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18 開店の準備をしました


 開店の日が近づく中、俺たちは店舗の中に集まっていた。

 ああでもない、こうでもないと言い合いながら、準備をしているのが、これまたなんとも楽しいものである。


 落ち着いた色合いの、木製の机と椅子が配置されると、形ばかりは整う。

 しかし、とりあえず必要なものだけを揃えたにすぎないため、少々殺風景である。


 とはいえ、少女たちがぱたぱたと走り回っていれば、それだけで華やかなのは間違いないだろう。


 ……うーん。なにか忘れている気がする。

 なんだろう。なんか足りない気がする。


「あー、こんな暑い日は、家の中にいるに限るねー」

「あなた、うちに来てからろくに外に出ていないじゃない」

「リリアだって、運動不足じゃない? それなのに、どうやってこのスタイル維持してるの? ずるいなあ」

「きゃあっ」


 リディがリリアの腰のあたりをいじる。

 ほう、ほうほうほう。リリアもあんな声を出すんだ。ああずるい、ずるいぞ、そんなところ触って、あああああああ。ずるい。ああでも、されるほうもいいなあ、あんな反則級の膨らみが、むにゅむにゅと形を変えて……ああ!

 あれに挟まれたら、いったいどうなるんだろう!? 新しい世界が開闢してしまうかもしれない。ひとたび味わえばもう元の世界には戻れぬ禁断の果実なのだろうか!


 と、サクヤがその輪の中に入ろうとして――さっと避けられた。

 それがよほど堪えたのだろう、サクヤがあんまり悲しげにするものだから、リリアはしぶしぶ、彼女の頭を撫でた。


「もう、大人しくしててよ?」

「えへへ、わかりました」


 サクヤは満足そうである。それでいいなら、初めからそうすればいいのに。

 でも、仕方ないのかなあ。俺だって、あそこに飛び込んでいけるならそうするし。リリアがちょっと頬を染めながら受け止めてくれるなら、小さな胸にだって飛び込んでいくし。


 でも蹴り飛ばされるのがオチかなあ。


「ティール、捨てられた犬みたいな顔してないで、こっち手伝ってよ」

「ああ、今いく。……というか、そんな顔してないから。孤高なるドラゴンの風格がちょっと出ちゃっただけだから」

「はいはい。後で纏めて捨てるから、この辺のゴミ、裏手においてきて」


 ヴェーラから言われたように、俺は片付けを手伝う。

 床に散らばったゴミをかき集めていると――見上げれば、そこにヴェーラの尻がある。……尻がある!


 短めのパンツをはいていることから、すらりと伸びた脚が、俺の前に曝け出されていた。小麦色の、艶やかな肌。無駄な脂肪はまったくないというのに、どこか肉感的である。


 素晴らしい。

 ああ、こちらも挟まれたいシチュエーショントップスリーには間違いなく入るはずだ。

 並の男ならば、窒息して骨が折れるくらいに力強いかもしれない。けれど、俺は大丈夫。受け止める自信がある!


「なに? 今日はスカートじゃないから、覗いても見えないよ?」

「ああ、そうだね。でも女の子っぽい格好しているのもいいけど、活発な感じも似合うなって思ってさ」

「変、じゃない?」

「とても素敵だと思うよ」

「ありがと。旅をしているときはさ、山の中とかも行くから、こんな恰好できなくて」

「なるほど。そういえばユウコは鎧をつけてたなあ。ヴェーラも?」

「あたしは丈夫な皮鎧くらいしかつけてなかったよ。動きにくいのは嫌だから。あとは手甲くらい」


 俺はそんな彼女の姿を想像し、いいなあと思うのと同時、やはり今の彼女のほうがいいなあと思う。

 凛々しい姿も悪くはないが、やっぱり女の子は笑っているのに限る。


「さあ、仕事、仕事」


 ヴェーラに急かされて、俺はせっせと働く。

 そのおかげですべきことはすぐに大体終わって、暇になった。


 あちこちを動き回るサクヤを眺めていると、やがてカウンターの奥からユウコが出てきた。手にはコップを乗せた盆を持っている。


 そんな彼女はぱたぱたと走って俺のところにやってきた。


「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」


 可愛らしく、くるりと一回転。……つるっと盆の上にあったコップが落ちた。

「あっ」と声を上げるユウコ。


 俺はコップさっと掴み取りつつ、さり気なくユウコの腰に手を回して支える。

 小柄ながらも、腰回りはしっかりと女性らしさを帯びてきている。服の上からでもわかる確かな凹凸が、彼女が女性へと成長しているさなかであることを、いやというほどに知らしめる。


 俺は彼女のことを侮っていたのかもしれない。まだまだ子供なのだと。

 しかし、これからは認識を改めねばならないだろう。

 触れた手から伝わってくる感触は柔らかく、体重がかかると、僅かに沈み込む。


 ふわりと揺れた赤毛からは、甘い甘い香り。けれど、幼さの中にも芳醇な、大人の魅力が入り混じっている。


「はしゃぐと危ないぞ」

「あ……え、と……ごめんなさい」

「いや、ユウコが怪我をしなくて良かったよ」


 ほんのりと頬を赤らめつつ、俯くユウコ。

 能天気な姿も彼女らしいが、こういうのも悪くないなあ。


 そんなことを思いながら、俺はできるだけその体勢を維持していた。


「ティールさん、私にもユウコちゃんを抱かせてください! ユウコちゃん、サクヤが参ります!」

「ええ!? いらないよー、サクヤちゃんいらないよ」


 俺の腕の中から飛び出したユウコは、抱き着いてきたサクヤをぐいぐいと押し返す。

 初めは頭や肩のあたりを押さえていたのだが、じゃれ合っているうちに、ユウコの手がサクヤの胸元に当たる。


 和服っぽい、あまり凹凸のわからない衣服だったのだが、やや襟元が開かれて、肌色の面積が広がる。そして俺の夢も広がるのだ!


 よし、いいぞ。そこだ、ユウコ頑張れ!


 大きく胸元が開くと、想像以上のものがあった。そう、衣服を着るために、押し潰されていた膨らみが、いまにもはちきれんばかりに自己主張しているのである。


 リディのあの大きなものが開放された暴力的な魅力だとすれば、こちらはその逆――抑圧された、限界まで高められた魅力だといえよう。


 露わになればわからない、しかし一度表に出れば、誰もがその破壊力を目の当たりにすることだろう。


 思わず喉が鳴る。

 サクヤは自分のそんな姿に目もくれず、ユウコとじゃれ合っている。


 いいだろう、今はユウコを貸してやろうじゃないか。

 その代わり、俺はそんな姿をしっかりと、じっくり眺めさせてもらおうではないか!


 俺は二人が戯れる姿を、ただひたすらに見続ける。

 そうしていると、リリアの視線がこちらに向けられていた。しかし、なにかを言ってくることはなく、ただひとたび、小さく息を吐いたのだった。


 呆れられたんだろうか?

 そうだよなあ。でも、仕方ないだろう? 普段は見られないんだから。魅力だって三割増しだ。いや、本当にそうなのか? 普段から見ていれば魅力は減るのか? 

 否。となれば、俺のこの理論は破綻する。


 しかし、やはり見たいものは見たいので――


 そんな風に懊悩していると、二人はすっかりじゃれ合っているのを止めてしまっていた。サクヤも、服の乱れを直してしまう。


 俺の夢のような時間は終わってしまった。

 しかし、俺の頭の中には、アイディアが降ってきていた。そうだ、足りなかったものはこれだ、と。



    ◇



 俺たちは一枚の紙を取り囲んでいた。


「なにこれ?」


 ヴェーラが首を傾げた。

 そうなるのも無理はない。この世界では、あまり見られないものなのだから。


「給仕さん」

「呪われてる人の絵かと思った」

「なんでだよ、こうフリルついてたり、お洒落な帽子かぶってたりするだろ!」


 俺たちに足りなかったもの。それはそう、制服である。

 お洒落なカフェにはお洒落な店員さんがいなければならない。


 この世界にはそういった文化もないため、俺が先駆者とならねばならないのだ。五人娘がお揃いの制服を着ている姿を思い浮かべれば、自然と頬が緩む。


 そのまま人気が出過ぎて、アイドル化するのも間違いない。


 ああでもどうしよう、そうなったらあちこちから男どもが押し寄せるに違いない。となれば、求婚してくる貴族だっているはずだ。


 そのとき、俺はどうすればいいんだろう。


「こういうことですか?」


 先ほどから、さらさらと絵をかいていたサクヤが、自信作を見せてくれる。

 おお、立派なカフェの店員さんっぽい衣服だ!


「随分と、スカート丈が短いようだけれど」


 リリアが難色を示した。


「たしかに、これじゃ短すぎる」

「ティールさん、こういうほうが好みだと思ったのですが」

「ああ、好きだよ。とても好きだよ。揺れるスカートなんか最高じゃないか。でも、これはあくまで働くうえで身に付けるものなんだ。動きやすいのはもちろん、業務に支障がでないようにしなければならない」


 そうだ、俺は女の子にうつつを抜かしているわけではない。


「つまり自分だけしか見れないようにすべき、とのことですね! ティールさん、なんだかすごいですね」


 サクヤに感心されてしまった。俺の考えは筒抜けだったらしい。

 褒められてるんだが、なんだか嬉しくない。


 リリアが裾の部分を修正する。丈はドンドン長くなっていく。終いに足首まで隠れてしまった。

 おい! やりすぎだろう!


「そこまでやると可愛くない。お洒落感がなくなってしまう」

「働くためのものなんでしょう? これでいいじゃない」

「いいや。働くということは、相手にサービスを提供するということだ。すなわち、相手にとって居心地のいい空間を創り上げなければならないのである。そこには、雰囲気も当然、含まれるんだ。俺の世界じゃ、これが常識だよ」


 健康的に、爽やかに、それでいて可愛らしい制服が理想的だ。

 短すぎるスカートや、胸元が開きすぎていたり、デコルテが露わになっていたりするようなのはだめだ。そういうサービスは客に不要な動揺を与えてしまう。


 安心して寛げる空間は、そういった細かいところから始まるのだ。

 働いている彼女たちを見て、若い女性客が「あの服いいなー、可愛い。働いてみたい」となるのが理想である。いや、そんな会話するのかどうか、俺は知らないけれど。そもそも女の子と出かけたこともなかったけれど!


「こんなもっさりしたの、似合うのリリアくらいだよ」


 リディが丈を短くしていく。


「あなたは余計なところが出っ張っているからでしょう、余計なところが」


 リリアは「余計な」を強調する。

 たしかにすらりとした衣服を着るときに、大きすぎるよりはないほうが上品に見える。しかし、はたして本当に余計なのだろうか? 俺はどちらもそれぞれの魅力があって、個性的でいいと思う。


「ないものねだりはよくないよ」

「なんのことか、さっぱりわからないわ」


 俺はできるだけ、関わらないように存在感を消しておく。

 こんなとき、「どっちがいいの! はっきりしてよ!」とか迫られたら困るからだ。「俺には選べない……君たちはどちらも魅力的なんだ」「もう、ちゃんと私のことだけ見て!」そんなことになったら、どうすればいいんだろうか。


 と、前を見れば、そんなことなど微塵もありそうもないことがわかる。


 リリアとリディは俺のことなどまったく気に掛ける素振りも見せないのだから。……ちょっと悲しいぞ。


 いやでも、こんなところを見ていると、よくある白いシャツにジャンパースカートの組み合わせにしなくてよかった。リリアは可哀そうなことになるし、リディのは少し強調され過ぎてしまうから。


 似たようなものでは、ドイツのビアガーデンとかでよくみられる、ダーンドルなんかも結構好きなんだが、あれは胸のサイズが大きくないと似合わない。ちょっぴりセクシーで、しかし娘らしいあたりが魅力的なんだが。


 そうしている間に、ユウコとサクヤは仲睦まじく、お絵かきに興じている。

 ユウコは不器用で絵が上手くないらしく、サクヤが彼女の要望を聞いている形だ。


 そんな姿を見ていると、彼女も変わったなあ、という気になる。

 いや、皆変わったのかもしれない。


 俺が初めて会ったときから大して経っていないが、ユウコは張りつめていたようなところがなくなってのほほんとしているし、リリアは刺々しいところが随分と減った。ヴェーラはあんまり変わっていないような気もするが、余所余所しさが亡くなった気がする。サクヤはきっと俺に奪われまいと熱心にアプローチをしていたのだろうが、今は自然に溶け込んでいる(多分)し、リディに至っては笑顔を無理に作ることはなくなった。


 ほんとうに、ちょっとした変化なのだ。

 人々が気に留めないような、ちょっとした心境の違い。

 けれど、俺はなんとなくそれが嬉しかった。これからどう変わるのか、期待も膨らむ。


「ティールさん、これどうかな? 可愛い?」


 ユウコが見せてきたのは、ピナフォアに近いデザインのものだ。いわゆるエプロンドレスであるが、これならばこの世界の者たちにとっても受け入れやすいかもしれない。もっと質素なものだが、給仕さんもエプロンをしているから。


「いいじゃないか。うん、可愛い」

「よかったー。やったね、サクヤちゃん」

「はい、褒められちゃいましたねっ!」


 うーん、いい感じだ。あとは色を決めよう。

 全員、スカートを色違いにするのはいただけない。それでは戦隊ものになってしまうから。なにより、統一感がなくなる。


 だから、ワンポイントでちょっとだけ、違う色を使えるようにしたい。


「リボン、それぞれ色を変えるか。皆、髪の色も違うから、それぞれの色に合わせるだけでいい感じじゃないか」

「えー。それ、あたし地味じゃない?」


 と、ヴェーラ。

 彼女は明るいとはいえ、茶髪だ。赤、黒、銀、金と比べると、たしかに地味かもしれない。というか、勇者パーティ、色取り取りだな。


「それなら橙とかはどうだ? ユウコと色は近くなるけれど」

「じゃあそうする」


 ヴェーラは納得したようだ。リリアとリディはまだなにか言い合っているようだったので、俺たちはこのデザインを、デザイナーの人に清書してもらうことにした。少し高めの店にすれば、そのまま製作してもらえるだろうし、比較的早くできるだろうから、開店までには間に合うだろう。


 そうして俺たちがリリアの家を出ようとすると、彼女とリディも後からついてきた。

 すっかり自分たちが着ることに違和感がなくなっているあたり、いい傾向である。この調子で、店員としての自覚を持ってくれれば、俺はなにも言うことはない。


 家を出れば、まだまだ強い日差しが迎えてくれた。

 夏はまだまだ終わらないようである。


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