表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/22

16 モテモテになりました

 人がやってきた、ということで、ミノタウロスたちがあちこちの家々から集まってくる。皆、男――いや雄か?――のようだ。


 長老らしきミノタウロスが、俺のほうへと近づいてくる。


「人間よ、なにゆえここに来た。まさか争いに来たというわけではあるまいな?」

「私はある食事を提供しているものです。あなた方のミルクが絶品であるとの噂を聞き、どうか分けていただけないかと思い、参りました」


 にわかに場が騒がしくなる。足を踏み鳴らす者もいる。


「ふざけるな! 人間などにくれてやるものか!」

「そうだそうだ! あれは我らのものだ!」

「おう! ひねり出してしまえ!」


 口々に、不満が噴出する。

 これでは話にならない。そう思った瞬間、長老が叫んだ。


「静まれ! ……我々には伝統がある。かつて、この地を訪れた者どもを歓迎したときのようにすべきではないか。もう彼らは隣人なのだ。これまでのようにはいかんのだよ」


 なんだそれ。俺にわかるように説明してくれよ。


「うむ……たしかに」

「あれを勝ち抜いたものはいまい」


 と、勝手に向こうで話がまとまったようだ。

 長老が俺たちに向き直り、高らかに宣言する。


「では……闘牛の儀を行う!」


 だから、結局なんなんだよそれ。



    ◇



 これから行われるのは、相撲のようなものらしい。しかしルールは簡単、相手を枠の外に押し出すだけだ。


 相手を殴ろうが蹴ろうが、なにをするのもあり。ただし金的はなしだ。

 しかしこのルールの恐ろしいところは、地に倒れようが、枠の外に出るまで続くというところだ。つまり、気絶しようが、外に出なければ好き放題に殴られるということである。


 しかも勝ち抜き戦ということで、何度も戦わねばならないらしい。

 俺たちの中から一人、代表として戦うことになったのだが――


「で、誰がやる?」

「私はやらないわ。肉体労働は苦手なの」


 リリアが即答する。


「じゃあ、ユウコやるか?」

「ダメよ、ユウコじゃ一回戦も通らないわ」


 ユウコはなかなかやる気があったが、そういうことで却下された。となると、あとはヴェーラとサクヤ、リディの三人が残る。


「サクヤ――」

「そんな、ティールさんひどいです。そんなに私が組み伏せられ、衣服を破かれ暴行される姿が見たいんですか? ああ、私きっと、裸にひん剥かれた挙句、衆人環視の中で辱めを受けてしまうんです。ティールさん、そんな趣味が」

「ふざけるな。そんな趣味があってたまるか。女の子は軽々しく肌を見せてはいけないんだ。ここぞと決めたときにしか、許されざる秘境なんだよ」


 力説する俺に、リディがドン引きした。

 ヴェーラが俺の肩を叩く。


「じゃあ、ティール、お願いねっ」


 ……そういうことになったらしい。

 仕方ないな、俺だって彼女たちが組み伏せられている姿なんて見たくないし。まあ負けるとは思っていないが、どうなるかわからないのが世の中だ。


 やると決まれば、かっこいいところを見せるだけ。

 ひたすら敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、「ティールさん素敵っ!」と嬌声が上げられる未来が見える。俺には見える。


「よし、じゃあ行ってくるよ」


 俺は爽やかな笑顔とともに、出陣するのだった。



    ◇



 いよいよ、俺の前には円陣があった。

 盛り土を挟んだ向こうにはミノタウロスの巨体が見える。


 奴の格好は、余分なアクセサリを外して、腰みのだけだ。

 そして俺も、腰みのだけだ。なんというか、すかすかする。


 ……似合わねえなあ。

 そもそも、俺は肉体美はともかく、色が黒くない。野性味が薄すぎるのだ。

 それゆえに、なんともひょろく見えてしまうのだ。このイケメンスマイルがますます拍車をかける。


「いけーっ! ティール、ぶっとばせー!」


 リディが応援してくれる。いや、多分戦利品目当ての発言なんだろうけどさ。

 それでも、可愛い女の子が応援してくれるって、嬉しいじゃないか。身を乗り出すようにしているから、手摺の上に大きいものが乗っているのも素晴らしい。ああ素晴らしい。


 よーし、なんだかやる気が出てきたぞ。


「両者、前へ!」


 いよいよ、俺たちは土俵に上がる。

 対する男はでかく見える。しかし、俺本来の大きさの半分もない奴なのだ、大したことはない。


 ぎらぎらした瞳を向けてくる。どうやら、俺をけちょんけちょんにしてしまう予定らしい。

 ミノタウロスは手足を地面につき、四足の状態になる。するとこちらに二つの鋭い角が向けられる。


 あれ、刺さったら痛そうだなあ。


 そんな呑気な感想が出てくるのは、俺がドラゴンだからだろうか。常人ならば、命さえ奪われかねない状況なのだから。


 俺は直立不動の体勢のまま、待ち構える。そんな俺に、あちこちからヤジが飛ぶ。


「ひっこめー!」

「すっころぶんじゃねえぞー!」


 くそ、馬鹿にしやがって。女の子にからかわれるのは悪くないが、男に文句を言われるのは大嫌いなんだ。


 目にもの見せてやる。


 そして合図とともに、牛男が突進してきた。早い。これならば、ユウコに勝ち目はないだろう。

 しかし、俺は素早く角を受け止めると、踏みとどまる。


 男は驚きとともに、頭を上げる。突進は止めたようだ。


「ふ、ふん。やるではないか!」


 もう、と音を立てながら、吐息が零れる。

 ……くせえ!


 思わず胃の中身が込み上げてくるばかりか、意識が飛びそうになる。

 牛男はそこを好機と見て、一気に踏み込んできた。


 ずり、と音を立てて俺は押し返される。このままではまずい。

 そう思った直後、少女たちの姿が目に入った。


 熱心に叫ぶユウコ。一緒に叫ぶサクヤ。澄ました顔で見つめているリリア。俺へと怒声を浴びせるリディ。こちらに手を振っているヴェーラ。


 彼女たちの姿を見た途端、俺の中に一つの感情が湧き起こる。

 負けられない。彼女たちの期待に応えなければならない。


 そのために、俺はここにきたのだ。そのために、俺はこの世界に来たのだ。

 だから負けられない。


 俺は脚に力を込める。ぴたり、と敵の勢いが止まった。

 俺は腕に力を込める。角がメキメキ、と音を立てた。


「うぉおおおおおお!」


 叫び声とともに、ミノタウロスの巨体が宙に浮く。

 そして、観客席まで飛んでいった。


 しいん、と会場が静まる中、少女の喜ぶ声が聞こえた。


「さあ、次だ!」


 俺は高らかに叫ぶ。

 すると――ミノタウロスの男たちが次々と、並んで入ってきた。


 ……あれ全部相手するの?


 そんなことを考える間もなく、ミノタウロスが迫ってくる。俺は素早く、こちらから体当たりを仕掛け、押し倒す。


 体と体がぶつかり、汗が飛び散る。

 嬌声が上がる。ミノタウロスの女性たちのものだ。


 しかし、純粋に力のぶつかり合いに喜んでいるわけではないようだ。男同士がぶつかる姿に、破廉恥な妄想が広がっているらしい。


 違う。俺が求めていたのはこんなんじゃない。


 そんなことを思いながら、ひたすら敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、「ティールさん素敵っ!」と嬌声が上げられるのだった。



    ◇



 百を超えるミノタウロスを倒した辺りで、もう俺の前に立ちふさがるものはいなくなっていた。完全なる勝利である。


 会場は沸きに沸いていた。

 初めて、人間がこの伝説の偉業を成し遂げたからだ。そりゃそうだ、百人抜きとか普通できるわけねーだろ。そもそも、俺は普通の人間じゃないし。


 俺は輝かしい勝利とともに、仲間のところに戻る。

 と、俺を見るなり、リリアが顔をしかめた。


「ごめんなさい、ティール。近寄らないでもらえるかしら?」


 え?


「ティールさん、すっごく臭うよ」


 ユウコが鼻を手で覆った。ヴェーラとリディはすでに距離を取っている。

 サクヤはそんな俺に気を遣ったのだろう、


「ティールさん、水浴びをしてきませんか?」


 と、やや距離を取って言う。

 ああ、これが心の距離なんだろうか。


 うーん、やはりリリアとユウコが一番近しいのかなあ。リリアはひどいことを言いつつもあからさまに距離を取ることはしないし。やっぱり素直じゃないなあ、リリアは。


 そうしていると、彼女まで距離を取り始めたので、俺は渋々水浴びをしてくることにした。



    ◇



 さっぱりして戻ってきた俺を出迎えたのは、ミノタウロス(雌)だった。

 といっても、正直なところ、顔を見ただけでは雄と雌の区別がつかない。どっちもただの牛に見える。牛の雄雌なんかわかるかよ。


 しかし、視線をやや下に落とせば、一枚の布で覆い隠されたメロンよりも大きな丸みが見えるのだ。ときおり、その先端がしっとり濡れている者もいる。いや、びちゃびちゃになっているものさえいる。

 しかも――通常の人では考えられないことだが――彼女たちの突起は四つもあるのだった。つまり、牛の性質を色濃く受け継いでいるといえよう。


「あの、よろしければ私と――」

「私なら、毎晩ミルクを飲ませてあげるわ、直に!」


 ……直に!?

 つまりつまりつまり、それは、俺が直に飲めるということか!? なんということだろう。ああなんということだろう!

 柔らかそうだし、動くたびにぷるんぷるんと揺れ動くし、すごい。


 四つもあるんだから、一つくらい、俺が自由にしてもいいのか?

 いやしかし……見上げれば牛の頭がある。


 牛、胸、牛、胸、牛……。

 ああ、神はなぜ俺にこのような試練を与えたのだろうか。


 初めて触れるのが、牛だなんて、辛すぎる。いやしかし、ここで触れなければ、次はないかもしれない。


 どうすればいいのだろう。


「モテモテね、ティール」


 呆れたように、リリアが言う。いつの間にかやってきたようだ。

 ……そうだ。俺はこんなことをしている場合ではなく、彼女の存在を気にかけなければいけなかったのだ。


 思い返せば、彼女はここに来てから機嫌がよくない気がする。つまり……大きさを気にしているのだ。むざむざと見せつけられて傷心のところ、俺までそちらに気を取られれば、いったい誰が彼女を見るというのだろう。


 つまり、これは照れ隠しなのだ。そう考えると、このまな板も愛おしく感じられる。


「リリア。どうだ、臭いも取れただろう?」

「ええ、そうね。でもこれからまたつけるのでしょう?」


 リリアは言う。「私を除け者にして、牛女とじゃれ合うなんて、ティールさんだいっきらい! ぷんぷんっ」ということだ。


「そんなことはないよ」


 俺がいうと、周りの牛女どもが騒ぎ始めた。


「えー、このぺったんこがいいの?」

「うっそー、これで女なの?」

「嘘だよ、前に見た人間の女でももっとあったし」


 リリアの表情が歪んでいく。そして高まる魔力。

 なるほど、彼女のおかげで魔王討伐ができたといっても過言ではない、というのは間違いなかったのだろう。こりゃ、並みの魔物じゃ太刀打ちできやしない。


「落ち着けよ、リリア。ここで喧嘩することはないだろう」

「そ、そうね。そうよね、ええ。牛には人間の魅力なんてわからないもの」

「ああ。そうだとも。君は魅力的だ。その滑らかな肌の、緩やかな膨らみは素晴らしい。芸術的だ、ほかには類を見ないほどに。とてもとても、素敵だとも」


 リリアはふっと一つ息を吐いた。ミノタウロスたちはこの隙に去っていく。

 落ち着いたんだろうか?


 覗き込んだ俺は、思い切り平手打ちをくらった。ばちーんと、いい音が鳴る。

 彼女は非力だから、素手でやられたところで痛くない。痛くないんだが……泣きそうな彼女を見ていると、なんだか胸の奥が痛んだ。


 なにがまずかったのだろうか。

 ああ、そうか。俺は彼女の胸を直に見たことはない。それなのに語られるのが嫌だったのだろう。たしかに、見たこともないものをねちねちと語られると不快感はあるはずだ。


 いや、これは見たことがあっても同じかもしれない。つまり、これは二人の秘密として心の奥底に仕舞っておくべきだったのだ。


 ああ、失敗したなあ。

 そんなことを思っていると、俺の周りには誰もいなくなっていた。



    ◇



 帰り道、俺たちはミノタウロスのミルクを一瓶抱えていた。

 さすがに大量に貰うことはできなかったのだが、一日一瓶程度なら、いつでも売ってくれるとのことだった。


 ありがたいことである。彼らの村にも、平和になったことで色々と物流があるらしく、貨幣の価値もわかってきたそうだ。


「ティール、残念ね、せっかくお友だちがたくさんできたのに。わかれるのはつらいでしょう?」


 棘のある言い方で、リリアが言う。

 俺は飛んでいるので、聞こえなかったふりをした。


「リリア、ティールだって好きであんなことしてたわけじゃないんだからさ。もうちょっと優しくしてあげないと、ティールも拗ねちゃうよ」


 ヴェーラがいいことを言ってくれる。

 さっき、俺から離れたのはこれでチャラにしようじゃないか。


「そうね、ごめんなさい」


 妙にしおらしいリリアは、なんだか似合わない。

 もしかすると、先ほどの行為自体は反省しているのかもしれない。


「あとはレシピを考えないとな。それから値段も」


 俺は努めて明るく言う。彼女たちに暗いのは似合わないから。

 ユウコとリディと元気に返してきた。


「美味しいの! 美味しいのがいいなー」

「そりゃあ、1万ゴールド……いや、10万くらいで貴族に売りつけようぜ!」


 相談にならないなあ、と思っていると、ヴェーラが現実的な提案をしてくれる。


「作ってみないとわからないけど……ミノタウロスのミルクを使う割合を変えてみたら? 少しだけ混ぜたものを2000ゴールドくらいにすれば、ちょっと高級感があるし、庶民でも買えないことはない。全部使ったのが一番高級ということで、1万ゴールド。これくらいじゃないと、一瓶くらいすぐに完売しちゃうだろうし」

「なるほど、ヴェーラは頭いいな。それでいこうか」


 俺たちはそんな話をしながら、リリアの家に向かうのだった。

 色々あった小旅行だが、少しだけ彼女たちとのきずなも深まった気がする。


 さあ、新メニューも頑張ろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ