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第四章 追憶のオリジナル・シン

 ――陳腐な、ただし幸福だった男女の話をしましょう。

 彼と彼女は、とある研究施設で働いていた。

 ツァラトゥストラ・ニーチャの【御業】を再現しようと、その卓越した技術を、世界の平和のために役立てようとする組織の一員だった。

 少女は優秀な科学者で、同時にニーチャの理解者だった。

 己の思想を曲げずに歩くことの出来る、そんな気高い少女だった。

 少年は優秀とは言い難かったが、それでも平和への願いは、誰よりも強かった。

 愚かなまでにまっすぐで、そして優しい少年だった。

 どこかが、その芯の部分が似通っていたふたりが惹かれ合うのは、ある意味で必然だった。

 二人は出会い、そう間を置かずに恋人同士になった。

 少女の強引なぐらいな正しさに、少年はいつも辟易して、それでも少女を愛していた。

 少年の愚直さは、少女をいつも苦笑させたが、それは彼女を癒してもいた。少女もまた、少年を愛していた。

 二人は何処までも幸せで、幸せで、幸せだった。

 ――私は、それをずっと見ていた。

 仲睦まじい二人を羨みながら。

 喧嘩をして、別れては寄り添い、離れては触れ合う不器用な二人に呆れて笑いながら、私はずっと見続けていた。

 あるとき、ニーチャの残した三つの【神の息吹(ブレス)】を、人が装甲できるように調整する実験が行われた。

『あたしがやる』

 少女は、その装着者に志願した。

『無茶だ』

『それでも、あたしはやりたいんだ』

 少年は止めたが、少女が譲らなかった。

 それが自らの責務なのだと、平和への近道なのだと、少年を説き伏せた。

 事実、その実験がそのとき成功していたのならば、未来は大きく変わっていたことだろう。

 争いのない、今よりも誰しもが楽の出来る平和な世界が築かれていたことだろう。

 悪魔も天使もない、ただ【神】の御業をヒトが遣う、平和なだけの世界が、間違いなく作られただろう。

 しかし、実験は失敗した。

 調整の第一号は【神の息吹】のうち、最も強い力を持った【王】のブレスであった。

 【王】のブレスは、少女が装着した瞬間から、その精神を喰らった。

 侵食し、貪り、己のものとしようとした。

 そう、それはやはり、【神】にしか扱えぬ【肉体】であったのだ。

 決して人が手出しをしてよいものでは、なかったのだ。

 少女は絶叫を上げる。

『刹理、お願い、あたしを――殺してぇッ』

 絶望と苦しみに、殺してくれと叫んだ。

 少年は、そんな絶望の中で、一つの決断を下した。


「――そうして、いまがある」


 かつての少年が、虚ろな眼差しで語る。

 今の彼――迎日刹理の瞳には、いったい何が映っているのだろう?

 それは、私には計り知ることが出来ないことだった。

 それでも事実を述べるのなら、ずっと今日まで、彼らを見つめ続けてきた私がその責務を果たすのなら、今彼の瞳には、絶望が映っているのだろうと――そう思うのだ。

 彼の瞳は天を見上げている。

 切望者の仮面の下で、今の今まで己がいた場所を見上げている。

 だから、彼が今いるのは地上だった。

 叩きつけられ、大きく陥没したクレーターの中心に、私たちは仰向けで横たわっていた。

 その半身は、地面に大きくめり込んでいる。

 空は、暗い。

 暗黒のように(くら)い。

 天の中心には、上空すべてを覆い尽くさんばかりの巨大な暗黒を従えた【魔王】の姿があった。

「――あは」

 笑う。

「あはは」

 哂う。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――ッ!!」

 魔王は、割れんばかりの哄笑を上げる。

 それは、かつて少年が救おうとしたものの成れの果てであった。

 【王】ベリアルによる一方的な浸食を阻むために、【同化】処置を行った少年の、それが希望の(はて)だった。

 世界を犯すもの。

 平和を壊すもの。

 【神】の支配を砕くもの。

 【魔王】織守朔夜が、暗黒の太陽を背に――そこにいた。

「……ルーシェ」

 力なく、彼が私に問う。

 私は、彼と同じぐらい弱々しく、分析の結果を告げる。

『……周囲に、私たちとアレ以外に、動作物を認めず……』

 それは、つまり、全滅と言うことだった。

「なんという、ことだ……」

 彼が、畏怖と、それからもっともの哀しい複雑な感情と共に、嘆くように呟く。

 500を超える天使の軍団。

 300に近しい悪魔の軍団。

 それが、ほんの一瞬で――ただの一撃で壊滅したのだと、状況は物語っているのだった。

 仲間すらを、魔王が皆殺しにしたことを語っていた。

「あははははは――拒絶の火(DE‐FLAME)――黒色火薬(パウダー・オブ・ブラック)! ――脆弱ね! 脆弱すぎるぞ、雑兵共!!」

 それまで笑っていた魔王が、突如嚇怒(かくど)を現す。

 彼女は怒っていた。

子供が癇癪を起こすように、ベリアルは怒りに打ち震えていた。

「たった一撃! ただの一撃! その程度で吹き飛ぶのが貴様らの信念か! 世界の平和を、新たな世界を唄う貴様らの宿願はその程度か! 嗚呼――なんと脆い!」

 ドガガガガガ!

 連続する爆音。

 純粋な感情に付帯する【奇蹟】の発現。

 いつかの再現のように、際限なく暗黒の雨が降り注ぐ。

 それが、地上の炎を消し飛ばす。

 焼夷弾の業火など、暗黒の劫火の前には、何の意味すらもちはしなかった。

 何もかもが吹き飛ばされ、そこに残ったのは〝荒野〟。

 あの日と同じ、すべてが朽ち果てた――赤色の荒野。

「……さくや」

 私のユーザーが呟く。

 全身を震えさせながら、天空の魔王をその瞳に収めて。

「朔夜」

 嘆き、軋るような慟哭と共に。

「サァァクヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 我が主は、怒りに絶叫した。

 飛ぶ!

 ぼろぼろの、骨格が剥き出しになった翼で、彼は激情だけを支えに飛翔する。

 憤怒がその肉体を突き動かす!

 魔王の一撃によりデッドラインに突入していた全身の損傷が、無茶な加速に一層崩壊を早める。

 崩壊を始める翼。

 命を削る飛翔。

 かくて愚者(アベンジャー)は、ふたたび空へと昇り――


「あんたも、そんなものなのかっ――セツリィィィィィィ!!」


 ――一蹴、地に墜ちる。

 誰かに名を呼ばれたような気がして。

 私の意識は  そこで  途絶え  て  ――。


§§


 ――許容量を超えたダメージに、意識の(たが)が撓む。

「ルー、シェ……ッ!」

 何とか姿勢を維持しようと、苦しげに相棒の名を呼ぶが、反応はない。

 ――ゾッとする。

 損壊の総量に最悪の予感を覚えながら、それでも俺は彼女の名を呼び続け、何とか墜落のダメージを軽減しようと翼をひらく。

 漆黒の装甲が、次々に剥落する。

 意識が飛び、全身が赤熱するほどの加速をもたらしたのは、魔王の踵落としであった。

 全速力で空へと昇った俺を、女王は炎を纏った蹴撃(しゅうげき)で、ふたたび地へと蹴り落としたのだ。

 そんな無為不毛な分析をしている間に、俺は地面へと激突した。

「ガハァァァッ!」

 轟音と共に土砂が舞い上がる。

 胸郭の中の呼気がすべて無理矢理に排出させられる。

 装甲の各部がはじけ飛び、熱量光子(フォトンブラッド)が溢れ出し、全身を朱に染める。死を想起させるほどの激痛に、再び意識が歪み、それでも俺を繋ぎ止めたのは、強い怒りだった。

 アレに対する怒り。

 いや、何よりもこの暴挙を許すことになった、己への怒りだ。

 ……しかし、その己の脳裏を焼き尽くすほどの憤怒を以てしても、疲弊しきった肉体を動かす材料には足りなかった。

 切望者のブレスは、装着しているだけで俺の肉体の傷を癒す。 

 それが追いつかない。

 血を吐く。

 無数の臓器と、それを守っていた骨が砕けていた。

 口の中が血錆と胃液の臭いでいっぱいになる――喀血。

「さぁ、く……や――っ!」

 それでも俺は、空へと手を伸ばす。

 明滅する視界で、燦然と煌めく暗黒の球体を背に従え、世界を闇に染める魔王へと向かって、震える手を伸ばす。

 俺を一瞥して、彼女はいっそ、優しい声で言った。

「……あんたとの逢瀬を楽しむのは、まだ後よ。今しばらくは、そこで睦言でも考えておきなさい」

「ふ、ざけ――」

「――ああ、ふざけているな」

 轟音と共に、俺たちの間に降り立つ影があった。

 それは純銀色の天使。

 二対四枚の大翼を備えた、絶対無垢の化身。

「真理……さん」

「……見ていたよ、全部、全部だ」

「…………」

「君は、そこで少し休んでいろ。アレは――私が殺す」

 そして聖銀の使途は、その刃の切っ先を、魔王へと向ける。

「――敵性体(アクマ)№001【ベリアル】! 罪状〝神民・使徒・何よりも同胞の殺害! 並びに【神】への反逆〟! 罪状は明白! 【神意代行者】御剣真理が、今ここに誅罰を下す!!」

「へー、ベリアルの言う通りやっぱ無傷か……すごいすごい。でも、刹理に馴れ馴れしいのは気にくわないわね。どうしてくれようかしら?」

「どうもしない! 貴様は此処で、朽ちて果てるのだ!」

「あら、怖い怖い♪」

「ぬっかぁぁせぇぇぇぇぇぇっ!」

 聖騎士が、飛翔する!

「拒絶の火(DE‐FLAME)――白色火薬(パウダー・オブ・ホワイト)!」

 迎え撃たんと、魔王の背にする暗黒の太陽から、無数の白い球体が生み出され放たれる!

 刹那、純銀の聖騎士の全身に、まばゆい光が収束した。


「【奇蹟(ザイン)】――【絶対正義】!」


§§


 【聖騎士】ミカエルのザイン〝絶対正義〟。

その種は、明かしてさえしまえば実に単純なものであった。

 オリハルコン基の全身を巡る超高出力エネルギーライン【霊血(イ・ゴール)】。そこには恒常的に、ある一つの【奇蹟】が発現している。

 『無効』という【ザイン】である。

 即ち〝絶対正義〟とは、他者のザイン、攻撃、そのすべてを無効化し打ち破る【奇蹟】であるのだ。

 そうしてそれは、拒絶の火であっても例外ではなかった。

「ヒュー♪ やっるー」

 魔王が歓声を上げる。

 私は無数に飛来した彼奴(きゃつ)のザインを、片っ端から切り落としたのである。

「なるほど、ザインの有効範囲は刃まで届くわけね。ニーチャの二番煎じにしては、随分とよくできているじゃない!」

「ハァァァッ!」

 戯言には耳を貸さず、一刀を放つ。

 刃の先端からイ・ゴールのエネルギーを直接放つ剣技〝時雨〟であった。

「おっと」

 ――だが、当たらない。

 無数のエネルギー刃を、魔王はまるで、重力など存在しないような騎行を見せて――恐らくは重力も慣性すらも〝拒絶〟しているのだろう――至極簡単に、回避して見せる。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 当たらないことなど、端から念頭に置いているのである。

 この一撃は、距離を詰めるための牽制に過ぎない。

 私――御剣真理は彼我の戦力差を十分に理解していた。

 真っ当にやって、勝てる相手ではない。

 その装甲の分厚さ。

 体術。

 反応速度。

 速力。

 行使する【奇蹟】の威力。

 そのどれをとっても、敵機はこちらを凌駕していた。

 では、どうするのか。

 ――組み付くしかないのである。

 その機体にダメージを与え、速力を鈍らせ、組み付いて直接ザインを叩きこむよりほか、勝機は存在しないのだ。

 〝無効〟。

 その奇蹟は、【悪魔】の機構全てに有効であり、組み付いた状態でイ・ゴールを全開にすれば、その駆動ギミックすらも停止させ、装甲すら解除させる。

 私は奴を殺すと言った。

 今も実際、殺す気で闘っている。

 しかし、織守朔夜――あの英雄の恋人に罪はないのである。

 ただベリアルに、それに封ぜられていたツァラトゥストラ・ニーチャの意志に狂わされたに過ぎぬのだ。

 ならば、救ってやりたかった。

 ついさきほどの、あの絶望的な地獄を見た後だから言えた。

 一瞬で仲間も敵も、私の眼前で私以外が燃え尽きたあの地獄――だからこそ、何か一つぐらい、救ってやりたかった。

 私は、暗黒の空を駆ける。

 だが――

「へっへへー、善戦してるね、聖騎士サマ? だから、良いことを教えてあげちゃおうか」

 魔王は弄うように、嗤う。

「あたしが今従えている拒絶の火――これはね、いま世界中に広がりつつあるのよ」

「なに?」

 こちらの剣を巧みに(かわ)し、まるで曲芸のような回避を続けながら、彼女は続ける。

「この闇が世界を追い尽くした時、あたしは世界の再構築を始めることが出来る――この意味、分かる?」

 ……?

「――ッ! ま、さか⁉」

「そう、そのまさか!」

 今まさに、世界を追い尽くさんとする暗黒のもとで、両手を広げながら魔王は、爛漫に語った。

「あたしは【神】を手中にした! おかしいとは思わなかったの? あれだけの期間、あたしが潜伏していられたことを! そうよ! 貴様らがあたしを必死に探しているうちに、あたしは貴様らの急所を押さえていたんだ! まさに本末転倒だよね! あは、あはははははははははははははははははははッ!!」

哄笑!

 驚愕に言葉を失う私を無視し、彼奴はひたすらに笑う。

 無知な我々を、嘲笑う。

「――ゼント!」

『……残念ながら、事実のようだ』

 それが神に直結され、世界を包む【波動力場(アンドレーション・フィールド)】にアクセスした結果であったのか、聖剣が苦渋に満ち溢れた回答を思念に乗せる。

『否――この暗黒こそが【波動力場】と化している』

「馬鹿な⁉ そんなことが」

「ありえるのよ、だって、この【(ブレス)】はそのために生み出されたんだから!」

 魔王が叫ぶ。

「さあ、どうする聖騎士殿! 絶望のように絶体絶命よ!」

「何が絶望だ! 私が貴様を斃す! そして【神】を取り戻す! それで万事が巧く行く!」

「あっはっは! 流石は英雄! セツリとは違って、始めからその役割を付加されたものは言うことが違う!」

「私は、私の意志で世界の平和を保つのだ!」

『無論だ! 其の為にも、此処で魔王を討て、我が主!』

「応ッ!」

 私は裂帛の気合いと共にゼントを奮う。

 しかしその刃も、魔王へは届かない。

 それでも、確実に距離は詰めている。

 それはミリ単位の事であった。本当に僅かな、寸毫の間隔だった。それでも、一刀を奮うごとに、彼我の距離は近づいていく。

「ゼントォォォォォっ!!」

『神罰、覿面ンンンンンンンンン!!』

「――っ」

 私の叫びに応じ、ゼントがエネルギーを開放する。

 まっすぐに伸びたイ・ゴールが、遂に魔王の装甲を削る! その堅牢な翼を捉える!

「やる! だけど――」

 魔王の全身が真紅に発光、強大なエネルギーが集中する。

「これに、耐えられるかしらっ! 拒絶の火――赤色恒星(ブラッティー・スター)!」

 出現したのは、50メートルはあろうかという真紅の炎の塊。

 私は――

「――【絶対正義(アブソリュート・ジャスティス)】!!」

 その猛火に向かって突撃した!


§§


 ――空で、赤と銀が戦っている。

 時にぶつかり、時に弾かれながら、銀と赤が交わる。

 赤が、巨大な太陽をその手に掲げた。

 銀は、そこへ向かって一直線に突っ込んでいった。

 激闘に次ぐ激闘。

 だが、俺の目は、そこで機能を失った。

 襲ってきたのは、急激な睡魔だった。

 気を抜けば、スッと暗黒に落ちていく感覚があり、俺の意識の手綱はどこかに行ってしまう。

 何度かその誘惑に耐え、怒りでしのぎ、しかし遂に、俺は深い闇の中へと没してしまう。

 明滅していた視界は、黒い黒い漆黒に塗り潰された。


§§


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」

 凄絶な気迫を吐き、私は轟炎の空を突破する!

「――ッ⁉」

 魔王の驚愕が伝わる。それが彼女の予想外だったと知る。

 確かに、傷つくはずもないオリハルコンは融解を始めていた。

 各処は熔け、滴り、翼も燃え落ちる寸前だった。

 純銀の装甲は煤けて穢れ、それでも私は炎の向う側に到達する!

「まさか――これを狙って⁉」

 そのまさかだった。

 私はその硬直を見逃さなかった!

 次なる一撃を繰り出そうとする魔王! 当たり前だ、敵機が迫れば迎え撃つしかない!

 だが私は知っていたのだ!

 私は既に視ていたのだ!

 魔王の一撃、それは強力無比であるが故に同時にタメを必要とする。

 強大な一撃を生まんとするその力の集中の刹那!

 そこに発生する一瞬の隙こそが、彼奴最大の弱点であったのだ!

「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 そうして私は、達成する!

 その流麗剛健な肉体に、組み付くことに成功をする!

「せ――聖騎士ぃぃぃっ!」

 魔王の絶叫。

「此処で墜ちろ――災厄の魔王!」

 私は、全力の演算と共に――霊血の力を開放し――


 遂に、雌雄は決した。

 

 雌雄は、決した。

「――たな」

 私の技は。

「――れたな」

 私の至力は。

「――よくも、よくも刹理より先に、あたしに触れたなぁあああああああああああああああああああああああッ!!」

 ――ただの一歩も、及ばなかった。

 バギンッ!

 金属の砕け散る音。

 それは、魔王の躰を包み込むように展開されていた障壁――大翼。

 反発装甲(リアクティブ・アーマー)

 私は弾き飛ばされ、絶望と共にその姿を見る。

 シールドであった翼は、小型の安定翼と化し、全身からは気焔が吹き上がる。

 鱗のように全身を覆っていた仰々しい装甲のすべては弾け、そこにいたのは、何処までも細身な、ただ女性的で、流麗なデザインのブレス――酷くアンキシウスに酷似した、真紅のブレス。

 竜の(あぎと)の如き透過率ゼロのバイザーの奥、そこから、凄まじい視線がこちらを射抜いていた。

 心臓が、停まったと錯覚を起こした。

 それは、それほどまでの怒気だった。

「……たかが聖騎士風情が。造られた英雄風情が。あたしの肌に触れた? そんなことが、許されると思っているのかっ?」

「――――ッ⁉」

 ゾッと。

 まるで脊髄に氷柱を突き込まれたような感覚と共に。

 本能と呼ばれる部分が、強く逃げろと訴える。

 だが、私の体が反応するよりも早く。

 私の四肢を、

「拒絶の火――白色火薬」

 ボッ。

 苛烈な炎が、吹き飛ばした。

「ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア⁉」

 信じられないような、その激痛!

 神経そのものに(やすり)を掛けられたような、神経そのものが痛みを伝える器官にそっくりそのまま挿げ替えられたようなトンデモナイ激痛が全身に吹き荒れる。

 ボッ、ボボボボボボッボボ。

 連続する爆炎が、私の全身を貫いていく。

 激痛、激痛、また激痛。

 爆裂の連続が、私を墜落させることも許さない。

『主!』

 ゼントが叫ぶ。

 だが、もはやオリハルコンの装甲は私を守ってはくれない。私の命を繋いでいるのは、単純なる偶然と【奇蹟】の力だった。

「……なるほど、拒絶の火を、そこまで無効化できるのね。さすがはさすが神の血液(イ・ゴール)の名は伊達じゃないか……でも、本気のあたしを、あんまり舐めないで頂戴」

 ――絶望を、教えてあげる。

 そう呟いた魔王の、織守朔夜の全身を、真紅のオーラが取り囲む。

 フォトンブラッドが、その最大の出力を示そうとしていた。

「あ……ああ」

 声が出ない。

 声も出ない。

 誇りなど最早なく。矜持など最早なく。

 怒りも、正義も、何もかもが恐怖と痛みに塗り潰される。

 ああ、きっと私は助命の嘆願を、情けなく命乞いだってしたいのだろうに、それなのに私の声帯は震えてくれない。

 ただ、痛みに痙攣し、ひきつったように喘ぐだけだ。

『主! しっかりせよ、主!』

 叫ぶ。

 誰かが。

 私は。

「たすけ――」


「いやよ。拒絶の火――超新星(スーパーノヴァ)


 無慈悲な言葉と共に、真紅の閃光が私を包み込み、消し飛ばした。


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