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『夏龍』  作者: どり
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「なにこれ?」

 女生徒は眉をひそめた。

「それがわからなくてずーっと探検を続けているんです」

「だがしかしだ! この竜の彫像になんらかのヒントがあることは間違いないのだっ!」

 文輝は当の置物にもたれながら語る。

「なぜなら、この学園に! 竜なんて他にないのだあー!」

「ミステリークラブとかっていいながら、まったくの素人じゃん。そんなの、あたしだって思いつく。

この女子寮、この竜にあやかって『女子竜』っていうあだ名があるぐらいなんだから」

「うへ、りゅうとりょうの駄洒落なんですか」

 英里の指摘に少女は肩をすくめた。

「あたしがつけたんじゃないから。で、他にヒントはないの?」

「な・い・っ!」

 黙った英里に変わって、文輝が応える。

「何でもいいけど、何にもないの? じゃあ、見通しは? これからどうするつもりなのよ」

「掘・るっ! 根性・で・そこら・じゅう・掘り・まくるうううーーっ!」

「馬鹿かっ、あんたらはっ!」

 怒りの声に英里は大地にひれ伏した。文輝でさえ、青くなって彫像にしがみついている。

二人の目の前には、怒りの形相の仁王像が鎮座していた。


「ろくすっぽ頭も使わないで、体力勝負に出るなんて、大バカモノもいいところよ。

もうちょっと頭を使いなさい。その首の上についてるのは音声発生装置ってだけじゃないんでしょっ!」

「い、一応、入力装置と視覚に関してと、ほ、他にも味覚と嗅覚には……」

「そんなこと、聞いてるわけじゃねえーっ!」

 文輝は再び竜の台座にしがみついた。

「まったく、こんなアホ、見た事がないわよ。相手にしないほうがいいのかなあ」

「あ、ああ、いえ、そんな。お嬢さま、見捨てないでください。ぜひ、ぜひご助力を」

 英里は少女の足元に擦り寄った。

見上げる英里の視野には、短いスカートの端から太腿の奥が見えた。

「もうほんとに何の手がかりも、ヒントもないんです。八方塞なんです。でも先輩は諦めないんです。

このままだと学業にも差しさわりが出ます。僕は留年、先輩は卒業できなくなります。

お願いします。助けてください。どうか、どうか、お慈悲をくださいましー」

 英里は地面に額をこすりつけた。

「あきらめの悪いところがおいらの、取り柄さー」

 文輝の調子ぱっずれの歌の向こうで、「ふーん」という少女の声が聞こえた。

英理が顔を上げると、そこには少女の大きな瞳がじっと見つめていた。

その手が英里の髪を引っ張る。

「いて」

「これ、カツラじゃなくて地毛?」

 英里の髪の毛は頭の後ろで結んでいる。ほどけば肩までかかるほどの長髪。

「化粧もあのメガネ――部長だっけ。あっちよりはナチュラルでよっぽど綺麗だし。

あんた、えっと英里えいりだっけ、もしかして、根っからの女装癖がある?」

 英里の頬が火照った。慌てて否定しかかったが――、

「そのとおりでございますよっ! お嬢さま!」

 文輝が割り込んできた。


「やめろ、先輩。やめて、止めてーっ!」

 必死で止めさせようとする英里を軽くいなしながら、文輝はスマホをスカートの下から取り出した。

そしてファイルを画面表示させて、少女に見せる。

そこには、下着姿の英里が写っていた。

「女性用の下着じゃない。けっこうかわいいもの着けてるんだ」

「でしょう? これがこいつの趣味なんですよお、お嬢さま。こやつは心底からの変態でございます」

「ひどい、酷いわ」

 両手で顔を隠す英里。

「じゃあ、今も女性用の下着を着用中なのかな?」

 女生徒の顔に少しだけ意地悪な表情が浮かんでいるのを見た英里は、しぶしぶ頷いた。

「ふーん」

「ほら、お嬢さま。変態でございましょう? このど変態、生かすも殺すも思いのまま。いかがいたしましょうか?」

 文輝が高笑い――しそうになったとき、

「あんたは黙ってなさいっ!」

 再び、雷が落ちた。文輝は固まる。

「わかった。っていうか、別に女装の変態に興味があるわけじゃないけど、なんだか可哀相になってきた。

手伝ってあげる。解けるかどうかはわかんないけどね。あんた達よりはもうちょっとましなんじゃないかな?」

「お嬢さまっ!!」

 英里は少女の太腿にしがみついた。どさくさにまぎれて、文輝までもが少女の胸に顔を埋める。

「やめ、止めろ! こら、触るな、離れろ! お、お前ら、調子に乗るなあああっ!!」


 英里は頬に赤く、少女の手形を残して芝の上に正座。

文輝にいたっては、目の周りに青くあざを作っていた。

「まったく、こいつら、ドンくさいだけだと思ってたら、意外に油断できない奴らじゃないか」

 まだ少女の怒りは収まっていなかった。

「あ、あの……」

 英里がそっと切り出す。

「何よ」

「あの、いつまでも女生徒とか少女っていうのもなんなので、そろそろ名前、教えていただけないですか?」

 英里の問いかけに、少女は戸惑った表情を浮かべた。

「あ、あたし? あたしの名前ねえ――その、少女Aっていうのは駄目かな?」

「いや、それまずいっしょ。エーさんでは、永六輔さんが傍に居たらどっちのことか、わからないでやんすよ」

 そんなもんの傍にはいかんわあっと少女が文輝に突っ込むのを見て、英里はため息をついた。

 その例えよりは、歌謡曲でもあるまいしの方がまだまし――とは思ったものの、とりあえず黙っている。

「だけど、いつまでも匿名ではお話になりませんけど」

「それもそうだけど、あー、名前かあ。いやだなあ。絶対に笑うから」

 笑わないと二人は厳粛に誓いを立てた。それでも少女は躊躇している。

「笑わないでよね。……まとら」

 は? 女装の男二人、きょとんとした顔。

大石おおいし 眞虎まとら。一年生。……なんか、文句あるかあっ!」

 文句ではなかった。英里も文輝も笑い転げていた。

「せ、先輩。そんなに笑っちゃあ失礼ですよ」そういう英里も笑いが止まらない。

「眞虎、まとら――見事、名は体を表しておる。けだし名言なり!」

 その二人を前にして、眞虎は顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。握り締めた両手が震えている。

「笑わないって言ったじゃないか。何がおかしい? あたしの性格が本当に虎みたいだって言いたいのかっ!」

「わかってる。本人、わかってるじゃないか」

 芝の上を笑い転げる文輝を、眞虎は蹴りつける。

「勘弁して、ごめんなさい。あー、おかしい。笑える。あ、ごめん、ごめん」

「うるせえっ! おまえも、同罪だあっ!」

 眞虎の右足の蹴りが英里の顔面に炸裂した。

その一瞬、眞虎のスカートの奥、パンツが青の縞模様であったことを確認したのは男の性。

そして、英里は卒倒した。


「いっふああー」

(どこだ、ここは? 天国か?) 

 そう辺りを見回す英里。が、視野に入ってきたのは、天使ではなく、眞虎。

「ごめん。ちょっとやりすぎた」

「ふあ? いっふぁいふぉれふぁなにふぉふぉお?」

 そう言った己の日本語がおかしいことにやっと英里は気がついた。

鼻の違和感に手をあててにみる。そこには無造作に突っ込まれたティッシュ。

両方の穴から引っこ抜いてみると、奥が赤く染まっていた。

「あんなに鼻血出すなんて思わなかったから。痛くない? ごめんね」

 英里は体を起こした。寝ていたのは女子寮のバルコニーだった。

気を失った英里を眞虎がここまでつれてくれたようだ。

「いや、女の子の名前で笑うなんて、卑怯なことをしたよ。ごめん。謝る」

「ううん。でもこの名前、イヤなの。笑う人が多いから……」

 そういう眞虎の両手を英里はしっかり握り締めた。

「とんでもない。素敵な名前だと思ってるよ。ほんと、つけた人に感謝したいぐらいに」

「えっ?」

 英里は眞虎の瞳をしっかりと見つめた。眞虎の大きな瞳も英里を凝視する。

「すごく自分の感情に正直で、行動に素直に現れる子なんだ。素敵だと思うよ。

だから眞虎って名前もとってもいいよ。眞虎ちゃんって呼んでいいよね。尊敬を持って呼ばせてもらうよ」

「あ、あ……そ、そんな、尊敬だなんて……。そんなこと言われたの、初めて。や、やだ。あたし、どうしちゃったんだろ、ドキドキする。あー、もう、恥ずかしい。変なこと、言わないでくださいっ!」

 真っ赤になった眞虎は手を振りほどくと、思いっきり英里の顔面に振り下ろした。

ベランダの白い床の上に、赤い模様が瞬時に付いた。

「い、いやー! 英里、英里さん! ごめんなさい、大丈夫ですかっ!?」

「き、効いた。右ストレートは世界レベルだぜ……」

 そこへひょっこりと顔を出したのは、文輝。

「なにやってんだ、お前ら。早く謎解きに集中しろよな」

「お前が言うな!」

 英里と眞虎の声が見事にハモった。


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