気だから」


 リリアが小さく笑う。けれど、小馬鹿にしたような感じは全くせず、どこか嬉しそうにも見える。


「これでも、色々考えてはいるんだよ」


 女の子たちのことを、俺は日々考えている。彼女たちにとって、過ごしやすい空間であるように。なにも悩みがなくなるように。


「でも、そんなところも素敵よ」


 と、リリアが想定外のことを俺に言った。これはきっと、ヴェーラから聞いたことと相違ないのだろう。俺にとってのリリアは、不満を言いつつもいつも助けてくれる、優しくて可愛い女の子なのだ。それ以外、なにがあろうか。


 彼女に答えようと思ったところで、ユウコが飛び込んできた。サクヤをくっ付けながら。


「ユウコちゃん、ありがとうございます! サクヤのために、ケーキを焼いてくださるなんて!」

「違うよー。サクヤちゃんが勝手についてきただけだよ」

「ユウコちゃんはいじらしいですね!」


 ああ、サクヤはいろいろと、ダメだなあ。ポジティブにもほどがある。

 そんな二人のあとから、ヴェーラとリディがやってきた。彼女たちも、基本的には暇らしい。


 そして早速、ケーキを切り分けていく。

 全員分が揃うと、俺たちは早速試食を開始。


「うーん、我ながら美味しい!」


 ユウコが満面の笑みで頬を染める。幸せそうである。

 たしかに、一口食べてみると絶妙な味がする。ユウコもここに来てから、成長したということだろう。頭のほうはともかく、料理の腕は確実に上がったに違いない。


 そうして賑やかな六人での試食会は、楽しく進んでいく。

 と、そうしていると、ユウコが窓の外を示した。


「あ、雪」


 ちらほらと振ってくるのは、粉砂糖のようにも見える。


「いよいよ、降ってきちゃったね」


 ヴェーラがちょっぴり、残念そうに言う。

 俺たちの中で、言葉にこそしないものの、決めていたことがある。


「これからどーしようか」


 リディが言う。それはつまり、かき氷屋をやめて、どうするか、ということだ。

 もう雪が降れば、誰でも氷菓を作ることができる。食べたいと思う者もほとんどいないだろう。


「サクヤはユウコちゃんについていきますよ!」

「それは知ってるからいいよ」


 ヴェーラが呆れる。しかし、皆がどこか不安そうにも見える。このまとまりが維持されてきたのは、かき氷屋があったからだ。そうでなければ、また勇者パーティ解散後のようになってしまうかもしれない。


 けれど、そうはならないと、俺は思うのだ。

 そして、ここで告げねばならないとも思う。


「なにかがなくても、一緒にいればいいんじゃないか。俺は皆が好きだし、これからもずっと一緒にいてほしいと思っている」


 俺の言葉に、リリアが小さくため息を吐いた。


「最低の告白ね」

「でも、君たちは一緒にいてほしい」


 それは紛れもない、俺の真意。サクヤは、そんな俺を支持してくれた。


「私も、皆さんと一緒がいいです!」


 そうして、皆が顔を見合わせる。なんだかんだで、思うところは一緒なのだろう。


「じゃあ、かき氷屋さん、最後の仕事としようか」


 店員さんたちが、お客さんだ。

 俺は彼女たちに、用意していた氷を削っていく。


「でも、そうなるとちょっとさびしいね」


 俺を手伝ってくれるユウコが呟いた。


「そうでもないさ。また夏になれば、始めればいい。やりたいと思えば、いつだってやっていい。それに、俺たちの関係は変わらないだろう」

「うん。そうだね」


 そうして、俺たちはできあがったかき氷を、思い思いに口にする。

 それはきっと、とても甘いのだろう。そして、幸せな味がするはずだ。


 俺は降り注ぐ雪の季節に、冷たいかき氷を噛み締める。どこか温かくて、ほっとする、そんな味がした。



お待たせしてしまいましたが、これにて完結です。

雪が降ったらおしまいということで、当初からここでの終わりを考えていたのですが、実際の季節の変化とのずれがあって、ちょっと時間を置こうと思っていたところ、かなり遅れてしまいました。


北海道では10月にもなれば雪が降るということで、個人的なイメージがそれで固まっていたのも災いして、ちょっと季節がずれたまま完結となりました。


もともとそんなに長くなる予定はなかったので、無事終わったなあ、という感じです。


この章は番外編、あるいはエピローグ的なものとなっているので、あんまりかき氷も食わずに鍋を食べたり温泉に入ったりするだけのものでした。


そろそろ雪の季節ですから、どこか旅館に行きたいなあ、などと思いながら書いていました。


今後は「異世界に行ったら魔物使いになりました」の連載および、「異世界を制御魔法で切り開け!」の書籍に注力していくことになりますので、そちらもよろしくお願いします。


これまでお読みいただいた皆様、誠にありがとうございました。

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