序章 【世界の敵(アクマ)】の物語
「セツリ、緊急回避を!」
「――ッ⁉」
眼前に暗黒が出現。
瞬間、闇色の炎が大爆発を来たし――空間が拒絶される。
「――――」
俺は左耳の装甲、薄皮一枚程度を隔てた距離で発生したその致死性の爆発に、最早出尽くしたと思われた冷や汗と――同時に何か重要な精神の領域が蒸発させられていく事を感じた。
『セツリ! 惚けないで! 次が来る!』
【OS】の警告――とほぼ同時!
尋常ならざる破壊を秘めた【陽炎】が、目前に突如顕現する。
「――っぁぁッ!!」
喉の奥から無理矢理振り絞るように気勢を発し、俺は大空にはためかせた翼で急制動をかける!
その勢いのまま全てを呑み込まんと膨張を始める【炎】の上方を潜り抜けるようにして回避!
体勢を入れ替えるように縦回転し、今まで直下を見下ろしていた視線を跳ね上げる!
「――――」
そこに、ソレはいた。
障壁の如き重厚なフォルムの、非生物的な一対の翼。
立ち上るは気炎、揺らめくは緋色。
全身を、金属光沢のする流体と、連続する鱗のような幾つもの金属片で鎧った仰々しい装甲と、しかしそこに見せる女性的な体線。
頭部には、竜を模した王冠と、透過率ゼロの赤いバイザーが覆っており――だが俺だけは知る。その下にあるはずの、強き美貌を。
それは、古の物語より甦ったと言われれば信じざるをえないほど、禍々しくも神々しい人型の【太陽】であった。
真紅に燃える【世界の敵】が――黒炎を纏いて、俺を見降していた。
「あは」
太陽が、嗤う。
「あはははははははははははははははははは――っ!!」
放射熱!
純粋な感情に【奇蹟】が付属しているという常軌を逸した現象!
呼応するかのように、輝度と熱量を増したソレの頭上の闇黒が、まるで無数の針の如く此方に向かって降り注ぐ!
「ぐぅッ――振動制御――【青嵐】!」
あまりに広範囲の攻撃に回避は不可能と瞬時に決断! 限定範囲の波動関数に干渉し、攻撃の当たり判定を――【拡散】する!
だが。
「ぐぁあああっ⁉」
闇黒の針一つ一つに宿るエネルギーがあまりに膨大過ぎた! その余波だけでこちらの装甲が砕け散る!
『なんて威力! 内部機構と右肩部装甲に深刻なダメージ!』
「戦闘に支障は⁉」
『辛うじて無し! 但し、これ以上のダメージ蓄積は、右腕が千切れるか――最悪、翼が捥げる!』
「――いつものことだ! 気になどするな!!」
逼迫した状況に非論理的な根性論を返し、俺は強引に意識を戦場に引き戻した!
全身に激痛が駆け巡り――気分としては【鉄の処女】か【針の筵】に飛び込んだ状態に近しく――通算十数回に及ぶ振動制御の連続使用で脳の回路が焼き切れそうに為っていたが、目前の脅威を優先しそれらすべてを無視する!
無理矢理に姿勢を上向きに返し、翼に力を込める!
累積したダメージで、既に骨格が剥き出しになりつつあった翼がはためき強引に推力を発生!
青い粒子を振りまきながら闇黒の【太陽】に向かって急上昇する!
「あっはっはっは! 生意気ね刹理! あたしと同じ頂きに立とうというの⁉ だけどね――今のあなたにはまだ無理よ! それを、思い知らせてあげる!」
轟々と唸る高速の風切り音――それに混じる玉響の美声が、高空から威圧的に降り注ぐ。
それは王の宣言。
天界を目指そうという愚者に身の程を知らす、蝋の翼を焼き尽くす苛烈なる【太陽】!
その超存在が、這い上がらんとする凡愚を打ち砕くべく――天上より駆け降る!
『来るわ、セツリ! 【広域干渉】はさっきの防御で欠損してしまったけれど【集束干渉】は可能! 【極位相の剣】を!』
「このダメージならば――それしかないか!」
俺は平正眼に構えていた剣を両手持ちで限界まで背面に引き絞り、【加速器】に火を燈す。
『――柒曜超越、窮界を統べる――』
左右両の手を介し、剣という限定領域内で無数の粒子の振動数を窮極の先まで加速、そのエネルギーを無尽蔵に増大させ――終に、極位相を形成する。
「また、振動制御による【奇蹟】! まるで馬鹿の一つ覚えね! あっはっはっはっは! でも、あたしはその愚直なところが、好きよ!」
あまりの速度に、見る間にその姿を巨大化させる恒星が、嘲笑とも本気とも取れない笑い声を上げる。
「愛しているわ、刹理――殺したいぐらい!」
「――っ、があああああああああああああああああああ!!」
叫び――俺はその瞬間幻視した。何時か、俺に対し微笑んでくれた彼女を。
「――ピリオド――共振剣」
ゼロコンマ数秒の戦闘の空白。ギリリと奥歯をかみ締め、刹那の時間に甦った笑みと躊躇を、奈落の如く黒々とした感情――確かな殺意――で塗り潰し、そして俺は――剣を振り抜く!
「共振剣――【紅紫】……!!」
全てを熱量的崩壊に導くはずの刃が空間を灼いて奔る――瞬間、彼我距離はゼロになり――そして。
「拒絶の火(DE‐FLAME)――白色火薬」
刹那、俺の視界は――白濁に焼失した。
§§
――これは、英雄の物語。
己の罪科に苦しんだ、切望者の物語である。