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2 王都にやってきました

 色々あって、俺たちは王都にやってきていた。道中、まだ残っていた魔物もいるが、俺の氷魔法であっけなく片が付いた。どうやらアイスドラゴンの中でも特に強力な個体だったらしく、俺なら魔王さえも単独で倒せたかもしれないとのことだった。


 しかし、俺は今現在、勇者が持つ袋の中に入っている。ドラゴンが街中に入れば大騒ぎになるだろうし、かといって人型になるには服がない。


 仕方がなかったのだが、これも悪くない。外はものすごく暑いのだ。今は夏真っ盛りなのである。それに対して、この中は俺の冷気でかなり快適な気温になっている。


「ねえ、世界征服とか、興味ないの?」


 勇者の声が聞こえる。

 独り言だと思われたら、どう考えても危ない人にしか見えないだろう。いや、独り言じゃなくても危ない奴だ。


 俺は袋の中から返事する。


「ないな。そんなことしたら、忙しくなるじゃないか。部下だって謀反を起こすだろうし、お前みたいな厄介な勇者がやってくる。いいか、人間というものはな、一畳のスペースに快適な室温と、美味しい食事があれば幸せに暮らせるんだ。御大層なことを考えるから、自ら不幸せを招き、欲望に潰されてしまう」

「……うん。その通り、だと思う」


 こいつちょろいな。このままもう一押しすれば、俺の言うとおりに動いてくれそうだ。

 従業員、一人確保。


 そうしているうちに、目的の場所についたらしい。扉を開ける音。からんからん、と子気味よく鈴が鳴る。


 勇者は店の中に入ったようだ。

 袋の中にいる俺がわかることと言えば、それくらいである。


「こんにちはー。リリアちゃんいる?」


 誰だよ、リリアちゃん。

 とりあえず用事があるから、そこに行けば服が手に入ると言われて、俺は渋々この袋に入っているのである。移動も楽だからいいかあ、などと思っていたが、勇者が裏切らないとは限らない。いや、この娘のことだから、うっかり俺を危険なところに連れていってしまった、というほうが可能性としては高いか。


「……なに、ユウコ。あなたまだ仕事も見つけないで、ほっつき歩いているの」


 この勇者、ユウコって名前だったのか。それにしても、仲間からもそんな風に思われていたとは。可哀そうに。


「ふっふーん。あたしもいつまでも勇者じゃいられないから、次の仕事を見つけたの」

「はあ。魔物退治に行くとか言うんじゃないでしょうね。いい? 無用な争いを引き起こすから、あまり手出しはだめよ」

「ぎくぅ。ち、違うよ。そ、そう! かき氷、かき氷作るんだ!」

「かきごおり?」

「ひんやりしてて、甘くておいしいんだよ!」


 おいおい、お前はまだ食べたことがないだろう。嘘ではないが、自信満々に言うなよ。


「ふうん……たしかに、あなた料理は下手ではなかったわね」


 下手ではなかった、というあたり、特にうまかったわけでもないのだろう。勇者なのにこの扱いだ。


 ともかく、リリアちゃんとやらも話を聞く気になったのだろう。

 勇者が話し始める。


「あのね、リリアちゃん」

「ええ、なにかしら」

「お金を貸してください!」


 ゴンッと地面に頭を打ちつける音が聞こえた。なるほど、この世界でも土下座が有効なようだ。


「はあ。いいこと、ユウコ。人にものを頼むときは、ただお願いするだけじゃだめなのよ。私があなたにお金を貸すことによって、いかにメリットがあるか、ちゃんと帰ってくる当てはあるのか、成功する見込みはどれくらいなのか。そういうことをちゃんと説明しなさい」


 正論すぎる。

 このリリアちゃんとやら、絶対嫁になったら夫を尻に敷くタイプだ。俺は女の子のお尻は大好きだが、尻に敷かれるのは好きではない。無理矢理きびきび働かされるなんて、生きている価値がないのである。


「ごめんなさい、リリアちゃん……」


 勇者は涙声になっていた。あーあー、泣かせちゃった。


「別に怒ってはいないわ。ただ、事情を説明してほしいの」

「……ドラゴン、拾ったの」


 ぶふぅ!

 いきなりそこから!?

 思わず冷気吐き出しちゃったじゃないか!


「なんでも拾ってきたらダメって言ったじゃない。……そこにいるのね?」


 やばいばれた。俺のドラゴンブレスは強すぎて、外にまで影響を及ぼしてしまったようだ。

 剣を構えた騎士は放つような、剣呑な雰囲気が漂う。しかし、どうやら魔術師のようだ。ただならぬ魔力を感じる。


「待ってほしい。あくまで俺はかき氷屋の店主であって、ドラゴンではない。いや、たしかにドラゴンではあるのだが、そこはかき氷屋の店主、すなわち一国一城の主という観点から見れば、些細なことにすぎないだろう。つまり、ドラゴンであるという事情はここでは無視されるべき属性であり、重要なのはかき氷屋を営もうとしているということで――」

「驚いた。話せるのね。じゃあ、質問に答えて。余計なことは言わなくていい。無駄口叩いたら、刺すから」

「はい……」


 この女怖い。見てないけど、見えないけど、絶対鬼のような形相しているに違いない。


「あなたがここに来た理由は?」

「服を借りるためです……」

「ふざけているの?」


 グサッ!

 腹にアイスピックみたいなのが刺さった!


 ひどい! 事実を言っただけなのに!


「り、リリアちゃん。本当のことなんだよ」

「そう。まあいいわ。じゃあ次。あなたが魔物の社会ではなく人間の社会に来た理由は?」

「もちろん、人間の女の子が好きだから。若くて可愛くて俺だけに優しくて、清楚な美少女と結婚したいんだ!」


 ブスッ!

 さっきより強く差し込まれる。痛い、痛いけど、悪くないかも。ちょっと癖になってきた……ってんなわけあるか!


「いってえな! 何するんだこんのやろう!」


 俺は袋の口を開けて飛び出す。

 と、目の前に目が覚めるような美人がいた。


 ややきつい印象を受けるものの、この上なく整った、切れ長の瞳。髪はほれぼれするような烏の濡れ羽色。ローブの上からでもわかるが、胸はない。


「随分小さいのね」

「ふん、おっきくだってなるぞ」

「どうかしら」


 ここで言い争いをしても仕方がないので、俺は当初の目的を果たすべく、彼女に言ってやるのだ。


「さあ、服をくれ。パンツでもブラジャーでもいいぞ。おっと、君はそんなものは必要なかったか」


 俺が勝ち誇ったように述べるなり、彼女はにっこりと微笑んだ。

 俺の頭上に無数の石の矢が生み出される。そして一気に降り注いだ。


 羽ばたいて咄嗟に回避するも、目の前にはリリアがいた。むんず、と首根っこを掴まれる。


「ねえ。もう一度言ってくれる?」

「……俺は君の胸はとても素敵だと思う」


 思い切りピックを突き刺された。

 おかしいな。褒めたはずなのに。



    ◇



 それから俺はローブを貰ったので、人型になっている。当然、彼女のうちに男物の下着があるわけではなく、すーすーする。


 少々話をしただけなのだが、どうやらリリアはユウコが働かないことを心配していたらしく、かき氷屋を始めるのに関しては賛成してくれているようだ。


「じゃあ、商業ギルドに行ってらっしゃいな。そこで大方の手続きは済むでしょう」

「ありがとうリリアちゃん! お金、大事に使うね!」

「ええ。落とさないように気を付けるのよ。物を買うときは、すぐに買わず、考えてからにするのよ」


 子供かよ。

 そんな感想を抱いてしまうが、実際ユウコを見ていれば、不安になるのもわかる。もしかすると、ユウコが荷物持ちにされていたのは、彼女を危険にさらさないためだったのかもしれない。


 なんだよ、優しいところもあるんじゃないか。


「あなた」

「はい!」


 視線が向けられた。俺は元気よく答える。

 彼女は少しなにか考えたようだったが、


「余計な揉め事は起こさないでね」


 出てきた答えはそんなものだった。


 それから商業ギルドに行く。俺は初めて人間として、王都を歩いていた。

 このすぐ近くにあるそうだから、迷うことはない。はずなのだが……。ユウコがあちこちに行ってしまうため、なかなか到着しなかった。


「ユウコ、そっちじゃない」

「あ……! ねえねえ……えっとアイスドラゴンさん」

「その呼び方はやめてくれ。恥ずかしいし人目を引く」

「じゃあなんて呼べばいいかな?」

「ご主人様でもマスターでもお兄ちゃんでも、好きに呼んでくれ」

「えっと……おじいちゃん」

「そんな歳じゃねえよ!」


 どうやら俺の肉体は、何千年と生きたアイスドラゴンしかなれないほどの大きさだったらしい。だが、まだ俺は若者なのである。


「じゃあ、ティールとでも名乗っておこう」


 名前、というほどのものでもない。体色がティールブルーだったから、そう言っただけだ。


「わかった。ティールさん、よろしくお願いします」


 ユウコは小さく頭を下げた。

 そして、


「なんだか楽しいね」


 と笑うのだ。

 彼女はパーティの者たちが独立してから、ずっと一人だった。だからこうして、誰かといるのは一年ぶりだとか。


「そうか。商業ギルドはきっと面白くないだろうから、今のうちに楽しむといい」


 そんなことを、俺はつい言ってしまった。

 結果、商業ギルドについたのは夕暮れ時だった。



    ◇



 受付には綺麗なお姉さんたちがいた。商業ギルドの制服はぴっちりしたタイプであるため、体のラインがよくわかる。平均して、スタイルがいい。きっと、ここのギルド長の趣味に違いない。ああ、かき氷屋じゃなくて、ギルド長もいいなあ。

 なんか、仕事が少なくて武力でなんとかなるギルド長ないかなあ。ないか。


 うーん、それにしてもよく考えられているな。通常ならば来たくないはずの場所なのだが、これではついつい足を運んでしまうだろう。


「いらっしゃいませ、どのようなお手続きですか?」

「お店! お店を開きたいの!」


 元気いっぱいに、ユウコが叫ぶ。ギルド内にいた客たちは苦笑したり、物珍しげに彼女を眺めたりと、反応はいろいろだ。なかには、勇者だと知っているものもいるようだ。


 偽物の勇者だったわけでもないらしい。もっとも、最近では働かないでうろうろしている人のイメージが強いようだが。


「開業の届出ですね。こちらへどうぞ」


 お姉さんに案内されて、俺とユウコは別室に案内される。

 そこで業務内容などを言われた通りに記載。

 お姉さんが俯く様な体勢になっていたため、ついチラチラする胸元ばかりを見ていたが、とりあえずはすんなり進んでいく。


 しかし、こんなところにまでアトラクションがあるなんて。きっと、注意力を散漫にして、後から罰金を取るつもりなのだろう。商業ギルド恐るべし。今度から商人と取引するときは気を付けよう。気がついたら丸裸にされているかもしれない。


「あ……」


 ユウコが手を止めて、呟いた。


「どうした?」

「お店を開く場所、見つけてなかった……」

「自宅は?」

「ないよ、ずっと旅してたもん……」


 そうだった、こいつ住所不定無職だった!

 これはまずい。リリアから貰った資金10万ゴールドは一か月の生活費程度であり、どこかに店を借りれば吹き飛んでしまう。しかしかといって、材料を調達すれば売る場所がない。


 かき氷は確かに原価はほかと比べればかからない方だが、シロップや製氷機などの電気代(これは俺の力でタダになる)、それからカップやスプーンなど、細かい経費が必要なのだ。


「でしたら、屋台はいかがでしょうか。もうすぐお祭りがあります。売り物は……氷ということなので、複雑な検査もないかと思われます」


 お姉さんは売れるのか半信半疑である。というか、そもそも氷なんかを持ってくる人はいないようだ。


 そんなわけで、俺たちが取れる選択肢はそれしかなく、屋台を開くことになった。

 祭りまでもう一週間しかなかったが、悪くない場所が空いていたのも幸運である。


 この売り上げによって、店舗を構えられるかどうかが決まるのだ。俺の快適な生活がかかっている、と言い換えてもいい。


 いよいよ手続きが終わると、俺たちは準備に取り掛かる。テンションもどんどん上がってきた。


「あ……」

「今度はなんだ」

「今日、泊まるとこない」


 俺はがっくりと、うなだれた。



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