表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

1 アイスドラゴンに転生しました

最近は暑い日が続きますね。かき氷のおいしい季節になりました。

本作が皆様の清涼剤となれば幸甚の至りです。

 うだるような暑さが、すっと引いていく。

 俺は心地好くなって、二度寝しようと寝返りを打つ。しかし、いつもの調子で打てない。というか、そもそも横になった体勢じゃない。


 どういうことだ?

 うっすらと目を開けて、周囲の状況を確認する。


 なんだこりゃ!?


 見渡す限り、氷、氷、氷……。雪山の洞窟の中だろうか。

 おかしいな。俺はさっきまで、エアコンのないくそ暑い室内で寝転がっていたはずなんだが――。


 少し探ってみようと体を動かしてみると、


 ズシン!


 大きな物音がした。


 眼下には、爬虫類のような水色の鱗。そして足の大きさから察するに、こいつはかなり巨大だ。このサイズといえば……竜しかないよな?

 しかもおそらく体勢的に、俺は奴の上に乗っている。こんな高所から振り落とされた、死ぬしかない!


 恐る恐る移動を開始。するとどういうわけか、この竜までずんずんと動き始める。俺が移動をやめると、ぴたりと止まる。


 目の前にある氷柱に映っているのは、まさしく巨大なドラゴンだった。人の姿はどこにもない。


 …………。

 ま、まさか俺が竜になったのか!?

 声を上げた瞬間、唸るような咆哮が上がった。


 ぎゃああああ、助けてくれ!


 竜は狂ったように喚いていたが、しばらくして静かになった。


 おおおおおおお、落ち着け俺。落ち着け落ち着くんだ。


 自分に言い聞かせる。 

 そうだ、ドラゴンになっただけじゃないか。なにも慌てるようなことじゃない。給料日まで二週間もあるのに生活費が尽きてしまったとか、水道が止められたとか、そういうのに比べれば、大したことないんじゃないか?


 ……ってんなわけあるか!


 なんだよドラゴンって! しかも人語話せねえし!

 鬱憤を晴らすべく地団太を踏んでいると、つららが折れて頭に直撃した。


 痛くはない。かなり尖っていたようだけど、このドラゴンの肉体はかなり丈夫らしい。

 といっても、なんだか一人で騒いでいるのが虚しくてわびしくて、俺は一息ついた。


 ぶふう、と口から冷気が漏れる。あ、ひんやりして気持ちいい。

 そうだ、あの暑い部屋にいることを考えれば、この生活も悪くないんじゃないか? だって一日中クーラー効いているようなもんだぞ? しかも電気代タダ。ここ重要。


 快適なドラゴンライフ、始まっちゃうんじゃないですか?

 そんなひそやかな野望を抱いた瞬間。入り口から、小さな人が姿を現した。


 体は全身鎧で覆われており、手には剣。騎士かなんかだろうか。

 こんなところまで来るなんて、お勤めご苦労さんです。


 ……いやいやいや、これ、どう見ても俺を討伐しに来てるよね!? どうすんの、俺が使えるのドラゴンブレス(ただ息を吐くだけ)しかないぞ!?


「アイスドラゴン、覚悟!」


 やけに高い声で叫ぶなり、こっちに向かってくる。

 が――。


「ふぎゃ!」


 俺がちょっと爪を弾くだけで、吹っ飛んでいった。そりゃそうだよね。普通に考えれば、体格の差がありすぎるからね。


 いきなり切り掛かってくるなんて、人の道理――いや、ドラゴンの道理に反するんじゃないか? まずは挨拶がきちんとできなきゃ、就職もできないんだぞ。


 俺は不満全開で、先ほどの騎士?を眺める。壁にぶつかってうずくまっており、衝撃で兜が脱げていた。

 短い赤毛。こちらを睨み付けてくる、気の強そうな瞳。まだ幼い少女のものだった。


 このまま押し潰してやろうかとでも思っていたのだが、すぐにやめた。見た目がすごく好みだったのだ。


 それにほら、鎧を着た女の子って、なんだかいいじゃないか。普段の三割増しで可愛く見えるというか。あの子よわっちいけど。


「く……ドラゴンなんかに、屈しないんだから!」


 ほう。お決まりの台詞だ。

 これもなかなか様になっている。コスプレ娘として売り出せば、結構いい線いくんじゃないか。といっても、この世界にそんなものがあるかどうかは知らんが。


 勇ましくかかってくるも、やはりドラゴンに人が勝てるはずもない。

 二度弾き飛ばされると、女の子は頬を膨らませ――そして手を前に突き出すなり、魔方陣が浮かんだ。


 放たれる雷撃。


 おおお、死ぬ。それはまずい!


 慌てて回避を試みようとするも、俺は前のめりに倒れ込んだ。

 尻尾が氷漬けになって、地面にくっついていたのである。メキメキ、と音を立てて引き抜くが、もう遅い。


 ――死ぬっ!

 竜の咆哮が、響き渡った。


 ……あれ。痛くない。そっか、所詮小さな女の子だもんな。こんなコスプレ少女にビビッてるほうがどうかしてる。ドラゴンの力を見るがいい!


 俺がけろりとしていることに驚いたのか、赤毛の少女は目を見開いている。しかし、すぐにこちらに背を向けて、駆け出した。


 逃がすものか!

 俺は近くにあった氷柱を投げて、入り口をふさぐ。もう、彼女の逃げ道などない。


 このまま永遠の時をともに過ごそうぞ! なんてロマンチックな台詞もいいけど、それより元の姿に戻る方法が知りたい。


 だってさ、いくらドラゴンがかっこよくて少年たちの憧れだとしても、このままじゃ竜と交尾することになるんだぜ? 無理無理。俺は若くて可愛くて俺だけに優しくて、清楚な美少女がいいんだ。美ドラゴンはお呼びじゃないの。


 そんな邪念が漏れていたのか、近づくと少女は怯えたように後じさりする。

 まいったな。この反応、小学生のときを思い出すぜ。


『お前あいつの隣なのかよー』

『えーかわいそー』

『やだ、そんなのやだ!』


 はあ、俺はなにも悪くないのに、どっちが可哀そうだっての。

 ま、そんな話はいい。今はどうやってこの少女と意思疎通するかだ。


 しばし悩んでから、俺は壁面を爪でひっかいて、絵をかいていく。まずは人。そして竜。

 絵心ないな、俺。とりあえず伝わればいいだろう。


 そして矢印を引く。矢印の概念、あるよな?


 少女はしばし黙り込んでから、


「あなた、人になりたいの?」


 と、まさに俺の言いたいことを理解してくれた!

 しかしなんで俺、あいつの言葉がわかるんだろう。まあいいか。


 ぶんぶんと頷くと、少女が恐る恐る近づいてくる。そして、小さな宝玉を差し出した。


「人化の秘宝。これを使えば、人になれる」


 寄越せ! それをこっちに寄越せ!

 俺が近づいていくと、少女は俺の口目がけて放り投げた。食えってことか?


 あんぐりと口を開け、キャッチ。いいね、これだけできれば動物園の人気者だ。立つレッサーパンダなんて目じゃないぜ。


 あれ、これもしかして毒だったらやばいんじゃね?

 いやいや、あのアホそうな女がそんな策を練るか? 無理だろ、無理無理。イタダキマス。


 ごっくんと、飲み込む。

 途端、俺の体は見る見るうちに縮んでいく。おお?

 やがて、感覚が人に近づいてくる。おお!


 手を握ったり、開いたり。足を動かす。白くて美しい足だ。とても男のものとは思えない。

 ……ん? あれは、あれはあるのか!?


 俺はすかさず確認。無事でした。

 ほっと一息ついていると、あの少女が顔を真っ赤にしていた。


「ふ、服ー!」

「そんなもの、あるわけないじゃないか。なんか貸してくれよ」


 ずんずん歩いていくと、少女はじりじりと下がる。

 そして慌てて取り出した襤褸切れを、投げつけてきた。とりあえず俺は腰回りだけ隠すことにした。


 それから氷柱に映っている自身を見ると――


「誰だこのイケメン。ムカつくくらい爽やかな顔してやがる」


 俺だよ、俺。

 これなら女の子と付き合い放題じゃないか? ああでも、顔目当てで寄ってくる女は無理だなあ。こんなことを考えられるようになるなんて、夢みたいだぜ。


「あの……あなた、本当にドラゴンなの?」

「いや、見ての通りイケメンだ」

「答えになってないよ」


 少女は初めて、笑った。その顔が可愛くて、俺はつい頬が緩んでしまう。


「実はな、人間だったんだが、気がついたらドラゴンになっていた。で、人間に戻った?」

「うーん? よくわかんないけど……戻った、っていうのは違うと思う。いつでも戻ろうと思えば、戻れるよ」


 俺は少女の助言に従って、試してみる。するとすぐに竜の肉体に戻った。しかも、サイズまで自由自在だ。元の大きさより大きくすることはできないみたいだが。


 すごいな。俺は人型に戻る。


「ふ、ふくー! 服着て!」

「すまん、さっきの衝撃で破けたようだ。余っているのを貸してくれ」

「もうないよ! 余ってないよ!」

「じゃあ君のパンツでも構わない」

「いやー!」


 殴られた。

 仕方がないので、俺は小型の竜形態のまま話を続ける。練習しているうちに、この状態でも会話できるようになったのだ。さすがドラゴン、万能だ。


「それで……君は一体何をしにきたんだ?」

「ふっふーん。聞いて驚け! あたしは勇者なの!」


 胸を張って少女が言う。先ほどの戦いで鎧はぶっ壊れてしまったため、下の衣服が覗いている。

 あんまり大きくないな。小さくもないけれど。丁度いいくらいだ。


 それにしても、勇者か。


「そうか、実は俺も勇者と呼ばれたことがあってな」

「え!? 嘘、勇者は世界で一人だけのはず……」

「そう、あれは五年前のことだ。クラスで一番可愛い女の子がいたんだよ。ある日、彼女は黒い悪魔を召喚してしまったのさ」

「そんな……」


 勇者はごくり、と息をのむ。


「皆は見て見ぬふり。誰しも、自分の身に降りかかる火の粉は払いたいものだ」

「それで……?」

「俺は彼女に言ってやったのさ。鼻毛出てるよって。それから俺についたあだ名が勇者」

「バカじゃないの!? デリカシーないね!」


 ともかく、こんな話をしていても埒が明かない。


「とりあえず、こうしているのもなんだし、飯でも行こうか。奢ってくれ」

「う……いきなり頼むの、どうなの?」

「仕方ないだろ。金ないんだし。お前勇者なんだろ? じゃあはした金だろう」


 そういうと、勇者は顔を逸らした。


「……お金、ない」

「え、嘘だろ? 豪華な装備とか」


 と、そこで思い出した。この自称勇者、骨董品レベルの鎧しか身に付けていなかったのである。


「聖剣は国宝として取られた。装備は……重要文化財。貰ったのは、一か月分のお給金」

「……つまり、無一文の無職ってわけか」


 勇者ががっくりと、うなだれた。俺もうなだれた。なんて異世界生活の始まりだ。


 金がない。それが俺たち二人の現状である。

 俺は勇者に経緯を尋ねると、詳しく話してくれた。


「勇者パーティは、ほとんど余計なものは買わなかったんだ。お金は装備の新調に使ったから」

「ほうほう。どんな人がいたんだ?」

「魔術師と武道家と剣士と僧侶だよ。皆、すごく強かった。魔王相手にだって、引けを取らなかったんだから」


 彼女が言うことには、魔術師が杖を一振りすれば大地を揺るがす衝撃が起き、武道家は鋼鉄さえも打ち砕き、剣士はあらゆる魔物を切り裂き、僧侶の祈りは皆を癒したという。


 魔王との戦いは長く続き、それでも戦い続けたそうだ。

 この話に、一人だけ含まれていない者がいる。


「……で? お前は?」

「聞いて驚くがいいよっ」

「おう」

「聖剣を、魔王に突き刺した!」

「……それだけ?」


 え、長く戦ってたはずなのに、それだけ?


「聖剣は勇者にしか使えないんだよ! 魔王を滅ぼせる、唯一の力なんだよ!」

「ガンガン切って魔物を倒したとか、そういうのは?」


 勇者は目を逸らした。

 なるほど、どうやらなにもしていなかったらしい。


 勇者。それは聖剣を使える者を指す。別に剣とか魔法の才能は、関係ないようだった。


「あたしだって……道具を管理したり、薬草を煎じたり……料理だってできるんだから!」


 雑用係だった。


 可哀そうなので、それ以上は聞かないことにした。だって、勇者と持ち上げられて出ていったのに、やったのって魔王に聖剣を突き刺しただけだぜ? ただの少女なのに、なんの力もないのに、選ばれたからには、魔王討伐の旅もやらなきゃいけない。あんまりだろう。


 平和になったその後、魔術師は魔法道具を売る店を始め、武道家や剣士は指南役として雇われ、僧侶は本職に戻ったという。


 つまり、勇者がここに来たのは、特に稼げる力がなかったからだ。


 しかしこれは俺にとっても由々しき事態である。ドラゴンパワーで魔物をけちょけちょんにぶっ倒して金でも稼げばよいかと思っていたが、平和になってしまったのでは、そうもいかない。


 ――このままでは、飢え死にしてしまう。


 生活保護なんてものはない。だから、野垂れ死にするか、自分で稼ぐかしかないのだ。

 ……いや、誰かに食わせてもらうという手があった!


「勇者。君はなにができる?」

「笑顔ができるよ! この笑顔! みんなを幸せにできるはず!」

「……ほかには?」

「お掃除とか洗濯とか。畑を耕すのも、お父さんと一緒にやったことあるよ!」


 これといった才能はないようだ。

 いかにして彼女を働かせ、そしていかにして俺に金を回すか。全力で、頭を悩ませる。


 俺にできることと言えば――


「そうだ。氷を売ろう」

「氷?」

「ああ。どこか暑い地域があるだろう? そこで氷を作って売るんだ。俺の――アイスドラゴンの力があれば、造作もないことだろう」

「たしかに珍しいかもしれないけど……でも、ただの氷が売れるかな?」


 俺は勇者の言葉で確信していた。この世界には冷蔵庫は普及していない。氷自体に価値がある。


「売れるさ。俺には秘策がある」


 ごくり、と勇者が喉を鳴らす。

 食いついた。あとはこいつを働かせるよう、囁いてやればいい。


「かき氷だ」

「かきごおり? なにそれ」


 よし、しかも、かき氷自体がもともと存在していなかったらしい。大ブレイク、間違いなしだ!


「砕いた氷に、甘いシロップをかけるんだよ。ひんやりして甘くて、おいしいぞ」

「ひんやりして甘くておいしい!」


 勇者が目を輝かせる。いい笑顔だ。


「そうだ、俺と君で――かき氷屋を始めよう!」

「かき氷屋さん! うん、頑張ろう!」


 こうして俺たちは、出会って間もないうちに、意気投合したのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ