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14 一緒にお昼をしました

 その日、俺はヴェーラと二人で王都を歩いていた。デートである!

 ……と言えればよかったのだが、現実は少々手厳しい。


 ただの下見である。かき氷屋さんを開く店を確保すべく、商業ギルドで目星をつけた場所を、見ることにしたのだ。


 俺はこの王都について詳しくはないため、ヴェーラについてきてもらうことにしたのだ。ユウコはまだ寝ているし、リリアは店番をしているから、彼女に頼んだのだ。


 快諾してくれたことから、こうして一緒に行く程度には、嫌われていないらしい。


「ティール。この辺はあまり人が来ないかもしれないよ」

「へえ、そうなんだ。なんでだろう」

「魔王がいた方角だったり、治安がよくなかったり、あとは門に近いから争いがあったときのことを考えると、あんまり住みたい場所じゃなかったのかもしれないね」

「ヴェーラは博識だなあ」

「そうでもないよ。リリアのほうが色々詳しいから」

「それは知ってるよ。でも、俺はヴェーラもすごいと思う」

「ありがと。じゃあ、次いこうよ」


 ヴェーラはくるりと身を翻して歩き出す。

 俺は置いていかれまいと彼女についていく。


 それから二人で歩いていくのだが、こうなるとやはりデートのようである。いずれは手を繋いで歩いたり、一つのパフェをあーんしたり、できるんだろうか。


 と、そんなことを考えていると、ヴェーラが俺の視線に気付いた。

 そして、なんと俺の手を取ったのである!


 おおおおお!?

 柔らかい! すげー柔らかい! なんだこれ!?


 女の子の手ってすげえ! すべすべ! もちもち!

 いやしかし、なんだこの状況? あれか、俺はこの後、絵画でも売りつけられるのか? ああ、でもそれでもいいや。この幸せが続くなら。


「どしたのティール?」

「君の手が、俺の手を握っている?」

「や、なんだかそうして欲しそうだったから。違った? 嫌なら離すよ」


 俺はぶんぶんと首を振る。彼女は笑いながら、


「でもよかった。べたべたしてたり汗ばんでたりしてなくて」

「そういうこと言うなよ、緊張してきちゃうじゃないか」

「へー、ドラゴンでも汗かくんだ?」


 あれ? そういえば俺、汗かかないのか?

 竜形態ならそうかもしれない。ドラゴンだってたぶん爬虫類だから、多分変温動物だしな。


 とはいえ、今はどうかわからない。

 ああ、緊張しすぎて感覚もわからなくなってきた。

 ともかく今、俺は美少女と手を繋いでいる!


 それからふわふわした夢見心地のまま、俺は王都を歩く。人生で一番幸せかもしれない。

 ヴェーラは隣でよく笑う。そんな彼女を見ていると、俺は言いようもない幸福感に満たされるのだった。


 そうして目的も終えた頃、


「あ、ティール。ちょっと待っててもらっていい?」

「うん、なにかあったのか?」


 ヴェーラが示す先には、修道服に似た衣服を纏った女の子と、そこに絡む男性たちの姿。

 離れてしまうのは名残惜しいが、女の子が困っているのを見過ごすことはできない。


「あの、困ります」

「いいじゃねえか。お前さんたちの信仰する神とやらの話も聞いてやるからさ。なあ?」

「すみません、これから用事が……」


 男たちは一向に開放する気はないらしい。女の子は黄金のような金髪の美少女だから、その気持ちもわからなくはない。しかし、無理強いはだめだ。

 だからお前たちはモテないのだよ。


 自然と過ごす時間が、親密さを後押しして、手を繋いだり、一つのアイスを二人で食べたりさせるのだ。俺はそのことをよく知っている。


「ちょっとごめんね、その子、あたしの知り合いなんだ」

「へえ、そうなんだ。君も可愛いね、一緒にどう?」


 男たちが汚い手を伸ばす。

 させまいと俺が割り込もうとするより先に、ヴェーラは蹴りを放った。


 そして気が付いたときには、女の子ともども、先ほどの場所からいなくなっていた。

 目撃者さえいなければいいのだろう。たしかに、監視カメラもないんだから、問題はない。しかし、それでいいのか?


「あー、危なかった」

「あれ生きてるのか?」

「え? 大丈夫でしょ。たぶん。……あのままだとリディ、間違いなく切れてたし」


 え、知り合いって、本当のことだったの。

 しかもリディちゃんって、お仲間の僧侶だったはず。

 そうか、リディちゃんも可愛いのか。ここでなんとかお近づきになりたいものである。


 そう考えて視線を落とすと――


「ちっ。これだから屑どもは。調子に乗りやがって。ぶっころすぞ」


 すげー苛立ってた。あれえ? 困ります、とかしおらしいこと言っていた君はどこにいったの?

 しかもすごい大きなため息ついている。

 もしかして、ヴェーラが心配していたのって、リディじゃなくて相手のほうか?


「まあまあ、リディ。落ち着いてよ」

「……ヴェーラ、こいつ誰?」


 じろり、と俺を睨む金髪美少女リディちゃん。なんか貫禄がある。

 しかし、俺だってドラゴンの端くれ。女の子に睨まれたくらいでビビりはしない。


「店長さんだよ。かき氷屋さんの」

「はあ? なに、ヴェーラ働き始めたの? っていうかかき氷ってなに」

「リリアやユウコも一緒にね。あ、そうだ。リディもこない? リリアの家に皆いるよ」

「あー……じゃあお昼作ってよ」

「はいはい。ティール、というわけだからお願いね?」

「ああ。といっても、多分ユウコが作るんだろうけれど」


 別にたかられているわけではない。俺は美少女を美少女たらしめる食事を供給しているだけなのだ。


 リディは少しだけ機嫌を直したらしい。

 しかし、こんなところはユウコよりさらに子供っぽい。


 そんな一方で、彼女は小さな子供や信徒らしき者、それから勇者パーティの偉業を知る者たちが声をかけてくると、にこやかな笑みを浮かべるのだ。


「あー、めんどくさ……ったく、この暑いときに」


 外面だけいいこの少女は、ぼそりと呟く。初対面でいきなり冷気を浴びせるのもどうかと思ったので、俺は魔法を使用していない。


 気持ちはわからないでもないが、神に仕える者としてどうなのだろうか。


 それから、俺たちは途中で商店に寄っていくことにした。リディが食べたいものを、ということである。


 なんで彼女をもてなすのかはよくわからないが、初めての交流ということで、まあいいだろう。これで、俺を交えて勇者たちが一堂に会するのだから。


「ティール。これとこれとこれと、これも」


 リディは遠慮なく買っていく。

 しかし、こうしていれば付き合いやすい性格かもしれない。変に距離を取ったり、不信感を抱かれたりするよりは、よほどましだ。


 そして俺は今、そこそこお金がある。といっても、運営するための資金は別にしているため、ごくごく僅かといえばそうなのだが。


 ……開店前にちょっとだけ、魔物退治なんかのお仕事でもしようかな。

 俺は少し寂しくなった財布を見ながら、そんなことを思うのだった。


 そうしてリリアの家に辿り着くとリディは、


「お邪魔するよ、リリア久しぶりー」


 などといいつつ入っていく。遠慮はない。

 リリアはもうこんなことに慣れてしまったらしい、リディと挨拶をするなり、俺のほうを眺めた。


「おかえり。どうだった?」

「うーん、色々見て回ったけど、一番いいのはこの近くにあるところかなあ」

「そうね、表通りには人通りも多いから、いいかもしれないわ」


 この辺に住んでいるリリアのお墨付きである。

 そんなことを考えていると、リディはようやく気が付いたようだ。


「あれ、なんでリリアんち、こんな冷えてんの?」

「ちょっと、魔法をね」

「いいなあ、年中快適じゃん、あたしもここに住もうっと」

「あなた、朝晩のお祈りがあるでしょう?」


 この世界でも流行っていないが宗教があり、神に祈りを捧げるそうだ。もっとも、俺はそんな現場を見たことはないし、教会すら知らない。


「ああ、いいよ、今日やめてきたんだ。だいたいさ、この回復魔法が使えるのって神のおかげじゃないのに、いちいち神に感謝しろっていうのおかしくない? なんであたしの力なのに、なんにもしてくれない神を信仰しなきゃいけないわけ?」

「宗教なんて、そんなものでしょう? ありもしないものを崇めているのだから」

「しかもさー、あの神父、神からのお恵みだとか言って、あたしのもん、勝手に売りやがった。普通、断りなしでそーいうことするか?」


 リディはなかなかご立腹のようだ。そして怒りのままに神父をぶん殴って、出てきたらしい。

 金はもう、寄付してしまったとかで返ってこないそうだ。


「あー、冗談じゃないや。はあ、これからどうすっかな」


 彼女は修道服を脱ぎ捨てる。黒いこともあって、かなり暑かったようだ。じんわりと、肌に汗を浮かべていた。


 衣服の中は、薄着だった。もう下着と大して変わらないような短パンに、上から覗き込めば見えてしまいそうなキャミソール。


 一見すると、ただの普段着にしか見えない格好だが、キャミソールの薄い布を中から押し上げる、二つの豊かな膨らみが、むせ返るような艶めかしさを演出していた。


 なんと大きいことだろう。脱いだら想像以上だった。しかも、肌は艶と張りがあって若々しく、下品な感じがないどころか、芸術的にさえ感じられる。


 だというのに細身で、腰回りはきゅっとくびれている。見事だ。

 リリアも痩せていて魅力的だが、リディは対照的に、痩せていながらにしてしっかりした女性の魅力があった。


 と、思わず見てしまったのだが、リディはあんまり気にした様子もない。


「あ、そうだ。ティール、養ってよ」

「いや、俺にそんな金ないし」


 いきなり、出会ったばかりでそんなことをいうリディもどうかと思うが、俺の発言もなんとも情けないものだ。


「そーなの? まあいいや、すぐに稼げるしょ? よくわかんないけど、ヴェーラより強そうだし」


 と、見抜かれていたようだ。


「その言い方はちょっと気に食わないけど……あたしよりティールのほうが、ずっと強いだろうね。束でかかっても、勝てそうもないし。あ、でも罠を仕掛けて、そこにパンツでも置いておけば引っかかるかも」

「あー、前にサクヤにやった感じの?」


 くそ。俺はサクヤと同レベルだというのか。

 しかし、俺はパンツそのものに興味はない。あくまで美少女が身に付けている状態だからこそ、その魅力を引き出して役に立っているのであり、単体でなんらかの女性らしさを持つものではない。すなわち、美少女にはかれたパンツこそがパンツであり、ただのパンツはパンツであってパンツでないのである。

 つまり、俺を引っかけるにはパンツをはいた美少女でなければならないのだ。


 そんなことを考えている俺に、リディが近づいてくる。


「ねー、ティール。養って?」

「だめだ」

「どーしても?」


 彼女は暑いなあ、とキャミソールの胸元をぱたぱたと動かす。


 二つの、素晴らしい、たわわに実った果実が、俺の前でチラチラする!

 見える、見えるぞ。小さな湖の浮いた谷が。ああ、素晴らしい。俺もその山間にすすすっと入り込んで、登山したい。登頂して、秘境を眺めたいぞ。


「ねえ、だめ?」

「だ、だだだだだめ」


 リディが動かす手があたって、ぷるるんと揺れた! すごい、弾力がすごい、ぷるんっ! って! まるで生きているようだ。


「養ってくれるならー、ちょっとだけ、見せてあげてもいーよ」

「いいいいいい、いや、ししししかししかしだな、俺はお金を払ってそーいうことは」

「見たくないの?」


 ちょっと上目づかいで、リディが尋ねる。

 ぐっと距離が近くなると、ますますイケナイ光景が飛び込んでくる!


 こ、これは……これはこれは、初めて生で見ちゃうこともできちゃうんじゃないか!?

 このまま、もうちょっとだけ、もうちょっとだけ頑張れば、行けちゃうんじゃないか!? たったの数万ゴールドだ。惜しいか? いや、惜しくない! 惜しくないとも!


「最低ね、ティール」

「ちょっと擁護できそうもないね」


 リリアとヴェーラが、もう呆れたように言った。

 俺は我に返った。リディの胸元を覗きこまんとしている変態がそこにいた。


「あー、甲斐性なし。だめだなー。リリア、泊まるとこないんだ、泊めて?」

「構わないけれど、掃除洗濯料理はやってくれる?」

「んー、検討しとく」


 そう言って、リディは二階に行ってしまった。ヴェーラも俺のほうを見ないまま、行ってしまった。

 取り残された俺を、リリアは見ようともしない。


 渋々、俺は彼女たちのあとに続いた。


 そんな俺を出迎えてくれたのは、ユウコだった。


「ティールさん、どうしたの? なんだか浮かない顔だね?」


 ユウコはのほほんと、俺を見て言う。彼女はいつだって、この可愛らしい姿を見せてくれる。俺を見てドン引きしないし、ああ、ユウコは可愛いなあ。サクヤが可愛がる気持ちもよくわかる。


 と、そんなサクヤはリディの胸元を覗き込んだところだった。

 首筋に手刀を食らって倒れ込んだ。


 しかし、幸せそうだなあ、あいつ。めげないというか。


「お昼にしようか。ユウコ、手伝ってくれないか?」

「うん、美味しいご飯のために頑張ろうね」


 ユウコはいつも楽しそうである。そんな彼女を見ていると、俺まで楽しい気分になってくる。

 だから、二人で並んで料理をするのは、なんら苦にはならなかった。


 しばらくして、テーブルにたくさんの料理が並んだのを見て、リディが叫ぶ。


「うわー。すげえ、めっちゃ豪華じゃん」

「今日はちょっと多いかもね。普段なに食べてるの?」


 ヴェーラの質問に、リディは大きなため息で返す。


「うっすいスープとか、かっちかちのパンとか。えらそーに説教垂れてるおっさんどもは、ワインでもあおってんのに、ひどい話だよな」


 慈善事業として孤児院なんかもやっているのは間違いないのだが、やはり物事は見る角度を変えれば、見えてくるものも異なってくるということだ。

 リディが神父への苛立ちはともかく、お金を取られたこと自体に文句を言っていないのは、偏にそうした良心的な面があるからだろう。

 案外、いい子なのかもしれない。いや、勇者パーティの皆は個性的だが、皆いい子だ。


 やがてリリアも含めて、六人での食事が始まる。

 その中に俺がいるのはなんとも奇妙な気がしたが、サクヤが言ったことが本当だとすれば、俺がかき氷屋なんかをやろうと思ったから、こうして彼女たちも集まったのだ。


 しかし、改めて俺がやったことを思い返せば、なんだかいつも呆れられているような気がする。はたしていいのだろうか、そんなんで。


 けれど、彼女たちの笑顔はたしかなのだ。


「ごちそーさま、美味しかったよ。ありがとーね、ティール」


 リディが満足したように言う。ちゃんとごちそうさまとお礼が言える素直な子だ。


「ああ、あと食後のデザートな。あまりものだが、まあとりあえず食べてくれ」


 俺はかき氷を削り出すと、リディに手渡した。

 彼女はまじまじと、それを眺める。


「氷菓かー、いいね。美味しそーだ」


 彼女はザクザクとスプーンで氷をかき、口にする。


「うーん、美味しい。でもさー、こんな高いものあるなら、やっぱりティールお金持ちなんじゃ?」

「だといいんだけどな。生憎とそうでもなくてね」


 本気で金を稼ごうと思えば、別のやり方などいくらでもあるだろう。氷の有効利用は、いくらでも考えられる。

 でも、それが楽しい生き方かどうかといえば、そうではないだろう。なにより、俺には今の生活より楽しい日々など、考えられなかった。


 だから、俺はここでリディに切りださずにはいられなかった。居住まいを正し、彼女に向き直る。


「リディ、もしよければ、一緒にかき氷屋をやらないか?」

「なにそれ、告白? うーん、なんだか気苦労が多そうだなあ、もうちょっと、こう……社長夫人とか、そういう感じのがいいんだけど」

「そうじゃなくてだな。店員として、一緒に働かないかと誘っているんだよ」

「でも、あくせく働くのはやだなー」


 まずい。このままではまずい。

 リディの気をなんとか引かねば、俺の夢はここで潰えてしまう!


「リディ、泊めるとは言ったけれど、いつまでも働かないあなたを食べさせる気はないのよ」


 なんと、リリアが手助けしてくれた。いつもの美しさにますます磨きがかかって見える。

 ありがとうリリア、君は女神だ!


「うー……仕方ない、じゃあちょっとだけなら」

「ありがとうリディ! 君が来てくれて、嬉しいよ!」


 俺はつい感動して、そう叫んでしまった。

 これで一件落着と思ったのだが、リディはすぐさまサクヤに告げた。


「……困ったことがあったら、助けてね、サクヤ」

「はい。リディちゃんのためなら、なんでもします!」


 ……あれ、これ困ったことは全部サクヤに押し付ける気じゃないか?

 まあいいか、サクヤも嬉しそうだし。


 俺はそんな二人を見ながら、いよいよ勇者パーティが揃ったことを実感するのだった。

 六人でいると、いつもに増して賑やかだった。


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