20 寒くなってきました
お久しぶりです。すっかり寒くなってきましたね。鍋のおいしい季節になりました。
「ありがとうございました! またお越しください!」
少女の小気味いい声が、店内に響いていた。
今ので最後の客だったのだろう、ようやく騒がしさが収まっていた。
そんなことを思いながら、俺はせっせと手を動かす。皿洗いだ。ユウコやヴェーラが看板娘ということで、俺が接客をしに行くことはない。リディは裏で休んでいることが多いが、やっぱり忙しくなれば働かねばならない。
リリアはこちらに手伝いに来てくれてはいるが、もともとやっていた店もあるので、四六時中いるわけではなく、サクヤはたまに除け者にされているのか、厨房にまでやってくる。嫌われているわけじゃないんだろうけど、隙あらばセクハラしようとするから。
メインはかき氷だが、最近は涼しくなってきたこともあって、それ以外のちょっとした料理も出している。
しかし、注文がないときは、厨房に人はいらない。つまり、俺が一人で皿洗いなのだ。
俺、一応店長なんだけどなあ。女の子たちを眺めながら、こう、華々しい生活ができるとばかり思っていたのに。なんだかちょっぴりさびしいものがある。
こうして俺が向き合うのは、ガラスの入れ物ばかり。これを見ていると、なんとなくサクヤがユウコの氷像を作りたかった気持ちがわからないでもない。そうすれば、いつでも楽しむことができるわけだし。すっぽんぽんなのが問題なんだから、衣服を着せればいいんじゃないか。いや、そういう問題じゃないか。
ふう、と一つ息を吐くと、手を入れていた温水が冷えてしまった。魔法関連技術による細工で、なんとか温水が出るようになっているのだが、最近は気温も下がってきたこともあって、すぐにぬるくなってしまう。
俺は丁寧に最後の一皿を洗い終えると、片付けを始める。
と、そうしているとユウコがやってきた。彼女は俺を見つけるなり、笑顔で駆け寄ってくる。
「ティールさん、お店閉めてきたよー!」
「ああ、お疲れ様。すっかり、ベテランウェイトレスだな」
「ふっふーん。どう? あたしだってもう、簡単なミスはしないんだから。もうどれだけここで働いていると思ってるの」
「今日で二か月、か」
俺は過ぎた季節を思う。
晴れた日中は気温がまだまだ高いが、夜間になるとすっかり冷え込んでしまう。お客もこないということで、営業時間は短くなって、昼前後だけになっていた。
もう、秋なのだ。やがて冬にもなろう。
「そんなに経ったんだ。なんかあっと言う間に過ぎちゃった」
「それだけ充実してたってことさ」
俺はそう言いつつ、皿を仕舞って片付けを終えた。
日は傾き始めているが、夕食まではまだまだ時間がある。夕方の営業がなくなったことで、最近は皆一緒に食事を取ることができていた。
「今日はどこかに出掛けて、パーッとお祝いでもしようか?」
「ほんと? やったー」
「ありがとティール、奢ってくれるなんて優しい! すごい、紳士の鑑!」
いつの間にかやってきたリディが俺を褒め称える。
普段褒められていない俺は、つい有頂天になってしまう。これは決してたかられているわけではないのだ。理想の生活に近づくための投資と言えよう。
こうして少女たちとの交流を持つことで、俺は彼女たちを眺められて幸せだし、ユウコも美味しいものが食べられて幸せだし、リディも食費が浮いて幸せなはず。誰も損しないじゃないか。
「よーし、じゃあリリアを呼んでこようか」
すっかり気が大きくなった俺は、そう言いながら入り口のほうを見る。と、そこにいたリリアと目が合った。
「お疲れ様、ティール。なにか用かしら?」
「皆でお祝いしようと思って。二か月記念日」
「そうね、いいのではないかしら。ところでティール。話があるのだけれど……」
リリアがちょっと困ったように、俺のほうを窺ってくる。
これは、まさか。あのリリアが、まさか。
彼女だって、この二か月間で変化があったのだ。優しくなったし、ちょっと対応も女の子っぽいところがある。
この前なんか、「ティール、これ作ったのだけれど、飲んでくれるかしら?」と手作りジュース(薬品)をプレゼントしてくれたこともあったし、「頑張って作ってみたのだけれど、味見お願いできるかしら?」と手作りお団子(材料:イモリなど)を、ちょっぴり頬を染めながらくれたこともあった。
つまり、だ。このシチュエーションはもはや、お約束と言ってもいい。
これまでの態度から一変して、「あの……ティールくんのこと、ずっと大好きでした。リリア、付き合ってほしいなあ(はぁと」みたいなのがあり得るということだ。
もちろん、断れるわけがない。
「リリア。二人きりのほうがいいか?」
「え? ……いいえ。皆にも関係することだから、聞いてもらったほうがいいわ」
……まじか。
これは「ティールくんはリリアのだから、皆もわかってよね!」というのか。俺は選ばねばならないというのか。……選べるのか? 俺に。
無理だよなあ。俺はいつも元気いっぱいなユウコも好きだし、あっけらかんとして付き合いやすいヴェーラも好きだし、女の子と戯れつつもこちらに悪戯っぽい笑みを浮かべるサクヤも好きだし、俺におねだりしつつも喜ぶリディも好きなんだから。
たしかに、リリアは好きだ。胸はないけれど、美人だし優しいところもある。けれど、選べるかと言われたら、俺にはできない。皆、大好きなのだから。比べることなんて、できるはずがない。
「ティール、なに考えてるの? 悩むなんて珍しいね」
と、ヴェーラ。彼女は呼ばれてやってきたのだが、これから重大な話し合いになることなど、まったく感じさせない気軽さだ。そこがいいところでもあるのだが、ちょっとは心配になったりしないんだろうか。それとも、それだけ俺のことを信頼しているということなのか。
それから、サクヤもやってきて皆が集まると、一つのテーブルに腰かけた。
すると、リリアが真剣な面持ちで、一枚の紙をすっと差し出した。
それは婚姻届――なんかではなく、店の売り上げが書かれたものだった。俺は金額を見て、思わずうなってしまう。
「今月も、かなり儲かったなあ」
「そうね、でも、グラフにするとこうよ」
リリアは一つのグラフを示す。右肩下がりだ。俺のテンションも右肩下がりである。
「ううむ……」
「仕方ないことだけれど、寒くなればかき氷は売れないわ」
「そうだなあ……」
俺が悩んでいると、ユウコが尋ねてくる。
「ティールさん、どうするの?」
「リリアが言うように、どうしようもない面もあるからなあ」
「ですが、なにか手を打つ必要がありませんか?」
サクヤが言うと、リディが答える。こういうところはすぐに反応するのだ。
「だよねー。売り上げがなくちゃ、お給料も出ないし」
「リディはお給料減ったくらいで丁度いいんじゃない?」
ヴェーラが茶々を入れると、もういつもの賑やかな雰囲気になってしまう。
しかし、ブレインである俺はこんな大切な空間を守るために、頑張らねばならない。考えろ、考えるんだ。なにかできることがあるはずだ。
俺は頭を働かせ、働かせ、そして思いついた。
――そうだ、寒いなら、温かくすりゃいいんじゃないか?
「なにも、寒い中遠くから来てもらう必要はないだろう。俺たちが行けばいいんだ」
「ティールさん、どーいうこと?」
「お客さんが冷たいものを食べたい! と思うところに売りに行けばいいのさ」
「あ、屋台みたいに外に出すの?」
「そんなところ。かき氷なら、大きな調理場もいらないからさ」
そういうことになると、早速俺たちは取り掛かることにした。
作戦は、飯を食いながら立てることにする。
ユウコたちが着替えてくると、俺たち六人は戸締りをして店を出る。夕焼けの街中は、少し肌寒い。夜になると、厚着をしてもいいくらいだ。
風が吹き付けてくると、ヴェーラが身震いした。彼女は丈の短いパンツを佩いているから、ほかの人よりもよく感じることだろう。
「うー、さむ。もう衣替えしないとなあ」
「そうだなあ。あんまり冷やすとよくないから」
彼女の美脚が覆い隠されてしまうのは残念だが、体調を崩すよりはずっといい。
「あったかいものがいいね」
「じゃあ鍋にしようよ、ほっかほかの!」
ユウコが言うと、リディが反論する。
「せっかくティールのおごりなんだから、もっといいところ行こーよ! あ、大通りに高級洋食店ができたらしいよ」
ちょっとまて。それは俺のお金でいけるところなのか。
たぶん、無理だ。それで彼女たちが喜んでくれるなら、やぶさかではないが、そもそも無理なものは無理だ。
「あのね、リディ。ティールにそんな甲斐性を期待するのは酷よ」
「ま、そーだよね」
ぐぬぬ。リリアめ、痛いところを。
しかし、おかげで高級店は案から除外された。助かったぜ。これも彼女なりの思いやりに違いない。
そうこうしているうちに、ユウコの希望通り、鍋になった。この寒い季節にはぴったりである。ちょっとした個室に六人入り、やってきた鍋を皆で堪能する。
ダシが効いていて、よく味が染み込んでいる。しかし、それだけじゃない。俺たちの体が冷えているため、この温かさがなによりのトッピングになっているのだ。
野菜を噛むと、中からダシが溢れ出す。
温かく、旨味に富んでいて最高だ。
「お肉! お肉!」
「ユウコちゃん、野菜も食べないとだめですよ」
さっきから肉ばかり頬張っているユウコに、サクヤが野菜を取り分ける。サクヤは優しいなあ。いや、女の子相手だからか。でも俺ならあそこまでされたら、ころっといっちゃうな。サクヤは普通にしていれば可愛いし。
一方、リディは楽しげに注文をしている。そんな笑顔を見せられたら、俺には止めることはできない。高いものばかりだが、彼女の笑顔にはそれだけの価値がある。いや、なににも代えることはできないほどのものだ。
そうしているうちに、ユウコが暑くなってきたのか、胸元をぱたぱたさせる。ちらちらと、肌色が見える。そして伝っていくひとしずく。厚着の女の子はもこもこして可愛いが、やはり薄着はいい。疲れた心を癒してくれる秘境が見え隠れしていた。これは蜃気楼なんかじゃないはずだ。
俺は覗き込みたい衝動を押さえながら、鍋から野菜を取りながら、全力でそちらに意識を向ける。できるだけさり気なく、しかし長時間見ていられるように、集中する。
「あちっ」
が、零してしまった。これはやばい。ユウコに気を取られていてそんなことになったなんて、軽蔑されてしまう。
「よそ見しているからよ」
リリアが言いつつ、俺の服の裾を拭いてくれる。彼女の綺麗な顔が近づいてきて、きめ細やかな肌までしっかり見える。
しかも今はローブを脱いでいるため、彼女の胸元が、胸元が――!
平らな分、すごい。絶景だ。素晴らしい。きっと、クライマーたちが崖があるから上る、というのはこういうことなのだろう。すごい。
それにしても、リリアがこんなに近くに来てくれるなんて。これは「よそ見しないで、リリアのほう見てよ、ぷんぷん」ってことか。
「ありがとうリリア!」
その気持ちに応えて、俺は脇目も振らずに彼女を眺める。と、彼女は顔を赤らめ、離れていった。恥ずかしかったんだろうか、ちょっと残念である。
そんな楽しい時間が過ぎると、やがて皆、もうすっかり火照っていた。
「こんなとき、かき氷があればいいね」
ヴェーラが言い、皆が賛同する。そうだ、俺たちの目的はこれだったのだ。
彼女たちを堪能するのもいいが、かき氷の話もしなければならない。
そして俺は、思いつきを提案するのだった。
長らくお待たせしてこの内容なのですが、見返してもずっとこんな調子でした。ほのぼのストーリーを書いていると和みますね。
更新が滞っていたのは、書籍化作業や私生活で忙しかったのもあるのですが、新作のほうばかり書いていたからです。言い訳できませんね。
生活の方が落ち着いてきたので、こちらもそろそろ完結に向けて進めていこうかと思います。




