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11 仲間が増えました

 二日目。この日はとにかく暑く、道行く人々がとにかく求めてくれた。大繁盛である。

 昼前にはすでに目標の半分近くを売り上げたところだった。


「ありがとうございましたーっ!」


 少女たちの声を聞きながら、俺はひたすらかき氷器を回す。俺が接客しても仕方ないだろうから。だって、あんなにも魅力的な少女が三人もあるのだ。俺の出番なんかありはしない。


 このまま何事もなく、売れ続ければいいなあと思っていたのだが、そうもいかないらしい。

 大柄な男たち三人が、近づいてくるのが見えた。彼らは腰に剣を佩いており、物々しい鎧を身に付けていた。


「おう、お前ら誰に許可取ってここに出してるんだ。路上でこんなもの売っていいとでも思ってんのか?」


 真ん中にいた男が、ずいと身を乗り出して言ってくる。


「商業ギルドから、営業の許可は取ってます」


 ユウコがまったく物おじせずに答える。魔王を相手にしてきたんだから、こんなチンピラもどきに怯えることはないんだろう。


「もう変わったんだよ。とにかく、認められねえから店を仕舞いな」


 ようするに、いちゃもんだ。

 屋台をやっていればよくあることだが、こうしている間にも、本来売れるはずだったものが売れなくなっているのだ。黙っているわけにはいかない。


 が、俺が行くよりも先にリリアが前に出た。


「法は変わってないし、まったく違法性もない。なんなら、王のところまで行きましょうか? 今からでもすぐに会ってくれるでしょうね。どうしますか?」


 まじかよ。王様にすぐ会えるって、どんな貴族だ。

 いや、救国の英雄ともなれば、そんなものなんだろうか。でも、リリアのことだから王の弱みを握っているだけの気もする。


 男たちは彼女の姿を見て、急に慌て出した。横にいた男が小声で、俺たちに聞こえないように告げる。といっても、俺の聴力は遥かに優れているため、筒抜けなのだが。


「兄貴、あれやばいっすよ。ほら、魔王を嬲り殺したっていう、魔女ですよ。逆らう者は皆殺しとか聞きますって」

「じゃあどうするってんだよ……」


 リリア、お前は旅でなにやってたんだ。

 ユウコの評判とは対照的に恐れられている彼女。


 しかし、今はそれが効いているようだ。

 俺は今のうちに、彼らを後ろに下がらせることにした。


「少々、よろしいでしょうか? ほかのお客様の迷惑になりますので、裏でお話しましょう」


 男が文句を言わんとした瞬間、俺は魔法を発動させる。

 奴らの口の中が氷で塞がり、まったくものも言えなくなる。氷の猿ぐつわだ。


 その間に俺は半ば強制的に、彼らを引きずって裏へ。


「リリア、毒を混ぜようとしている奴がいる。そちらはなんとかするが、気を付けてくれ」

「わかったわ。早めに帰ってきてね、肉体労働は苦手なの」


 彼女はしぶしぶ、かき氷器を回し始める。

 こうして、俺は一時的に邪魔者を取り除いたが、ここからが問題だ。


「さて、先ほど言ったことは嘘じゃない。お前たちがなお邪魔をしようというのなら、王にしょっ引いてもらうとしよう。言っておくが力づくでなんとかしようとしても無駄だからな。不意打ちだろうが、返り討ちにされるだけだ」


 男が暴れようとした瞬間、付近を凍りつかせて、動けなくする。いよいよ無駄だとわかると、大人しくなった。


「質問に答えてもらおう。さっきからあのあたりをうろついている男は、知り合いか? この食品が取り扱われる中、劇薬を持っているようだが、そんなものがばれたら極刑だ。なにもなかったと言って帰るか、お仲間と一緒に連れていかれるか。どちらがいい?」


 もはや脅しである。

 俺は温厚なので、平和的に解決したい。だからこうして逃れるための道を作ってやったのだ。これ以上、揉め事を起こしたいというのであれば、どこか生きては帰れない山中へと捨ててくることだって、考えられなくもない。


 そんな俺の思いが通じたのか、彼らはぶんぶんと首を振った。

 こうして平和的な話し合いができる相手でよかった。


 俺は男たちの口を解放してやると、彼らは頭を下げながら、口々に謝罪を口にする。どうやら、魔王討伐で平和になったことで、くいっぱぐれた者たちがこうした暴力組織を創り上げているそうだ。


 彼らはただの下っ端みたいだったので、毒物をもってうろついている輩をターゲットにする。


 こうした営業妨害は、本当に迷惑である。食品と言うものは人が生きながらえる上でなにより大事なものだし、いわば生命そのものだ。それを脅かすというのだから、ナイフを突きつけてきているのと、なんら変わりはしない。


 俺は一呼吸の間に、距離を詰める。

 周囲の者たちからすれば、消えたようにも見えただろう。案の定、先ほどからこちらの様子をこっそりと、ばれないように窺っていた男は、こちらに気が付いた。


 油断していたのだろう。先ほどのところからは、到底人が追い付ける距離ではない。


「なあ、ちょっといいかな? ああ、勧誘じゃないぞ。その懐に入っているものについて聞きたいんだが」

「……なんのことでしょう?」

「とぼけなくていい。人間じゃあ、わからないだろうが、魔物にはわかるものがいるんだよ。かつての魔王は、あらゆる毒物を嗅ぎ分けたという」


 本当のことではないだろうが、まるっきり嘘というわけではない。聖剣を突き刺されて虫の息の魔王に、リリアが実験したことは聞いている。実質、リリアが魔王を打ち倒したといっても間違いではないのだ。


「話し合いがしたいんだ。ボスのところに連れていってくれないか?」

「……いいでしょう」


 ここで薬のことをばらされるのは不利と見たのか、男はあっさりと頷いた。

 しかし、騙し討ちの可能性だってある。俺は奴の一挙手一投足に警戒しながら、街の中を歩いていった。


 しばらくして、一軒の立派な家に辿り着いた。庭付きの豪邸だ。

 そこには元傭兵たちと思しき者たちがいた。顔に瑕があったり、指がなかったりと、色々怪我をしている者もいる。


 平和になって困るものもいるということだ。しかし、だからといって、俺たちの商売を邪魔していいことにはならない。


 と、そこで俺は気が付いた。どうやら、以前見たアイスを売っていた移動型の屋台を出していた者たちは、彼らだったのだろう。同じ品の材料を入れた箱が、あちこちに置いてある。


 そうして案内された先には、親分らしき男と、周りに控えている十数名の男たち。皆、腰に剣を携えている。一方、俺は完全な丸腰だ。


 男は俺に向かって、がんつけながら言う。


「あんちゃんよお、商売するなとは言わねえ。けどな、物には道理ってもんがあるんだ。俺もお前も売れれば、お互い喧嘩することもねえ」


 ようするに、上納金を払え、俺たちの言うことに従え、という理屈だ。


「……手短に言おう。俺たちに二度と関わるな。さもなくば、後悔させてやる」

「痛い目に遭ってもらわないと、わかんねえようだな」


 親分は男たちに合図を出す。と、彼らは剣を抜いた。

 こうなれば、もう俺の勝ちである。王都では無用に剣を抜くのは御法度である。そして俺が抜き返すのも同様に御法度である。


 しかし、無手でやり返すのは、特に禁止されてはいない。


 俺は近くにいた男を掴み上げると、一気に投げ飛ばす。飛んでいった男は三人ほど巻き込んで、壁に叩きつけられる。


 その間に、ぽかんと口を開けている男を次々と蹴り飛ばしていく。僅か一秒足らずで、親分の周りには男たちの山が出来上がっていた。


「な、なんだ貴様! くそ、お前ら、それでも精鋭名乗ってたのかよ!」


 彼らはすぐさま立ち上がるが、すでに俺は彼らのすぐ前にいる。そして魔法を発動させると、彼らの姿は氷の壁の向こうになった。


「氷、欲しかったんですよね? 上げますよ、欲しいだけ、好きなだけ」


 俺は部屋中を氷で埋め尽くしていく。

 と、初めは驚き眺めていたばかりの彼らも、気が付いたようだ。人は氷の中では生きていけないことを。一応、息ができるように穴はあけてあるが、すぐにでも閉じることはできる。


 気温は氷点下まで下げていることもあって、がちがちと歯を鳴らしながら震える者も出てきた。


「ま、待ってくれ!」

「はい? 私はあなた方が望む物を上げただけですよ。御呼ばれしたので、言われた通りに」

「すまなかった、俺たちが悪かった、もう、もう関わらないから、命だけは」


 いよいよ、男たちが懇願し始めた。初めから、聞いてくれればこんな面倒なこともせずに済んだのに。


 ああ、時間がかかってしまった。どうしよう、リリア絶対怒ってるよ。


「次やったら、この穴塞ぐからな」


 空気が入っていくように、開けておいた穴に手を翳しながら、告げる。

 これで用は済んだ。さて、帰ろうか。



    ◇



 揉め事を解決してから帰ってくると、俺の居場所はなくなっていた。

 かき氷器を回すリリア。そして隣には、銀髪美少女。


 ……誰?

 いや、そんなことはいい。問題は、俺がどうこの女の子と接するべきか、だ。そんなことを考えながら、俺は彼女の姿をじっくりねっとり眺める。


 長い銀の髪はくるくると束ねられており、サイドアップにしている。それだけでも人目を引くのに、青の瞳は珠玉の美しさがあった。

 灰色の和服っぽい衣服を着ているため体型はあまりわからないが、袖から覗く腕は白く華奢で、雪のよう。


 穏やかな笑顔を浮かべる彼女は、雪の妖精さえ思わせる立ち居振る舞いで、かき氷器を回していた。


 俺はこのとき、直観していた。

 間違いない。彼女はこうしてかき氷屋の店員となるべく生まれてきたのだと。


「……ティール、帰ってきてたの。それなら早く代わってよ」


 リリアが疲れたように言う。

 銀髪美少女は寂しげな表情を浮かべた。友達だろうか?


 さっさと裏に行ってしまったリリアに代わって、俺はかき氷器を回す。隣にいる少女の様子をちらりと眺めるが、彼女は俺のことなど歯牙にもかけていないようだ。


 視線は真っ直ぐに、器を持つユウコの胸元に注がれていた。

 ん……!?

 改めてみると、口元は僅かばかり緩んでみえる。


「ティール。手が止まってるよ。サクヤばっかり見てないで、ほら回して」


 俺が受け持つかき氷器の下に容器を入れたまま、ヴェーラが言った。あの子、サクヤって言うのか。


 ヴェーラの言うことはもっともだ。今、俺が対峙しているのは彼女なのだから。

 よそ見をせず、じっくりヴェーラを見るべきだったのだろう。

 俺は煩悩を捨て、まじまじと彼女を見る。やはりヴェーラは可愛い。いつも明るいし、悪戯っぽい笑みも魅力的だ。


「ごめん、やっぱりサクヤのほう見てて」


 どうやらこれもだめだったらしい。

 仕方がないので俺は手を動かしながら、サクヤを見る。彼女の視線は、客にかき氷を渡しているユウコの尻に向けられていた。


 うーん、ユウコの尻かあ。そんなところばかり見ているんだからきっと、サクヤは恋する乙女なのだろう。それにしても、ユウコに熱烈なファンがいたとはなあ。


 正直、ユウコのことばかにしすぎていたかもしれない。そうだもんな、勇者だもんな。可愛い女の子のファンもたくさんいるよな。よし、たくさん連れてきてもらおう!


「あの、サクヤさん。ユウコちゃんとはどのような関係ですか?」


 俺は彼女に尋ねる。


「お嫁さんです」


 にっこりと微笑んで、そんな回答が返ってきた。

 あれ、ユウコ未成年だったはずじゃあ。


「これから、ユウコちゃんと私は結婚するんです。リリアちゃんも、素直じゃないところもありますが、とても可愛いので結婚します。ヴェーラちゃんも大好きなので、結婚します。ここにはいませんが、リディちゃんも素敵な女の子なので、結婚します。祝ってくださいね?」


 おかしいな。俺の知っている接続詞の使い方と違うぞ。

「ので」って、結婚するにかかる枕詞だっけ?

 そしてリディちゃんって誰だ。


 そんなことを考えているも、サクヤの笑顔はこの上なく素敵なものだった。なんというか、純粋な喜びで満ちていた。


「五人で、一緒に暮らすんですよ。きっと楽しいです」

「え、ずるい。俺も一緒に暮らすよ」

「だめですよ。私達だけの蜜月ですから」

「そんな羨ましいことを独占するなんて……」


 くそ、俺があんなおっさんを叩きのめしにいったばかりに、こんなことになっているとは。

 目を離すんじゃなかった。


「サクヤ。そろそろ気持ちの悪い妄想やめてくれないかな?」


 ヴェーラがはっきりと告げた。

 そこまで言っていいのか。なんとなく、彼女たちの関係性が見えてきた気がする。


「そんなこと言うヴェーラちゃんもとても可愛いですよ」


 にこにこと笑顔のまま――いや、違う。

 ちょっとだけ口元がだらしなくなっている! 罵倒さえも幸せに感じるとは――なんという強者。


 耐えかねて戻ってきたリリアが、ため息を吐く。


「ティール、あなたがいけないのよ。早く帰ってこないから、サクヤの手を借りることになってしまったの、残念ながら」

「……ところで、サクヤさんって」

「前にも言ったでしょう。一緒に旅をしていた剣士よ」


 ……勇者パーティ四人目の女の子は、ユウコが大好きな銀髪美少女だった。ということは、リディちゃんが僧侶なのかな。


 まさか、全員女の子だったなんて。皆可愛いし、リディちゃんにも期待が膨らむ。

 勇者パーティって、実は世界規模の壮大なアイドルユニットだったんじゃないかなあ、なんてことを思ってしまうのも仕方がないだろう。


 ともかく、こうしていつの間にか俺の屋台には美少女が一人、増えていたのである。

 一歩、野望に近づいたのだろうか。いや、むしろ遠のいたのかもしれない。俺が気を抜いたすきに、中から乗っ取られることだって在り得るのだから。


 俺は四人の少女たちを眺めながらも、やはり可愛いなあ、という感想しか出てこなかった。


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