21 温泉に行きました
秋とは思えぬ温かな空間で、人々は寛いでいた。温泉の待合室である。
その一角に、臨時のかき氷屋ができていた。お風呂上りには、こうした冷たいものが食べたくなるのが道理だ。
今回は持ち帰りやすいように、アイスキャンデーの類も用意してある。競合相手がいないので、非常によく売れる。
最近、話題の店が出しているということもあって、客の反応も様々だ。
若い人々は喜んでみたり、歳を取った方はアイスなんぞ、という態度を示したり。けれど、評判は概ね上々である。
「ありがとうございます!」
リディがしゃがみ込むようにして、小さな男の子にかき氷を手渡している。そんな姿は様になっていた。普段は働かないおさぼり店員なんだけどなあ。
やはり、俺の自慢の店員さんたちの一人、ということだろう。
そうして賑やかな時間を過ごしていたのだが、やがて閉店の時間になる。人々も、それぞれ帰途につき始めた。
そうなると俺たちも撤収しよう、ということで片付けを開始。
と、そこに番台のおっちゃんがやってきて、俺たちに声をかけた。
「ティールくん、お疲れ様。いやー、こんなちんけな湯屋だけど、君のおかげで最近は評判でね」
「もともと、いい湯だったということですよ」
「はは、ありがとうよ。掃除する前に、入っておいで。もうお客さんもいないから」
「ありがとうございます」
いつも俺たちが掃除を手伝っていることなんかもあって、こうしてサービスしてくれたのだろう。ありがたく受け取ることにして、俺たちはそれぞれ更衣室に向かうことになった。
俺はてきぱきと着替えを済ませる中、楽しげな声に耳を傾ける。
「リディちゃんは今日も素敵ですね」
「ああ、そう? サクヤに言われてもなー」
「そうね、隠しきれていない視線が物語っているわ」
「あら、私はリリアちゃんも素敵だと思いますよ。とても肌がきれいですし。ふふふ」
ああ、楽しそうだ。いいなあ。
リディちゃん素敵なんだって。リリアちゃんお肌きれいなんだって。俺も見たい。あそこに行きたい。男女の垣根を越えていけないだろうか。雌雄不明のドラゴンなら越えていけないだろうか。無理かなあ。無理だよなあ、だめだよなあ。
一枚のタオルを腰に巻きながら、そんなことを思う。
「サクヤ、そろそろ黙ってた方がいいと思うけれど」
たぶん、目線に気付いたリリアの表情は、あまり望ましくないものなんだろう。初めて彼女に会ったときを思い出す。そろそろやめておくべき瞬間、というのは何事にもあるものだ。
しかし、サクヤはサクヤだったようだ。
「サクヤはリリアちゃんもヴェーラちゃんも大好きなんです! この溢れ出る思い! どうして止められましょうか!」
その宣言とともに、更衣室の垣根を越えて飛んでくるものがあった。サクヤだ。
ヴェーラに抱き着かんとして、投げ飛ばされたんだろう。懲りないなあ。
しかし、俺はすでにこのとき、予想着地点まで素早く移動していた。タオルを巻いただけのサクヤが飛んでくるのだ。抱き留めれば、その先に待つのは――
俺はこれまで以上の集中力を発揮し、お姫様抱っこのようにサクヤを受け止める。腕の中にゆっくりと重みが沈みこんでくる。
タオル越しでも柔肌の感触はしっかりと伝わってきた。予想通り、いや予想以上だ。しかも、ちょっと肌蹴ているせいで、豊かな膨らみがチラチラと垣間見える。素晴らしい。
間近な彼女の顔は、俺に向けられていて、戸惑いを覚えているようだ。
顔立ちはよく整っていて、ちょっぴり幼さも残っており、とても愛らしい。そんな彼女がこの腕の中にあるという喜びに、俺は感動して物も言えない。
こちらを見る青の瞳は、じっと動かない。
「あの、ティールさん」
「ん、どうした?」
「そろそろ下ろしてほしいのですが……」
「そうだなあ、風呂に行こうか」
「話聞いてくださいよ。あと、恥ずかしいので竜になってもらえますか?」
そういうことになったので、俺はサクヤを下ろした。腕の中の温もりと柔らかな感覚が失われていく。残念だ。
それから、彼女の要望に従って竜になると、ひょいと持ち上げられた。
「今度は私が抱っこしてあげます」
笑顔の彼女。
そして――俺はぎゅっと抱きしめられた。
おおおおおおおおおお、すごい! この弾力! 柔らかさ!
押し付けられるたびに形を変え、こう、むにゅむにゅと――!
形容しがたい充足感に満たされながら、俺はサクヤに抱かれながら風呂に向かっていく。
それから湯で体を洗い流すと、外風呂へ。
寒気が流れ込んでくると、サクヤはちょっと身震いした。アイスドラゴンである俺と違って、彼女は冷気への耐性があるわけじゃないからだ。
「ユウコちゃんたち、来るでしょうか?」
外風呂は男女混浴になっている。だから、両方から来ることができるのだが、どうだろう。
「うーん。そこはサクヤの日頃の行いが試されるとこだなあ」
「では来てくれますね!」
サクヤは笑顔ではっきりと答えた。その自信はどこから来るんだろう。
しかし、案外それも捨てたものではなかった。こちらに向かってくる足音があるのだ。
ガラッと扉が開く音。
「ティールさん、いる?」
「ああ、入っているよ」
「サクヤもおります!」
「えー、サクヤちゃんはいらないよー」
ユウコは言いつつも笑っている。それにしても俺がいるなら来ない、というのではなく、その逆であるということが、なんだか嬉しい。
ユウコがお風呂に飛び込み、ヴェーラも続く。元気いっぱいの二人はいつも楽しそうだ。
と、それからリディとリリアもやってきた。俺は彼女たちを見るなり、なんとなくサクヤの気持ちがわかった。タオルを巻き付けて隠していても、対称的なのである。
片や王族だって食すことはできぬ豪華なメロン、片や芽が出たばかりの未収穫畑。いや、そもそも成長するんだろうか。
しかし、俺はまじまじと見ることはしない。サクヤの二の舞は御免だからだ。
それに……温かな湯の中で、タオルはどうなるか。ぴったりと張り付いているのだ。そして、その状態で抱きかかえられたらどうなるだろう。言うまでもない。
俺はそちらに集中することで精いっぱいだった。いやしかし、竜化していてよかった。そうでなければ欲望の象徴が顕現してしまうところだったから。
「ああ、極楽だ……」
「うーん、タダで入るお風呂は気持ちいーね」
リディはゆったりと腰かけて、そんなことを言う。それにしても、彼女がお金に拘る理由はなんだろう。
ユウコはお風呂で泳ぐように、ぱたぱたと足を動かしたり、なんとも子供っぽい。とても十四とは思えない。
最近は少し、大人びてきたかなあ、と思っていたのだがやっぱり勘違いだったようだ。ユウコはユウコである。
「今度、雪が降ったら温泉街に行こーよ。ティールのお金で」
「そうね、雪景色も悪くないわ」
リディの発言に、リリアが乗っかった。うーん、そんなお金あるだろうか? でも、皆とお泊りはしたい。家族風呂がいいな。皆一緒に入るの。
「じゃあ決まり! ティールさん、楽しみだね!」
ユウコが俺のところまで泳いできて、嬉しそうな笑みを向けるのだ。となれば、もう断る理由なんてない。
「ああ、皆で行こう」
「じゃあ頑張って働かないとね」
ヴェーラがいたずらっぽい笑みを浮かべ俺を突っつく。無論、そのつもりだ。そのために、俺は働いているのだから。
そういうことになって、皆で笑い合う。
冬になれば、そういった楽しみもあるだろう。終わることもあれば、始まることもある。そして、ずっと続く関係だってあるはずだ。
そんなことを思いながら、俺は冬の到来を予感した。




