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『夏龍』  作者: どり
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3

「もう一度、あの呪文見せなさいよ」

 眞虎の要求に文輝は巻物を取り出した。

「『昼寝の足音 竜は喉にある』かあ。確かにこの文の中に場所となりそうなのは、『竜』だけよね」

「だからこんな格好をして、ここを探し回っている」

 文輝が答えた。

「趣味でやってる人もいるみたいだけどね」

 眞虎の言葉に英里の顔が赤くなった。が、それ以上の突っ込みは時間の無駄とばかりにスルーとなる。

「まず、順番に考えましょうか。『昼寝の足音』よね。なんだろう、これ?」

「目覚めの時計が鳴ることとか?」

 話が変わって、ここぞとばかりに英里は身を乗り出した。

「それだと目覚めの足音とかになっちゃうわよ。寝ながら歩くわけないし、つまり、これ、何かの比喩かなあ」

 眞虎はそう言うと、スマホに何か打ち込んで検索しているようだ。

「うーん、本とか、ブログとかぐらいかなあ? やっぱりわかんないや」

「ウホン。インターネットの検索ぐらいなら、とうの昔に我輩もやっておるわ」

 文輝が偉そうに発言した。眞虎は舌打ちした。

「ま、昔とは言っても去年のことだけどな」

「ふん、口ほどにもない」

 眞虎はスマホをポケットに収めた。

「てことは、自分で考え付かなきゃいけないってこと。昼寝の足音、昼寝……」

「昼寝かあ」

 英里も考えながら、辺りを見回した。白いバルコニーの床と天井。それに区切られて、芝の緑と空の青。

(いい天気だよな。こんなことさえなきゃ、眞虎ちゃんとデートってのもありかも……)

 そう思って、横で考え込んでいる眞虎を見つめた。


(美人だよな……。可愛いけど、喧嘩っぱやいのが欠点かあ。でもさっきのは、テレみたいだったし。

案外、いい子なのかもなあ。そんな子がゴールデンウィークに寮に一人で居るということは、男っ気なしってことか!?)

 視線に気がついたのか、不意に眞虎が顔を上げた。英里の目を眞虎の大きな瞳が見つめる。

「なにか、あたしに付いてる? どっか、変?」

「ち、違う。なんでもない、あー、絶対に変なことなんか、考えてないから!」

 慌てた英里の弁解に、眞虎はため息をついた。

「何考えていてもいいけど、今は集中して欲しいわよ。昼寝の足音なんだから」

「ごめん。……あれ、そういえば、先輩は?」

 眞虎の指差すところ、中庭の竜の傍でなにかごそごそやっているようだ。

「解読のほうは任すからってあっちにいっちゃったわよ」

「ちゃは。……でもまあいいかあ。先輩は物知りだけど、あまり役に立ったことないし」

「時にはめちゃくちゃな発想が役に立つこともあるみたいだけどね。実証はされてないそうだけど。

だけど今はそんなのにでも助けて欲しい気分だわ」

「ってことは、さっぱりわからないってことか」

 眞虎はこっくりと頷いた。

「というわけじゃないんだけど、英里くん、教えてよ。どこでそんな女装を覚えたの?

お化粧なんか上手だし、我流でやってるなんてちょっと信じられないんだけど」

「ああ、これか?」

 英里は笑って、自分の顔を指先で触った。肌色のファンデーションが少しだけ付いた。

「本格的な女装は先輩に強制されてだよ。

制服を手に入れてきたのも先輩。扱っているお店に注文したとか言ってたけどね」

「なによ。じゃあ、それマイ制服なんだ。あっきれたあ」

 でも眞虎の顔は笑っている。

「あー、泥棒でもして手に入れたって思ってたんだ。ヒドイな」

「じゃあ、下着は? お店で買ったら変な目で見られるでしょう?」

 眞虎の全うな疑問に、英里は笑顔で返した。

「それが近頃はいい手があるんだよね。なんだと思う?」

「ちょっと待って……へうれかっ!」

 眞虎がいきなり叫んだ言葉に、英里は驚いた。

「何それ?」

「知らない? わかったって意味で昔、アルキメデスが叫んだって言葉。わかったときに叫んでるのよ」

 眞虎は笑顔で話す。

「じゃあ、答えを同時に言うかい、せーの」

「通販!」

 一致した答えに二人は大笑いした。


「そうか。うん。あたしも通販でちょくちょく買ってるもん。あれなら誰にも気がつかれないで買えるわね」

「ということ。化粧品とかもこっそりと通販で手に入れてるよ」

「でも、でもよ。その化粧の先生は誰なの?」

「うーん、姉さんかな、それとも母さんかなあ」

 英里の返事に眞虎は驚いた。その表情を見て、英里はまた笑う。

「小さい時からさ、姉さんが化粧をするのがなにか不思議でね。よく覗き込んでいたら、

やってみる、なんて感じで、僕に化粧をつけたっていうのが始まりかな。

そのうち、母さんまで面白がって化粧をさせたりしててね。

自分でもやってるうちに、すっかり自分のものにしてしまったってところ」

「ふうん。そうかあ。面白そうな感じのお姉さんとお母さんね」

「まあね。眞虎ちゃんの家族はどんな感じなの?」

 突然舞い降りた沈黙に、英里は驚いた。眞虎が急に黙り込んだのだ。

「眞虎――ちゃん?」

「ごめん。あたしには――家族いないから。もうこの話題、おしまいね。ちょっとトイレ、行ってくる」

 そう言うと眞虎は立ち上がった。ツインテールの髪が揺れる。

呆然と英里が見送る中、眞虎は立ち去った。

 そこへ文輝がタイミング悪く、顔を出した。

「あれ? 眞虎は? 一緒にしゃべってたんじゃないの?」

「知るかよ! トレイだってさっ!」

 なぜ、自分の答えが荒っぽくなったのか、英里にもよくわからなかった。


 戻ってきた眞虎は問題に集中してる。それが英里には、軽く拒否されているようにも感じられたのだけど。

「あー、わかんないわ。一体なんのことなんだろう」

 両手を頭の後ろに組んで、眞虎がうめいた。

(さっきは悪かった。ごめん)

 そう言いたいのだけれど、それだけのことが言えない。眞虎から「言うな、触れるな、目をつぶれ」オーラが出ているような感じが英里にはあって、

どうにも口にする事ができないのだ。

「おっ嬢さんー」

 能天気な声がした。顔を上げると、そこには缶ジュースを片手にした文輝。

「歌にもあるじゃん。探し物を止めると見つかるかもって。ちょっとは休まんしぇ」

 ジュースを眞虎に渡す。冷たい感触に、少女の顔には笑顔。

「わ。有難う。気が利くわね。お礼にしもべにしてあげる」

「これはまた、有難きこと。光栄に存じませう」

 気取って大げさなお辞儀をすると、文輝もベランダに腰を下ろした。

「あ、あのー、先輩。僕の分は?」

「自分のことは自分で賄う。当然じゃありませんこと?」

「ひでえ。男女差別だ。訴えてやる」

 二人のやり取りに、眞虎の顔に笑みが浮かんだ。

「そうそう。お嬢さんは笑っているのが一番ですとも。是非、私どもには笑顔の報酬をくださいませ」

「スマイルゼロ円なんてのもあったしね。笑っていたいけどなあ。この問題、全然歯が立たないわよ」

「ま、ま。ちょっとはこのいい天気を味わいましょうぞ」

 そう言われて、英里も遠くに目をやった。青空、そして山の緑。どこかで鳴いている鳥の声。

「あー、本当だ。なんで、こんないい日に、先輩なんかと一緒にいるんだろ」

「あら、あたしじゃ不満?」

 文輝の声に、英里は眞虎を見つめた。

「僕は――」

「あー、ほんと。山が綺麗。お出かけしたほうがよかったかも」

 英里の声をさえぎるように、眞虎が大きく叫んだ。あらぬ方向を向いて。

「山が笑ってますもんね。いい季節だこと」

 文輝の言葉がよく理解できなかった。

(なんで、なんで聞いてくれないんだ?)英里は軽いショックを受けていた。

(眞虎が自分を拒否してる? いや、勘違いかも? とにかく、場をつくろっておかないと)

「え、山が笑ってる?」

 英里はよく意味がわからずに声を上げた。

「山に顔も口もないけど、どういうこと?」


 英里の質問に、文輝は笑った。

「あー、英里はこういうの、苦手なんだ。そうだな。眞虎君、彼に日本語の説明をしてあげてくれたまえ。

素人にもわかるように、懇切丁寧にね」

 いきなり振られた眞虎は驚いた目をした。

「あ、あの、ね。英里くん。山笑うってのは季語なのよ。とっても面白くてすぐに覚えちゃったんだけど。

山が笑う季節っていつのことだと思う? ほら、木々が芽吹いて、日に日に緑が濃くなって、どんどん山が山らしくなっていくの」

「あ、今頃かあ。春のことだ」

「そう。夏だと山滴る。秋は山装う。冬は山眠るなのよ。山のところを緑に置き換えたら、イメージがもっとよくできるかな。

山笑うなんて表現、日本語のいいところだと思うけど」

「うん。有難う。ためになったよ。季語か。俳句なんか僕には関係ないって思ってたんだけどな」

 英里は頭をかいた。

「うーん。それは甘いわね。普段使っている言葉の中にだって、季語だとか歌舞伎用語なんかが溶け込んでいたりするから、

知らないよりは知ってたほうが絶対にお得だわ」

「うん。わかった。勉強するよ。それと――」

 英里はすこしだけ、間をおいた。

「さっきは悪かった。もう触れないから、安心して」

 文輝には聞こえないように小さな声でささやいた。眞虎は一瞬、目を見開いたけど、小さく頷いた。

その様子に、英里は安堵の声を上げた。

「季語かあ。他にはどんなのがあるんだろ」

「春山淡冶にして笑うが如くってやつでありんすな」

 文輝が口を入れてきた。

「これが山笑うのもとになっているという――」

「待ってよっ!」

 眞虎が大きな声を上げた。スマホに何か打ち込んでいる。その様子を二人は見つめた。

そして、何かが画面に表示されると、眞虎は大きく叫んだ。

「へうれかっ!!」

「なんだ、なんだ、それ?」

「何がわかったんですか、眞虎ちゃん!?」

 二人は眞虎に向かって、叫んだ。


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