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13 打ち上げをしました

 三日目は、朝から雨が降っていた。

 こうなってしまうと気温は上がらず、売り上げも伸びにくい。


「さて、どうするかな……」

「どうするって、売るしかないんじゃない?」


 俺のつぶやきに、ヴェーラが反応する。

 たしかにその通りなのだが、なにか手を打たないといけない気もする。移動して販売するのは、まず許可を取っていないから無理だし、かといってこの規模で宣伝も難しい。


 やはりどうにもならないかもしれない。

 しかし、だからといって、へこたれていられないのだ。少しでも買ってもらうために、できること。


 俺はなんとなく、ユウコの言葉を思い出していた。


「今日も笑顔で頑張ろう。君たちの笑顔はなによりのトッピングなんだからさ」


 きっと、彼女たちとなら上手くいくはず。

 そんなことを思ったのだが――


 ユウコは昨日のあれで疲れたのかまだ欠伸をしているし、リリアはサクヤが寝ていたソファを掃除している。そしてサクヤはヴェーラとじゃれ合っていた。


 ……だめかもしれない。


 協調性がすっかりなくなっている。いや、元々なかったんだが、サクヤが来たことでますますなくなっている!

 いったい、俺はどうやって彼女たちを纏めればいいんだ。


 特に思いつかなかったので、材料などを準備していつでも出発できるようにしておく。そうすると、ヴェーラは手伝ってくれるし(ついでにサクヤも)、ユウコは歯磨きなどを終えてから、やってきた。


 リリアもソファに消毒液を散布してから、俺のところにやってくる。サクヤ、お前雑菌扱いされてるぞ。


「それじゃ、出発だー!」


 ユウコが元気よく宣言する。

 それにともない、皆が歩き出した。ユウコは案外、勇者パーティの中心人物として、ちゃんとしていたのかもしれない。


 それから開店するも、やはり昨日のようには売れない。もちろん、まだ時間が早いというのもあるが、それにしても売れない。


 いっそ、俺が街中で魔法を使用して、気温を上げてしまうというのもありか。いや、ないな。


 ともかく、俺とサクヤはかき氷器の前にスタンバイしながら、女の子たちの姿を眺める。それだけで楽しいし、こういうところはサクヤの気持ちもよくわかる。


 ユウコは比較的飽きてきているようだが、だからといって遊んでいるわけにもいかない。店員が駄弁ってばかりいるような店にはいきにくいというのがある。だから、暇だからといって、自由時間にもなりえないのだ。


 やがて日が高くなってくると、人通りも増えてくる。

 けれど、うだるような暑さがない分、冷たいものが欲しくもなりにくいのだろう。


 これはだめかなあ。そんなことを思い始めたとき、向こうに子連れの集団が見えた。

 なんかイベントでもあるんだろうか。幼稚園なんてものはなかったと記憶しているが、近所付き合いくらいはあるだろう。


 と、その中に見知った顔を見つける。ユウコちゃん(2歳)である。

 彼女たちは俺たちの屋台へと向かってくる。


「勇者様、おはようございます。近所の皆さんにお話したところ、ぜひお会いしたいということになりまして」

「そうなんだ、ありがとう!」


 ユウコ(14歳)はユウコ(2歳)と少々話をしたり、接客をしたり、大忙しである。

 しかし、どうにも話を聞いてみれば、目当てはユウコではないようだ。


 小学校とかで、よくあるだろう? 一人がなにかを自慢して、クラス中に広まるという現象。大人になってから考えれば、なんであんなものが流行ったり羨ましいと思ったりしたんだろうと疑問に思うようなことが。

 子供は言うんだ、「皆やってるよ」って。そしてお母さんの答えと言えば、「余所は余所、うちはうち」というものである。


 しかし、どうにもそうはならなかったようだ。

 ありがたいことである。これも日ごろの行いがいいからだな。


 次々と売れるかき氷。そして人が人を呼ぶのだ。

 これほどまでに人が集まっていれば、なにかイベントでもあるのかと集まってくるのも当然のことだ。


 こうなれば、あとは列が途切れるまで好調は続く。


 そうして働く少女たちの姿は、なんだかいつもと違って見える。子供っぽいというか、どこか諦めを抱いているというか。

 なんでだろうか。


 いずれにせよ、俺はかき氷器を回すことくらいしかできないので、素早く丁寧にハンドルを取り扱うのだった。



    ◇



 思った以上に売れたのだが、理由の一つとしてあのアイス屋がなくなったということもあったので、心境は複雑だった。


 無論、暴力組織がなくなったことは、良きことだろう。しかし、人の商売を妨害してしまったようで、あまり気分はよくないのだ。


 店じまいにすると、俺たちは売れ残ったシロップなどを眺める。多めに下ろしたこともあって、こうなるのはだいたい予想はできていた。しかし、売り切れで早めに店じまいするよりはましだろう。情報技術が発達していない以上、口コミで広がっていくしかないのだから。


「皆さん、お疲れ様でした」


 ユウコが周りで屋台を営んでいたおっちゃんたちに声をかけていく。


「いやあ、ユウコちゃんたちのおかげで、集客する必要はなかったよ」


 やはり目立っていたらしい。おっちゃんたちの屋台で買いつつ、チラチラと眺めていた客も少なくないようだ。まったく、けしからん輩もいるものである。


 こうして平和的に終えることができたのは、屋台の内容的に、競合しなかったからだろう。ここで焼き鳥などを出していれば、同種の品々を売っている者から客を奪ってしまうことになっていたのだろうから。


 そうしていると、ユウコはあちこちから売れ残った食品を貰ってきていた。だから、俺はかき氷を大きめの箱に入れて、溶けないようにしておいたものとシロップを、代わりに差し出すことにした。


 俺が頭を下げている間、ユウコは嬉しそうに、香ばしい匂いを立てる食べ物をヴェーラに見せていた。今度祭りがあったときは、彼女たちと客として歩いてみるのも悪くない。


「えへへ、たくさんもらっちゃった」

「夕食はそれにしよう。お祭りは終わっちゃったけど、気分だけでも味わえるし」


 どこかで打ち上げと称して、豪華な食事でもと考えていたのだが、それも悪くないな。今後のことも考えて、彼女たちと会う機会はあるはずなのだから、打ち上げはそのときでもいい。


「さあ、帰りましょう。喜ぶのはそれからでも遅くはないわ」


 リリアが言い、サクヤが彼女の言葉に頷いて片付けを始める。

 常日頃から、このような殊勝な態度を取っていれば、リリアも優しくしてくれたんだろうが、もう彼女のサクヤへの好感度はすっかり下がっている。


 けれど、本当に嫌っているわけでもないんだろう。ただ、彼女の性格に難があるだけで。


 それから、この日もいつものように片付けを終えると、皆でテーブルを囲む。焼き鳥だとか、焼きそばだとか、バランス的にはそんなにいいわけでもない。けれど、そのことを指摘する者はいない。今の雰囲気を、台無しにしてしまうから。


「それにしても、たくさん売れたね!」


 ユウコが口いっぱいにいか焼きを咥えながら、喜びいっぱいに言う。


「そうですね、こんなに人気があるとは思いませんでした」


 サクヤがユウコの口元を拭きながら言った。なんだかんだで、二人は仲がいいのかもしれない。いや、どちらかといえば共生関係のほうが近いだろうか。


 そんな二人を眺めていると、ヴェーラが俺に言う。


「でさ、ティール。お店のほうはどうするの?」

「そうだな、いい場所が見つかれば、そこで開店するよ。借りるくらいの資金は貯まったから。……と、そうだ、給料なんだけど、いろいろ経費などを差し引いた残りを、皆の労働時間で割ったものを支払おうと思う」


 というのも、サクヤだけ働いている時間が違うため、頭数で割るわけにもいかなかったのだ。

 その当人だが、お金がもらえるとは思っていなかったらしい、まじまじと俺を眺めている。


「私も貰ってよろしいのですか?」

「もちろん。君は俺の大切な、店員なのだから」


 どことなく嬉しそうなサクヤ。店員四人目確保、ちょろいな。

 いや、むしろ彼女自身が望んでいたことなのかもしれない。昨晩、彼女が言っていたことを考えれば、今の時間が、ユウコやヴェーラ、リリアといるこの時間が、なによりも望ましいものなのだから。


「ありがとうございます。では、そのお金でユウコちゃんとデートしてきますね」

「ああ、うん。行ってらっしゃい」


 たぶん、ユウコに断られるだろうけどな。

 それから少々、今後の予定を話しているうちに、食事も終わって、ユウコは大きな欠伸をする。


 無職が急に働き出したのだから、大変だったのだろう。眠そうに目を擦っている彼女はまだまだ子供らしい。


「片付けは俺がやっておくから、風呂入ってきたらどうだ。疲れただろう」

「そうさせてもらうわ。お願いね、ティール」

「ありがとうな、リリア」


 彼女は言っていたように、あまり肉体労働は得意ではないのだろう。ヴェーラでさえちょっとお疲れっぽいのだから、はつらつとしているはずがない。


 彼女たちが風呂に行ったのを確認すると、俺は皿洗いを始める。取り残されたサクヤが、ふと俺に尋ねた。


「ティールさんは、覗かないんですか?」

「覗かないよ。というか、覗くのをさも当然のことのように言うなよ」

「そうなんですか? ですが、可愛い女の子が素肌を晒しているんですよ、気になりませんか?」


 サクヤは自身の衣服の裾をそっと、持ち上げる。するすると、灰色がまくれ上がってくると、真っ白な肌が露わになってくる。


 思わず喉が鳴る。

 俺の視線はそちらに釘付けになっていた。


 と、サクヤの笑い声が聞こえてきた。

 ――しまった。俺はあぶりだされてしまったのである。


 なんという策士だろうか。


「やっぱり、気になるんじゃないですか」

「そりゃあ、気になるよ、気になるさ、ああ気になるとも。でもさ、俺は女の子が嫌がることはしないと決めているんだよ。それは相手が知らなければいいという問題じゃあないんだ。だから、俺は覗かない」

「ご立派なんですね」

「……しかし、だ。見せていただけるというのなら、俺は断ることなどしない。もちろん、感謝と畏敬の念を込めて、じっくり見よう。触れていいというのなら、いつまでだって撫でていよう。だから、もちろん素肌を晒してくれるというのなら、堂々と見るのはやぶさかではない――!」


 すとん、と裾が落とされた。肌色は消えてしまった。

 なんということだろう。俺は選択を誤ったのか? そもそも、あそこに正解はあったのだろうか。


「さあ、お片付けを済ませちゃいましょう。ユウコちゃんたちも上がってきてしまいますよ」


 そんなことを言って、サクヤは微笑む。

 俺はからかわれただけなのだろうか。


 それにしても、こんなところだけ見ていれば、実に可愛らしい普通の女の子である。


「あー、すっきりした」


 ユウコが上がってきた。いつのまにやら、サクヤは俺の隣からいなくなっており、ユウコへと駆けていく。


「ユウコちゃん、ほっかほかのユウコちゃん――!」

「うわ、近寄らないでよ。サクヤちゃんまだお風呂入ってないでしょ?」

「わかりました! すぐに入ってきますね!」


 リリア、ヴェーラと入れ違いに風呂場へと消えていったサクヤを見ながら、どちらが彼女の性格なのだろうかと、思わず首を傾げた。


「ティール。疲れているでしょう。お風呂に入ってきても構わないわ」


 と、リリアが申し出た。


「え、いや、今サクヤが入っているだろ?」

「構わないわ。彼女も、そういうことをされて嫌な思いをすれば、反省するでしょうから」

「それ、俺に嫌われてしまえってことじゃないか」


 不満げに言うと、リリアは笑った。冗談よ、と。

 一方でヴェーラは、本気で悩んでいた。


「名案かも。それにサクヤが男性にも興味をもてば、ユウコとティールだけで回すことができるから。……ティール、頑張って、応援してる!」

「お、おう。ありがとう……?」


 そんな励ましを貰っても困る。

 サクヤはお肌すべすべだし、いい匂いするし、とても可愛くて案外人懐っこいところもあって、髪は銀のように綺麗だし、ああもう、言いきれないほど魅力的だけど、女の子が大好きなんだぞ、彼女は! 俺が女性なら突入すれば大喜びで迎えてくれるだろうが、俺には象さんが標準装備されているのだ!


 ……待てよ。つまり一時的に女の子になってしまえばよいのではないか? 異世界なんだ、人化の秘宝があるんだから、女の子にだってなれるんじゃないか!?


 ああでも初めは風呂場でいちゃいちゃより、徐々に、徐々に女の子と仲良くなって、ぎこちなく手を繋ぐところから始めたい!


「ティールさん、今日は一段と邪な顔をしているね?」


 ユウコに言われてしまった。なんということだろう。

 俺は反省し、煩悩を静めるのだった。


 そうしているうちに夜は更けていく。俺たちのかき氷屋さんは、まだ始まったばかりであった。



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