番外編04:とある勇者の一番の秘密
よくあるネタなので迷いましたが貧乏性なので投下。
私が色ボケお花畑な人間になったのはいつからだろうか。
十二年前にルインが道場に通う様になってから?――違う。
城下町へ越してきた初日にルインを見つけてから?――違う。
そんなのよりもずっと前。
まだ非力な街娘でしかなかったあの頃からずっと、私にはルインしか見えていない。
◆ ◆ ◆
「ルイン、今日もお兄ちゃん達にやられたの?」
「…うるさい」
いつも通り稽古が終わる時間を見計らって道場に顔を出す。
中では予想通り今日も兄弟子達にこてんぱんにされたルインが一人横になっていた。
「お兄ちゃん達みんなルインより五歳も年上なんだよ?流石に十歳のルインじゃ体格差がありすぎだよ」
「…そんなことねーよ」
「意地っ張り」
「いってぇ!」
わざと雑に治療をするとルインが小さな悲鳴を上げた。
「お前な、ウチの薬なんだからもう少し丁寧に扱えよ」
「ウチの、って言ってもおじさんとおばさんが作った薬じゃん」
「俺だって少しは手伝ってるよ!」
「…そうなの?」
意外な事実にキョトンと尋ねるとルインは顔を背けながら「そうだよ」と肯定した。
「将来ウチ継いで薬師になるんだから修業すんのは当たり前だろ」
「…そうなんだ。てっきり、ルインはお兄ちゃん達みたいに騎士になるのかと思ってた」
「あんな不自由そうな仕事だけは絶対に嫌だね」
「ふーん…」
多分、その時だったと思う。
私が初めてルインに興味を持ったのは。
ルイン・ハーゲント。城下町でも指折りの薬屋の一人息子。
ある日突然道場に通いだした少年の入門理由は「将来継ぐ店を守る力を身につけるため」。
騎士になりたくて入門してくる他の門下生とはまずそこが違った。
それに入門当初は体格差に抗えずやられっぱなしだった少年だが、客観的に自己分析する事に長けていたらしく暫くすると不利だった体格差すら利用して兄弟子達から一本を取る様になりだした。
真っ直ぐなのに考えが柔軟で、とても不思議な男の子だった。
「ねえねえルイン、差し入れ持ってきたよ~。手作りレモンタルト!」
「農家の皆さんに謝れ」
「一刀両断にも程があるよね!?」
「あいつら本当に懲りねーなぁ」
私とルインのいつも通りのやり取りに父さんや兄弟子達がゲラゲラと笑う。
そんなやり取りが日常になった頃には私はもう既に立派な色ボケだったと思う。
こんな毎日がずっと続くのだと思っていた。
それが崩れたのは、あの【魔王討伐】の折にルインが勇者に選ばれてからだった。
◆ ◆ ◆
『さあ勇者よ、その聖剣で憐れな我が魂に終焉を齎してくれ』
「……」
さめざめと泣く魔王を前に、私はようやく此処まで辿り着いたのだと実感した。
そしてこうも思った。
ルインは口は悪いけれど優しいから――きっと魔王の望むままに剣で突き刺したのだろう、と。
魔王の望みは勇者の手により聖剣にて己の心臓を一突きにしてもらうこと。
でもそれは――それだけは、してはならないのだ。
―――頼む、イリア。その聖剣で、空間を斬れ。何処でもいい。きっと歪ができる。そこへ俺ごと押し込めるんだ。
「分かってるよルイン…」
そう呟きながらゆらりと聖剣を前に構える。
剣先は――魔王の心臓ではなく、わざと外した誰もいない空間。
『貴様、まさか…!?』
これまでの事が走馬灯の様に駆け巡る。
勇者として旅立つルインを見守る事しか出来なかった日。
勇者一行の近況を伝え聞いては一喜一憂していた日々。
ルインが戻ってきて――どこか様子が変で、それでも結婚しようと言われてすっかり浮かれていた日々。
聖剣を難なく受け止めていた私を魔王が警戒していたなんて全く気付かなくて――でも寸前でルインが魔王から身体を奪い返して、そして。
「…大丈夫、間違えたりしない」
鍛錬を殆ど積んでなかったあの時でさえきちんと出来たんだ。
もう一度やる事くらい、なんてことない。
『――――!』
先程までの哀愁を誘う表情から一転した醜悪な表情の魔王が何かを叫びながら歪に飲み込まれていく。
そして魔王のすべてを取り込んだのち、その歪は跡形も無く消えていった。
「もう近付いても問題ないか、勇者殿」
「はい、終わりました。…帰りましょう、皆さん」
騎士団長のガイルの問いかけに静かに答える。
振り返ると仲間はみんな微妙な顔をしていたから、きっと上手く笑えては無かったのかなと思う。
でも、今はそんなことより。
ああ、今度こそ終わったよルイン。
これで本当によかったのかは分からないけど――。
今度はルインがただいまって言ってくれると嬉しいな。
◆ ◆ ◆
「…という夢を見たんだが。これは事実なのか?」
「な、なんのことやら…」
珍しく休暇が重なった(無理やり重ねたとも言う)とある朝。
起き抜けに不機嫌そうなルインから問答無用でベッドの上で正座をさせられた。
「そんな程度の低い誤魔化し方で俺が騙されると思ってんのか?」
「…申し訳ございません…」
どうしてこうなった。
寝起きすぎて頭がまったく回らない。
昨日までは全くそんな気配もなかったのに――と思ったら、ルインの傍らには懐かしの聖剣様が。
よう相棒久しぶり。時を越えた時も討伐の時もお世話になりました――が、何故そこにいらっしゃるのか!
一人戦慄する私をよそに淡々とルインが事情を説明する。
曰く、聖剣は昨晩深夜に突然うちの寝室へ現れたのだと。
曰く、何故かフレンドリーに話しかけられたルインはかつての私のように難なく聖剣を手に出来たのだと。
曰く、気まぐれな聖剣のよけいなお節介でルインは夢を介してすべての事情を知ったのだと―――。
「まあ、幸い今日は一日暇だしな。じっくり話し合いでもしようじゃねーかクソ嫁さんよ」
「いやーーーーー勘弁してーーーーーーーーーーーー!!!!」
その日、珍しく旦那ではなく嫁の絶叫が宿舎に響き渡ったという噂が姫様やサリエ達まで届くのにそう時間はかからなかった、らしい。
細かい設定は適当です\(^p^)/
まあファンタジーにはよくあることということでサラッと流してあげてください。