終章 英雄の物語
――世界は平和である。
ほんの十数年前までは狂人の戯言としかみなされなかったその言葉も、今や現実となった。
もっとも、但し書きは付く。
『人々が、互いを思い遣る心を忘れない限りは――そうよね、セツリ……?』
あの戦いの後、世界は再構築された。
それは、織守朔夜の最後の力だったのだろう。
以前より、ほんの少しだけ人々が分かり合える世界。
自分の心に、素直になれる世界だ。
【神がシハイする世界】システムは、その役割を大きく変えた。
ヒトの思念を統合する装置から、人々の思いを伝える、介在するシステムに。
誰かが誰かを好きだと思う気持ち、大切だと思う気持ちを伝える装置に代わったのだ。
もちろん初めは混乱が起きた。
急にテレパスを身に着けてしまったようなものだから。
それでも、そのほんの少しの弱い感応力は、そもそも人が持っている力の延長線に過ぎない。
天使や悪魔のような、埒外の力とは違う。
だから、いま世界は平和なのだ。
今からするのは、その平和のために尽力した、ひとりの英雄の物語である。
件の一件以来、装甲と粒子制御の応用で、自らの肉体を構築できるようになった私は、そして無事〝同化〟を解くことの出来た私は、一冊の本を書いている。
教会の牢獄の中で、彼と二人静かに暮らしながら、ひとりの青年の物語を書いている。
私たちに終わりが来るその日まで、書き続ける。
だからいまは、その話をしようと思う。
本のタイトルは『暁の切望者』。
これは、英雄の物語。
己の罪科に苦しんだ、優しい切望者の物語――
「……何を書いているのだ、おまえは」
「あー! 何するのよ、セツリ!」
――そんな風な文章を、差し入れのノートに書きつけていると、隣から呆れたような顔をした彼に横取りされた。
ノートを一瞥し、彼は苦い顔で笑う。
笑顔で。
苦笑でも、よく似合った柔らかい笑みで。
「はは……英雄、か。いや、実際はただの殺戮者の物語だ、分別なくヒト殺しをした、咎人の物語さ」
「いーいーのっ!」
私はノートを奪い返し、胸に抱いてあっかんベーをする。
彼はさらに苦笑するが、本当にこれでよいのである。
何故なら彼は。
迎日刹理は。
私――ツァラトゥストラ・ルーシェにとって〝英雄〟なのだからっ!
This is Happy‐end !
暁のアンキシウス 了
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