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12 サクヤと仲良くなりました

 二日目の晩、俺たちは五人でリリアの家に向かっていた。

 結局、突如手伝いに加わったサクヤは、あれからずっといたのである。そして屋台が終わった今、彼女はユウコの隣を独り占めしていた。


「ユウコちゃん、帰ってきてたなら言ってくれだされば、すぐに会いに行きましたのに」

「え、別にサクヤちゃんに会わなくてもいいよ」


 ユウコがさらっとひどいことを言った。

 確かに、こうもべたべたとされては面倒くさいかもしれない。


 しかし、中身はともかくサクヤの見た目はとても可愛らしいので、美少女二人が戯れている姿は悪くない。


 一方で、リリアとヴェーラは二人から距離を取っている。ユウコを生贄に差し出すことで、サクヤから逃れたのだ。


 なんという策士だろうか。

 ヴェーラは気にした風もなく、俺に言う。サクヤなど視界にいれてすらいない。


「それにしても、今日はよく売れたね」

「昨日の倍以上売れたんじゃないか? これなら店舗を構えるのも、現実味を帯びてきたな」


 ここで満足してはいられないのだ。

 今の時間も楽しいものだが、売り上げで店を借りてからが本番なのである。


「あ、そうだ。リリア、お金返すよ」


 ずっと借りっぱなしだった10万ゴールドは、あれから買い物に使って結構減っていた。しかし、今日の売り上げがあればなんとか返却できるだろう。


 けれど、彼女は首を振った。


「今はまだいいわ。これからいろいろとかかるでしょう? あなたが一人前の店長になったら、利子をつけて返してもらうから」

「……期待しててくれ」


 なんとなく、借金というろくでもないものが、彼女とのつながりのようにも思えたので、俺は無理に返すことはしなかった。


 それから家に着くなり、ユウコはソファに飛び込んだ。


「あー、疲れたぁ。もうだめ」


 そしてサクヤが覆いかぶさるように、ユウコに襲い掛かる。


「ユウコちゃん、私がマッサージしてあげますね!」

「え、いらないよ」


 そんなユウコの言葉も聞かずに、サクヤはマッサージを始めた。が、なんとも手つきが嫌らしい。というか、普通に尻を撫でまわしたりしている。


 ……いいなあ。


「ティール、気にしなくていいから、片づけ手伝ってよ」


 ヴェーラが言う。どうやらサクヤが邪魔だから、あのままでいいらしい。ときおり、ユウコのどことなく悩ましい感じの声が聞こえてくるが、気にしなくていいとのことなので、俺は今日の戦果を数えることにした。


 昨日よりもはるかに多い。多すぎてびっくりするくらいだ。

 もしかして、俺がいないほうが売り上げあったんじゃないか?


 確かに可愛い女の子四人のほうが、見栄えはいい。サクヤもいれば、俺はいなくても回せる。しかしだからといって、さぼっているわけにもいかないよなあ。そんなことしたら、リリア絶対怒って帰っちゃうし。


 もしかしたら、サクヤもリリアを慰めに行っちゃうかもしれない。

 そういう優しさに女の子はコロッと落ちちゃうとか言うから、サクヤなら狙いかねないのだ。


 俺は一枚一枚、丁寧に数え上げていく。


「70万弱か。昨日の分と合わせて大体100万ゴールド。……これくらい稼ぐ予定ではいたけれど、実際に手にしてみると、感想が出てこないなあ」

「うーん。全部が全部、儲けじゃないって考えると、そこまで多くもないよね。大金なのは間違いないけれど」


 たしかに、ヴェーラが言うことはもっともだ。

 材料費や人件費を払ってしまえば、残るのは僅か。そこからさらに税金が引かれる。


 しかも、俺が雇っているのは実に特別な美少女たちなのだ。時給700ゴールドで雇えるような、そこらの店員たちとは違う。


 そういえば、俺はヴェーラやユウコに、給料についての説明はほとんどしていなかった。歩合制といえば聞こえはいいが、そもそも売り上げがなければ俺が払えないだけなので、よく現状を表しているといえる。


 残った金額を頭数で割ってもいいだろう。金を稼ぐのは生活するには必要なことだが、俺はなにも、大金を稼ぎたいわけでもない。美少女達に囲まれた、甘々な店主ライフを送りたいだけなのだ。


 単純に金が欲しいだけなら、未だに紛争が続く危険な地域で傭兵などをすればいいことだ。しかし、俺の理想とは程遠い。


 こうして、平和でささやかな幸せを享受する、そんな日々が理想的なのだ。

 そんなことを考えていると、俺は安らかな気分になってくる。


 そうして顔を上げると、すっかりサクヤに組み伏せられているユウコが脱力しながらよだれを垂らしているのが見えた。


 あれ、これ俺の理想と違うぞ。



    ◇



 食事が終わると、女の子たち(サクヤを除く)は皿洗いをしたり、歓談したり、楽しげにしていた。


 今、このどうしようもない銀髪美少女は、ソファの上でじっとしていた。

 先ほど、リリアとヴェーラにセクハラをかました結果、近寄るなとくぎを刺されたのである。さすがに、本気で嫌がられることをしないだけの分別はあるのだろう。しつこくべたべたすることはしなかった。


 しかし、怒られて落ち込んでいるわけではない。

 じっと女の子たちの姿を眺めてにやついているのだ。


 うーん、俺の姿もリリアたちにとっては、こんなふうに映っていることもあるのだろうか。気を付けよう。


 そうしていると、彼女たちは三人で風呂場のほうに向かっていく。もう夜も遅いから、さっさと風呂に入って寝るのだろう。


 そんなことを考えていると、サクヤがさり気なく、彼女たちの輪に加わった。四人の姿が脱衣所の向こうに行くと、ヴェーラはサクヤの腕を掴んだ。


 それから一瞬で懐に入り込むと、少女の体が回転する。おお、見事な投げ技だ。

 ぼーっと眺めていた俺のところに、サクヤが飛んでくる。


 これは……さり気なく受け止めて、あわよくばあちこち触れちゃうことなんかも、あるかもしれない。……あるかもしれない!


 しかし、ここで重要なのはさり気なく、ということだ。自ら飛び込んで抱きかかえ、「危ないよ、こねこちゃん(キラッ」とかやれるのは真正のイケメンだけだ。俺にはできない。


 だからこっちに来たから仕方なく受け止めた、とならねばならない。

 一瞬のタイミングが命取りになる。


 銀髪が風に揺れる。


 俺は片膝を突いて僅かに体を起こし、いつでも受け止められるように、構える。

 そして、少女がゆっくりと俺の腕の中に、吸い込まれていく――。


 俺はそのまま、あえて後ろに跳ぶ。衝撃を逸らすだけでなく、上手く受け止められなかったよ、とアピールするためだ。


 しかし、その行動が裏目に出た。

 ――まずい。


 後ろにはリリアお気に入りにのソファがある。思い切りぶつかれば、痛んでしまう!

 俺はぐっと踏ん張る。足元のカーペットは俺たちの重さを、勢いを受け止めることはできなかった。


 こうなっては仕方がない。サクヤに衝撃を与えないよう、もっとも滑らかな動きで、俺はソファに体を投げ出した。


 サクヤの小さな体が、俺に触れる。

 抱き留めると、思っていた以上に華奢な体つきだった。


 俺の知るサクヤという少女は、自らの欲望のままに、友人である少女をほしいままにしているところばかりが目立っていた。しかし、それはただ一面を見ただけにすぎないのだ。


 腕の中の少女は、小さく震えていた。

 そう、彼女だってまだ幼いのだ。友人たちから除け者にされれば当然悲しいし、傷つくことだってあるはずだ。普段の姿だって、もしかすると好意の裏返しなのかもしれない。


 俺はサクヤを改めて、眺める。


「うふふ……反発するヴェーラちゃん、とても可愛いですね……」


 恍惚としていた。

 だめだこの子。もう取り返しのつかないところまで来ている。


 しかし、俺は思想や趣味がなんであれ、差別することはない。女の子が女の子を好きなのも個人の自由だ。なぜなら、すべての美少女は俺の前では等しく美少女だからだ。

 いまだってこうして抱きしめていると、とても甘くていい匂いがする。


 あー。夢みたいだ。

 女の子とこうしていると、彼氏彼女の関係で、抱っこしているようなシチュエーションさえ思い浮かべてしまう。


 が、彼女は俺のことなど目もくれず、さっと飛び出すと、脱衣所へと駆けていった。が、すでに鍵がかけられた後らしい。もう扉は無情にも、何人たりとも通しはしなかった。


 しかしサクヤはめげない。

 扉にべったりと張り付くと、中の音を拾っていた。そして幸せそうな表情を浮かべるのだった。



    ◇



 夜。俺は相変わらずキッチンで寝る生活が続いていたが、今日はなんとなく、リビングのソファの近くで横になっていた。


 そこにはサクヤが横になっている。

 先ほどまでユウコとお泊りだとはしゃいでいたのだが、彼女たちは寝室に行ってしまったので、今はすっかり落ち着いたものだ。


「それにしても……サクヤたちは楽しそうでいいな」


 俺はそう呟いた。

 サクヤは反応するだろうか。あまり期待してはいなかったのだが、彼女は寝返りを打って、こちらを向いた。


「はい。皆、よくしてくれます。……ですが、私はティールさんが、少し羨ましいです」

「……俺が? 俺より君のほうが、昔からの付き合いだろう」

「それはもちろんそうですよ。私たちは強い絆で結ばれていますし、これからも結ばれる運命ですから。ですが、私たちの関係が変わってしまったのも、事実なのです」


 サクヤは寂しげに言った。

 なにも知らない俺は返す言葉もなく、ただ彼女の姿を眺めることしかできなかった。


「夢のような旅は終わって、ろくでもない現実に戻った私たちは、以前のように集まることなんて、できなかったんですよ」


 彼女は大変だったはずの、魔王討伐の旅を夢のようだという。この平和な日常をろくでもないという。


 そもそも、艱難辛苦で満ちている旅路を行かねばならなかった理由を慮れば、幸せな日常を送ってきたはずもないことは当たり前だ。けれど、そこにはきっと、絆があったのだろう。


 彼女たちがこの一年間、なにをして過ごしてきたのか、俺は知らない。彼女たちがこの一年間、なにを思ってきたのか、俺には知りようがない。


 それでも同じ一つの目標を掲げなければ、一つに寄り集まることさえできなかった、ということだけはわかった。


「リリアちゃん、柔らかくなったでしょう?」

「あれでそうなんだ」

「昔はもっと刺々しかったですから。ユウコちゃん、よく笑うようになったでしょう? ヴェーラちゃんも人を避けなくなりました」


 もしかすると、サクヤが知っている彼女たちの姿は、俺が知っている彼女たちの姿とはかけ離れているのかもしれない。


 そんなことを思っていると、


「ですが、ティールさんには渡しませんよ。私の大好きな皆は」


 サクヤは笑う。

 これまでとは違って、穏やかな笑みだ。俺は純粋に、彼女を美しいと思ってしまった。


「じゃあ俺はサクヤを貰うとしようかな。そうすればサクヤの皆も、俺の皆だ」

「それは、ずるいですよ。……あ、この国、同性で結婚できないの知っています?」

「そうなんだ。でもたしか重婚はできたよな」


 重要なことなので、俺は調べておいたのだ。一人の男性が多数の女性を侍らせるのも、一人の女性が多数の男性を侍らせるのも可能なはずである。というのも、相次ぐ魔物や疫病の被害で王族の血筋が絶えないよう、積極的に重婚を推奨しなければならなかったからだ。


「名案を思いついてしまいました。まず、私たち五人が一人の男性と結婚します」

「え、当てはあるのか?」

「はい。そうすると、私たち五人は法的にも結ばれることになります」

「ややこしいが、妻同士、ということになるのか?」

「そこで男性を殺します。これって私たちだけが結ばれたことになりません?」

「いやいやいや、犯罪だろそれ!?」

「というわけでティールさん、犠牲になってもらえませんか?」

「当てって俺のことかよ!」


 この少女、発想がどうかしている。

 しかし、俺を見て「冗談ですよ」とくすくすと笑うのだった。ほんとうだろうか? どこまでが冗談だったのだろう?


 それにしても皆、複雑な過去があるのだろう。けれど、俺が聞くべきことじゃない。

 少しだけ理解の援助をくれたサクヤに感謝しながら、俺は眠りに就くのだった。


 そうしてサクヤのことを見直したのであった。

 翌朝、洗濯かごの中の下着を漁っている彼女の姿を見るまでは。


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