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『夏龍』  作者: どり
1/6

 では、第1話目でございます。

まったくの季節はずれでございます。180度ぐらい違うかも?

申し訳ありません。

 日本は、いわゆるゴールデンウィークの真っ最中だった。

行楽地は混雑し、喧騒は列島の隅々にまで響き渡っているかのよう。

しかし、やはり物事には例外と言うものがあるようで、

ここ、宇城輿うきよ学園は人影もなく、ひっそりとしていた。

とある町の郊外に位置する学園は、全寮制であるため、週末でも生徒達の姿がなくなることはなかった。

しかし、ゴールデンウィークや年末年始の長期の休みともなれば、

さすがに実家に帰ったり旅行に出かける事が多いため、人影がほとんどなくなってしまう。

 そして、この話は、そんな学園の女子寮の近くから始まる。


「先輩、いいんですか?」

「大丈夫だって。みんな帰って誰もいないさ。それに俺達の変装は――」

 文輝ぶんきはスカートのすそをひらりと舞い躍らせた。

「完璧。ミトコンドリアの電子伝達系なみに完璧よっ!」

 文輝の動き回る長い三つ編みの髪を見ながら、英里はため息をついた。

「先輩。わけのわかんないこと言ってないで。今日は何を調べるんです?」

「女子寮の中庭の竜。やっぱりあれしかないと思うわ」

 文輝は牛乳瓶の底から持ってきたのかと思うような分厚い眼鏡のレンズを光らせた。

「でもそこってもう散々調べましたよね?」

「何度でも探すのよ。諦めたら、何もできない。手に入らない。それって、弱虫の台詞だわ!」

 スコップを片手に、ずんずんと突き進む文輝の後を、英里えいりはしぶしぶとついていった。


 二人が目指す女子寮は、三階建てで中庭を取り囲むようにコの字型で建っている。

中庭も寮の周りも鮮やかな緑の芝生に覆われていた。

所々に建っている木々はさらに新緑の色を増している。

様々な色合いの緑の中にある白い寮は、まるで絵画のようだ。

 その中庭の中央には、灰色の石でできた竜の彫刻がおかれていた。

台座の上に、長いひげ、角、短い牙をもった竜が、三本指で玉をしっかりと握り締めている。

うろこのついた長い胴体はとぐろを巻いているかのよう。

「うーん、いつ見ても、あたしの美的センスには一致しないわね」

「先輩のセンスはいいですから、早くやりましょうよ。

なんていっても、ここは男子禁制の女子寮なんですよ」

 英里の声は聞かれるのを恐れるかのように小声になっている。

「わかってるわよ。だから女生徒の格好してるわけじゃない。

英里こそ、女生徒らしく話さないと、ばれますことよ」

「先輩、わ、わかりました……。わかりましたわよ。おほほ。手っ取り早く、やるでありんすわよ」

「滅茶苦茶だぜ」

 文輝はそういうと、スカートの下から小さなハンマーを取り出した。

それで竜の彫り物を軽く叩いて反響を確かめている。

その間、英里は辺りを見回していた。

「先輩、僕は何をやればいいんですか?」

「おバカね。ちゃんとした言葉を使いなさいって言ったでしょ」

「あ、え、えーっと。あたいは何をやるでございまする?」

「ほら、持ってきたスコップで、その辺、掘り返して確かめててちょうだい」

 よく見れば、竜の周りの芝は掘り返した跡だろうか、ぼこぼこになっている。

「えー、もうそんなのばっかしですよ。掘ってないところがありませんよ」

「おだまり。何事も自分の頭で判断するものよ」

 そういった文輝の手が止まった。反響が違うらしい。小さなくぼみを見つけると、そこに指を滑らせる。

「先輩、あったんですか?」

「ちょっと待ちなさい」

 くぼみから石の蓋が取り外された。そして、その中には――一枚の紙。

文輝がそれを取り出すと、そっと開いた。英里の眼にもその内容が読めた。そこには、ハズレの文字。

「ちくしょっ」

 文輝の呟きだけで英里には十分だった。


 青くて高い空。白いふわふわの雲。それに比べて、自分は何をやっているのだろう。

英里はふと、自問した。そして蓋を閉めている文輝に向かってささやく。

「先輩。もう諦めましょうよ。先輩だってもうこのあたり、調べつくしたんでしょう?」

「ああ。だけど、我がクラブに伝わる伝説の謎かけだぞ。諦めない。あたしは絶対に諦めないわよ。

諦めたら、それで、それで、世界は崩壊しちゃうのよ!」

 先輩の言う、世界の崩壊の後でも、この青空はそのままなんだろうな。

そう思いながら英里は一応反論を試みた。

「でも僕達の前に何人もの人が挑戦して、みんな失敗したんでしょう? 

そんな難しい問題が簡単に解けるなんて思えませんよ」

「根性よ。気合よ。なせば成る。男の一念、巌をもとおっちゃうんだから」

 英里が精神論で戦争は負けたじゃないですかと反論しかかったときだった。

二人の背後から怒り声が降りかかってきた。

「うるさいじゃないのっ! お昼寝の邪魔しないでくれる! いったい何を騒いでるのよ!?」

 英里が慌てて振り返ると、そこには眼を怒らせた女生徒が立っていた。


 髪の毛を両脇で分けたツインテール。背は低いほう。制服のスカートは短め――

英里の分析はそこまでだった。女生徒の手が伸びると、英里の服を捕まえた。

「あ、は、離して」

 思わず、英里は抵抗した。それにかまわず、女生徒のもう一方の手は文輝の三つ編みをつかんだ。

逃げ出そうとした文輝の頭から、三つ編みはすっぽりと外れた。

「あー!!」

「何よ、これ。カツラ?」

 女生徒は手に残された三つ編みをしげしげと見つめた。

「ひどい、ひどいわ。あたしの、命より大切な髪を取り上げるだなんて」

 文輝は頭を抱えて、泣き崩れた――ふりをしている。

「いい加減にしてよ。あたし、何もしてないんだから。とにかく、ここで何やってるわけよ。

しかも、あんた達、男でしょ。この女子寮は男子禁制なんですけどね」

 女生徒はカツラを文輝に戻した。しかし、その視線は脱走は許さないとばかりににらみつけている。

「説明に納得がいかない場合は、女装の変態さんがお二人、女子寮に忍び込もうとしてたって、校内風紀委員会に訴えます」

「ま、待って。まずは話を、話を聞いてください」

 英里は頭を芝にこすり付けた。それを見て、文輝もまねをする。

「三つ編みのそっちは、話を聞かせてくれるんじゃないの?」

「えへん。僕の話は長いぞ。そもそも天地開闢の時から始めれば――」

「うるさい。お前は黙れ。もういい。こっちから話を聞く」

 女生徒は英里に向き直った。

「まず名前と学年」

「ぼ、僕は菊川きくかわ 英里ひでさと。でもこの格好のときはえいりと名乗ってます。二年生です。

それから先輩は三年生の薮田やぶた 文輝ふみてるです」

「ぶんきって呼んでよね」

 文輝の言葉はあっさり無視された。

「ふうん。外部の人間かと思ったら、一応学園の生徒なんだ。なら、男子禁制も十分しっているはずよね。

その二人がいったい何をしてたわけ? お目当ての女生徒でもここにいるの? でも、あいにくとゴールデンウィークでほとんど空っぽなんですけど」

 女生徒の指し示すように、女子寮の窓はほとんどカーテンが閉まっている。

「違いますよ。僕達はミステリークラブの部員で、探検に来ているんです」

 英里の説明に女生徒は首をひねった。

「ミステリークラブ? 聞いたことないわねえ」


「お嬢さん!」

 文輝がいきなり叫んだ。両手をいっぱいに広げてアッピールのポーズ。

「お嬢さんが不審に思うのも不思議ではありませんー。なぜならば、我がミステリークラブは――」

「クラブは?」

 つられたように女生徒が返した。

「ミステリークラブは、この二人だけなのですー」

 眉をひそめる女生徒に、英里が慌てて説明を追加した。

「えっと、部長の先輩と、僕の二人だけなんですよ。本当に」

「ひっどい弱小クラブ。っていうか、クラブじゃないじゃない!」

「そうなんですよー、お嬢さんー。ですから、どっかの緩キャラみたいに非公認クラブを名乗ってまぁーす」

 調子に乗って、踊るように文輝が説明する。

「いや、それでも昔はちゃんとした大きなクラブでしっかり活動してたそうなんですけど、このごろはさっぱりで」

 英里が頭をかきかき話を追加した。

じっと二人の様子を見ていた女生徒が呟いた。

「怪しい。絶対に怪しい。女子の盗撮とか、下着泥棒とかそんなのが目的なんじゃないの?」

「と、と、とんでもない! 本当にそんなことは企んでいません!」

 急に噴出した汗をふきながら、懸命に英里が説得を試みた。

「そんな、ばれたら退学間違いなしの違法行為に踏み出す勇気はありません!」

「そうさー、おいら達は小心者なのさぁー」

「歌うなっ!」

 女生徒の怒鳴り声に文輝はだまった。

「いいわよ。とりあえず信用したげる。変態ってことを念頭においてだけどね。

で、その変態クラブの変態部員が、一体ここで何してるわけよ」

「さっきも言ったとおり探検です。それも、クラブに伝わっている長年の謎解きなのです」

「長年の謎?」

 英里は文輝をつっついた。少しだけ躊躇して、文輝はスカートの下から一本の古びた巻物を取り出した。

その紐を解いて、するすると広げる。

そこには、華奢で綺麗な筆書きの文字が並んでいた。三人の目がそこに集まった。

『昼寝の足音 竜は喉にある』

 それだけだった。


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