表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/22

17 ロイヤルメニューを開発しました

 店舗の契約も済ませ、開店が間近に迫ったときのことだった。

 俺たちはリリアの家にて我が物顔で寛いでいたのだが、俄かに階下が騒がしくなった。


 お客だろうか?

 珍しい。この店は裏通りにあるということを考慮しても、あまりにも客が少ないのだ。それでいて、俺より儲かっているというのだから、世の中どうかしている。


 しかし、どうにも物々しい金属の音も交じって聞こえたので、俺は下りていくことにした。彼女なら大丈夫だろうが、万が一ということもある。


 見えたのは、五名の兵たちであった。どうやら、重要な案件らしい。

 彼らの鎧は粗製乱造のものとは異なって、煌びやかな装飾がついている。ようするに、機能だけでなく見栄えにまで気を配れる――いや、気を配る必要がある者たちだということだ。すなわち騎士、あるいは貴族であろう。


「リリア嬢、どうか御用命賜りますよう、お願い申し上げます」


 一斉に者どもが頭を下げる。

 リリアは当惑した表情を浮かべながらも――


「申し訳ありませんが、私に決定権はございません。彼にお伝えくださいますよう、お願いいたします」


 と、俺のほうを示した。

 どういうことだろう? そして彼らの態度もどうにも気になる。

 男たちもまた、俺を見て困惑している。


「ティールと申します。なにやらご用件があったようですが、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「はい。突然の訪問、失礼いたしました。落ち着いて聞いていただきたいのですが、国王陛下がかき氷なるものを所望されております」


 ……陛下って、あれだよな?

 たしか、ひのきのぼうをくれる人。

 いや、そうじゃねえよ。100ゴールドくれるんだったかな?


 彼らはそのまま、話を続ける。

 どうやら、かき氷を持っていけばいいらしい。なんだ、簡単じゃないか。そう、かき氷届けるくらいなんだから。えっと、パックに詰めて送ればいいのかな?


「……また、その際には実演していただきたく、存じます?」


 うん? 実演?

 なにを? なんか踊ればいいのか?


 いやー、俺が踊るのは、女の子の掌の上と盆踊りのときくらいだぜ?

 そんな俺にどうしろと?


「ティール、落ち着いて。することは、王城でかき氷を作るだけよ。それもおそらく、あなたではなく、家臣の者がすることになるでしょうね」

「ななななるほど。そうか、ははあ、そうでございますか」

「では、お待ちしております」


 と、話が決まってしまったらしい。

 兵たちはビシッと並んで礼をする。


 彼らがいなくなってから、俺はしばらく立ち尽くしていた。


「……ど、どどどどうしようリリア! 助けてくれ!」


 俺が泣きつくと、リリアは呆れたように、しかし優しい笑みを浮かべるのだ。


「だからティール、落ち着きなさい。ユウコでも陛下には会ったことがあるのよ」

「なんだ。そうなのか。じゃあなんとかなるな……ところでさ、リリア」

「なに?」

「やっぱり陛下にお会いするんだから、立派な衣服が必要だよな? 俺、ドレスなんか持ってないぞ」

「あのね、それは女性だけよ。さっきからなんなのよ、もう」


 リリアは盛大にため息を吐いた。



    ◇



「……というわけで、レシピを考えたいと思います」


 俺は皆に事情を説明した後、会議を開いていた。

 ユウコはその言葉を聞き、小首を傾げる。


「ティールさん、この前作ったのじゃだめなの?」

「あれは、庶民向けに薄めた奴だから。王様に出す者じゃないの、全然ロイヤルじゃないの」

「そっかあ。やっぱり濃くて美味しいのじゃないとダメなんだね」


 ユウコは当てにならないな。まあいいか、いつものことだ。

 と、そこにリディが勢いよく告げる。


「なあ、やっぱり豪勢な果物盛り付けて、派手にやるべきだよな?」

「それもいいんだけど……ミノタウロスのミルクに見合うだけの果実を、俺は知らない。あるならそれでいいが、生憎と明日なんだよ、期日が」

「あー、じゃあいいや。ティール、考えといてよ。頼んだ。期待してるよ!」

「珍しく乗り気じゃないか」

「そりゃーね。だって王様でしょ? 褒美を取らそうぞ。ははーっ! っていう会話がなされるのが定番じゃん?」


 やっぱりそこに行き着くのか。金か、世の中金なのか。

 いや、そのほうがまだ救えるのか? 金なら努力次第でなんとかなるし。顔がすべてだって言われるよりマシか。いやおんなじようなものか。


 そんなことを考えていると、ユウコを見てにこにこしているサクヤが目に入る。

 彼女は金でも顔でもなく、ユウコが好きなんだろう。いったい、なにをもってして、そうなんだろうか。

 俺は、なぜ彼女たちを好ましく思うのだろうか。

 ちょっぴり哲学的なことを思うが、今はそれどころではない。


 そんな俺に、ヴェーラが言う。


「じゃあ練乳でも作る? ミルクをかけるわけにもいかないだろうし」

「うーん。一番無難な選択だよなあ。でもなんというか、こう……驚きが欲しい」

「金粉でも混ぜてみる?」

「そうだなあ。着色した粉砂糖でもかけてみるか? でも見栄えがよくても、味がなあ」


 相手は王。となれば、舌が肥えているのは間違いないはずだ。

 適当なものを出すわけにもいかない。


 打ち首なんかの心配はないだろうし、仮に不誠実な手段で彼女たちを陥れようとしているのなら、城ごと凍結させてやるくらいの決意はある。

 俺にとって、この国よりも大事なものは、すでにできてしまっているのだから。


 それからいまいち、これといったアイディアもなく、時間ばかりが過ぎていく。

 リディはすっかり飽きて寝転がり、リリアは店番に戻っていった。


 やっぱり練乳かなあ。でもつまんないよなあ、普通すぎて。王様、それで満足するか?

 ミノタウロスのミルクはたしかに美味しい。濃厚でいて、しつこくない。自己主張しないで、風味がしっかりしている。


 だが、やはりミルクはミルクなのだ。この上なく美味しいことは美味しいのだが、驚きはないのである。


 うーん……。


「ねえねえ、ティールさん」


 ちびちびと、コップの中のミルクを勿体なさそうに舐めていたユウコが口を開いた。


「ん?」

「あのね……ミノタウロスのミルク、とっても美味しいでしょ?」

「ああ、そうだな」

「だからこのまま出せばいいんじゃないかな? こんなにおいしいんだもん」


 彼女は真顔でそんなことを言う。


「ユウコちゃん、王様はかき氷を所望されているのですよ」

「そっかー。じゃあかき氷と一緒に出したら?」

「それでは酪農家になってしまいます」


 ユウコとサクヤはそんな会話を続けていた。

 そのまま、か。


 ……そのまま? うん、そうか、そうだな。


「よし、それでいこう!」

「え?」

「そのままで、かき氷を作るんだ! いや、工夫とかじゃなくて、本当にそのまんまなんだけど……意外性はあるかもしれない」


 彼女たちは皆揃って首を傾げた。



    ◇



 いよいよ謁見の日になった。

 俺たちは待合室にて、呼び出されるのを待っていた。それぞれ正装を纏っているため、いつもとはなんだか心持が違う。


 しかし、中身は当然変わらないのである。


 リディは調度品を眺め、「いいなあ」とか「売ったらいくらになるかな」とか呟いている。ユウコは普段通りのほほんとしているし、リリアは平静そのもの。サクヤに至っては、こんなときでも動き回るリディをでれっと眺めていた。


 ……そうか。屈むと揺れるのか。


 俺はすぐに目を逸らした。この前、あんなことがあったばかりじゃないか。ちょっぴり緊張した面持ちのヴェーラと目が合う。


 落ち着いた上品なドレスを纏っているせいか、自由闊達な雰囲気はなりを潜めて、大人っぽく、おしとやかに見える。ほんのりと朱が差した頬は、やけに美しい。


「なんだか、落ち着かないね……」

「そうだよなあ。なんで皆、普通にしてるんだろ」

「大物なんじゃないかな」


 ヴェーラは笑う。ちょっぴり誇らしげに。

 自分のことではないのに、どこか自分のことのように思える。それが、彼女たちの絆の証左なのかもしれない。


 羨ましいなあ。

 そんな感想を抱いてしまった俺は、いつしか緊張もほぐれていた。

 だって、そうだろう。王様なんかよりも、ずっと素敵ですごい少女たちと、俺はいるのだから。


「これより、ご案内いたします」


 ノックの後、入ってきた兵が告げる。

 俺たちは材料をもって、そちらに歩いていく。


 リリアの予想は外れて、俺たちが直々に王の前でかき氷を作ることになった。だからこれから、俺たちは王座へと近づいていくのだ。


 けれど、一歩踏み出すごとに、俺は落ち着いていった。なぜだろう。ドラゴンの本能がそうさせるのだろうか。


 そして赤い絨毯が目に入ると、俺たちは一斉に跪く。


「よくぞ参られた。面を上げよ」


 その先には、ずっしりと構えた、齢五十ほどの男。この国の王である。 


「突如呼びつけてすまなかったな。では、見せてもらおうか」

「はっ」


 俺たちは持ってきた氷を取り出す。時間的に、丁度食べごろになっているはずだ。

 箱の中には、真っ白な塊が鎮座している。普段以上にたっぷりと、時間をかけてゆっくりと冷やしている。そのため、外側から凍り始めることはなく、均一に出来上がっているはずだ。


 かき氷器にセットする一方、透明のガラスの器を用意する。きっと、お高い品なんだろう。俺にはわからないが、たぶん、俺の年収なんかじゃ買えそうもないような。


 そして俺はハンドルを丁寧に回し始める。できるだけ薄くするのだ。そのほうが、触感は柔らかくなる。


 透明の器が、白く染まっていく。やがて積もり始めた氷が山になる。


「完成いたしました。どうぞお召し上がりください」


 王の側近が、俺の代わりに持っていく。


「ふむ……これだけではただの白い氷にしか見えないが……いただくとしよう」


 スプーンを差し込み、王はその柔らかさに驚く。

 しかし、それだけでは終わらない。口に入れた瞬間、彼は目を見開いた。


「これは……! ただの氷ではないな! この上品な香り、深い味わい……ミルクであることは間違いないが、これはいったい……」

「恐れながら陛下、申し上げさせていただきます。ミノタウロスのミルクでございます」


 ミノタウロスのミルクを直接凍らせて、シャーベットのようにしたものを削ったのだ。果汁などでも同じことができるが、いずれにせよ原材料費がとんでもなくかかる、豪華な逸品である。


 俺が述べるなり、急に場がどよめき始めた。

 ミノタウロスのミルクを口にした者は、ここにはいないのかもしれない。


「なんということだ……まさか、奪い取ったのか?」


 なるほど、そういうことか。彼らが渡すことはないはずだから、強奪した、と思われたのだろう。だとすれば外交上の問題である。


「滅相もございません。我々はかの村に赴き、交渉したのです。結果、彼らは快諾し、私は買うことができたのです」

「なんと……では、闘牛の儀を?」

「はい。勝ち抜きました」


 側近たちは皆顔を見合わせている。

 あれ、これまずい流れか? そもそも皆、俺の正体知らないんだから。


 勇者でもなんでもないただの平民が、ミノタウロスどもを蹴散らした。そう考えると、とんでもなく違和感がある。


 しかし、王はしばし考えた後、無言でかき氷を食べ始めた。一度口に放り込むと、もう止まらなかった。


 すべてを食べ終えると、放心したように、息を吐き出した。


「馳走であった。……なにか褒美を取らそう。遠慮せずに言うがよい」


 褒美、か。

 俺は考える。現実的なところを考えれば、金とか立派な店だろう。

 しかし、それでいいのか? 人から与えられる物で、満足できるのだろうか。


 そもそも、俺はこの生活に、すっかり満足してしまっている。これ以上の幸せなど望むべくもない。最高の贅沢を、俺はすでに知っている。


「……先ほどの氷は、ミノタウロスのミルクを用いたものです。これからは平和な時代となりましょう。もし、人と魔物の争いが起きたとき、この味を思い出していただければ、幸いでございます」


 かき氷は嗜好品だ。

 すなわち、飢えに苦しんでいる人が、率先して手を出すものではない。

 だからこれから先、いつまでも彼らが楽しめるように。


 俺はそんな言葉を口にした。



    ◇



「ティール、あれでよかったの?」


 帰り道、ヴェーラが尋ねてきた。


「ほんとだよねー。あそこで高い宝石でも貰っておけば、遊んで暮らせたのに」


 と、リディ。


「あなたは自分で稼ぐことを考えたほうがいいと思うわ」

「なにさ、リリアだって、日中はカウンターに肘ついてるだけのくせに」

「私はきちんと、収入があるの」


 俺はそんな会話を聞きながら、なんとなく頬を緩めた。


「あれでよかったんだよ」


 きっと、なにを願ったところで、これ以上の幸せに結びつくことはないのだから。あまりに大金を手にすれば、人は変わるだろう。過ぎたる権力を手にすれば、保身に走るだろう。

 だから、俺は変わらない生活を望んだのだ。


 俺は、卑怯なのかもしれない。今のこの生活を、絆ではなく状況で維持しようとしたのだから。

 今ならサクヤの気持ちもわかる気がした。あの晩、彼女が言っていたことを。


「てっきりティールさん、女の子を要求すると思っていました」

「まさか。それにサクヤだって、見知らぬ女の子が好きなわけじゃないだろう」

「そうですね。私は皆だから、大好きなんです」


 彼女は莞爾と笑った。

 俺だって、同じことだ。彼女たちだから、今のこの時間があるのだ。


 俺たち六人は、そろって王都を歩く。平和になったこの街を、六人で。

 先頭のユウコが、くるりと振り返った。夕日に照らされて、いつもの赤毛は燃えるように赤い。

 陰になった表情は、どことなく大人びて見えた。


「もうそろそろ、開店したいね。お客さん、来るかな?」

「もちろんだ、さあ、頑張ろうぜ」

「うん! 頑張ろうね!」


 俺たちの店は、これから始まる。彼女たちとの生活も始まったばかりだ。

 そしてまだまだこれからも続いていくだろう。ずっと、ずっと、変わらないものがあるはず。


 そんな未来を思い描いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ