第二話 とある勇者のプロポーズ(後編)
「では、貴方がイリアと将来を誓ったと言う――男性、ですか」
城下町のしがない薬師ことルインは、紆余曲折の末、彼の幼馴染であり勇者・イリアに連れられ、生涯縁などない筈であった王宮にて国王はじめ国の重鎮と思われる面々を前に件の王女と相対していた。
「はい。私がイリアと将来を誓った――男です、王女様」
誓ってねーよ、と内心毒づきつつルインはなけなしの営業スマイルで丁寧に答える。
あの陽だまりみたいに柔らかな金色の御髪、楝色の瞳、それをさらに輝かせる女神のような微笑み…ああ、本当に素敵だなあ――そう、予てよりどこぞの勇者が興奮気味に捲くし立てていた通り、王女は確かに見目麗しい姿をしていた。
余程初恋でも拗らせていない限り、彼女に見つめられ落ちない男はいないかもしれない。
それにしても――。
「フェリア様……昨夜もお伝えした通り、この者は私の幼馴染みでして、その、しょ、将来を約束した仲なのです」
平常時ならまだしも、男の赤面姿というものがこうも精神的ダメージが大きいとは…。
隣で懸命に誠意を込め事情を説明しようとしている幼馴染みの姿に、ルインの中の何かがガリガリと削られてゆく。
いずれにせよ、幸か不幸か見つめられても落ちない側に分類される彼は現在諦めの境地にあり、表情はなく目も死んでいた。
「で、ですが男性ではないですか!男性同士で結婚なんて我が国では――禁止はしてないので、できなくもないですが、でも…!」
出来んのかよ同性結婚――同じく何故か赤面する王女の発言に軽くカルチャーショックを受けつつ、これでは埒が明かないとルインは畳み掛ける事にした。
「王女様、イリアは女です」
「な!?」
彼がカミングアウトした瞬間、広間が一斉にざわつく。
正直、平民の彼には誰が誰だかよく分からない状況ではあったが、この場にいるのは高々十数名、後のフォローはイリアと――広間の隅にかたまりニヤニヤ見物しているお仲間らしき集団にしてもらえばいい……そう思っての発言だった。
「イリア、今の話は本当なのですか?」
「……はい、申し訳ございません……」
動揺を隠せない王女に対し、イリアは項垂れながら肯定した。
「私の実家は剣術道場を営んでおりまして、その、少々お転婆な娘として育ったのです。街へもたまに動きやすいという理由で男装姿で繰り出しており、選定の日も……」
「剣術道場?」
「ほら城下町の外れにあるだろ、ラングレンの剣術道場が」
「ああ、やたらと猛者ばかり輩出するあの…」
しどろもどろに余計な事まで話すイリアに外野が反応する。
“剣術道場の出身者達は王宮でも一目置かれている”という兄弟子達の自慢話は、強ち誇張ではなかったらしい。
ラングレンの剣術道場――剣士として国々を旅していた彼女の父親が結婚を機に始めた道場には、ルイン自身も数年前まで門下生として通っていた。
そこは無駄にノリも良ければテンションも高い道場長に習い、殆どの門下生の脳が筋肉で出来ていた様な場所で。
物心つく頃には母を亡くし、そんな環境で育った一人娘がそうならない可能性の方が低く、少なくともルインが彼女と出会った時点では既に手遅れだったのだ――などという事を走馬灯よろしく薄ら思い返していると、表情を強張らせた王女がイリアに問いかけた。
「つまり皆を欺き勇者となった、と?」
「結果的に、そうなってしまった事は大変申し訳なく思っております」
「ちょっと待った」
ポツポツと続くやり取りに不敬を承知でルインが割り込む。
それまでイリアと王女に集中していた視線を一斉に浴びたが、そこで怯むなんて繊細な心臓を彼は持ち合わせていない。
「イリア、お前まどろっこしいんだよ」
彼の目的は唯一つだ。
「言っちまえばいいだろ――元々魔王討伐が終わったら姿を眩ますつもりだったって」
「!!?」
ザワッと広間が先程以上にざわついた。
誰もが困惑した表情の中、イリアが口をパクパクさせながら隣のルインを見つめている。
「ル、ルイン――!なにサラッと暴露してんのちょっと待って!?」
「あん?こう言うのはズバッと言う方が話がサクサク進むんだよ」
「御前だから!ここ城下町じゃなくて城のしかも陛下の御前だから――!頼むから通常運転やめてぇ…」
かくいう自分も結構通常運転じゃねーかと突っ込みかけたが、前方から僅かに空気の変化を感じ、ルインは押し黙った。
「つまり君は富も名声も捨て、その男と駆け落ちするつもりだった…と?」
先程からずっと王座で黙っていた国王が信じられんと口を開いた。
「……はあ、まあ、そんな感じです」
肯定したのはルインだった。
お、国王が喋った、と思いながらだったので生返事になってしまったが、真横で真っ青になってる幼馴染み以外は先程の衝撃の余波が抜けきれていない様なので問題はないだろう。
――ちなみに、婚約者と言うのはこの場を切り抜けるためのフェイクだが、この場で発言した内容自体は全て事実だった。
イリアが勇者に抜擢された夜、「魔王討伐は吝かでもないけどその後一般人に戻れないのは嫌だ助けてぇぇ」……と泣きついて来たのでルインが提案したのだ。
勇者をしている期間は男として振る舞い、その後ほとぼりが冷めるまで雲隠れついでに国外を巡ればよいのではないか、と。
当初イリアはそれすら渋っていたが、自分も修業ついでに付き合うと言うとアッサリ承諾した。
そしてついでに何時の間にか影武者まで調達し、色々と誤魔化しつつ男装姿で出立した次第だった。
「この者が申した事は全て事実です。……勝手を承知で言わせて頂きますと、私には英雄として生き続けるのは、ちょっと、荷が重いです」
「…………」
そのまま黙り込む一同。
もし空気を読まず変な事を言い出したら身分問わずぶん殴ってずらかろう、と不穏な事を考えていたルインだったが、幸い、国を救った少女――今はどう見ても男だが――の願いを即座に斬り捨てるほど非道な輩はこの場に居なかったらしい。
そんな先程までの茶番とは打って変わって重苦しい空気が漂う中、流れを変えたのは――癒しの賢者とも呼ばれている色ボケ王女だった。
「では、勇者はこのままクラウスに演じてもらう事にして――貴女は私付きの女性騎士になると言うのはどうでしょう?」
何を言い出すんだこの色ボケ――そう、ルインが思ったのは一瞬のこと。
魔王討伐の旅で勇者の影武者を務めていたらしい青年の意思はともかく、英雄として祀り上げられたくないというイリアの希望は通る。
ましてや彼女は予てより王女に憧れていたのだ。
この上ない申し出のように彼には思えたのだが――。
「それは嫌です!お断りしますっ」
「そうそうお断り――って、イリアお前阿呆か空気読めこの脳筋!」
それまでのしおらしい様子から一転して強い意思で拒否するイリアに、謁見の間であることも忘れルインが吼える。
阿呆だ阿呆だとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。
「こっちが覚悟していた展開よりも遥かに良い話じゃねーか。何考えナシに拒否してんだこの馬鹿イリア!」
ドン引きする周囲に気付きながらも、彼の口は止まらない。今更止める気もないのだが。
「だ、だって…」
再びモゴモゴするイリアにイラッときながらルインは更に言葉を続ける。
「この阿呆!よく考えろよ、当初の希望通り勇者様ヨイショされる事なく!憧れのフェリア様の騎士になれるんだぞ!平民のお前が、大出世だろっ」
「えっ。イリア、私に憧れていたんですか?」
「色ボケは黙ってろ!」
「い、色ボケ…!?」
徐々にヒートアップするルインに青くなるイリア、あんぐり口を開けたまま固まる王女、不敬罪だと喚く文官らしき男を笑いながら制するお仲間に、ドン引きするその他の重鎮達…を眺めながら一人楽しそうな国王――広間はさながら阿鼻叫喚図と化していた。
そんな混乱した状況の中、暫く頭を抱えて青くなったり赤くなったりしていたイリアが突然立ち上がる。
「イリア…?」
色ボケショックから戻った王女がイリアの顔を見て怪訝そうに呼びかけた。
何を決意したのか勢いよくルインと向き合ったイリアの瞳には溢れんばかりの涙が溜まっていて――そんな瞳に睨まれたルインは、ほんの一瞬、心臓を掴まれた様な心地となったのだが。
しかし、それも次の言葉で全て吹っ飛んだ。
「だってお城の騎士になっちゃったら……ルインと毎日会えなくなっちゃうでしょう、バカ――!」
「……ア゛ァ?」
それは自分でもこんな低い音出るのか、と感心するくらい地を這うように低い声だった。
◆ ◆ ◆
「なあなあルイン、媚薬作ってよび・や・く」
「……城下町の怪しい店にでも行ってろこの変態魔導師!」
ルインが王宮に勤めだして早半年。
こんな会話が日常になる程度には、不本意ながら彼はここでの生活に慣れだしていた。
そう、しがない城下町の薬師として安穏とした日々を生きる筈だったルイン・ハーゲントは、当初の予定と反し王宮薬師見習いとして変人共に絡まれながら忙しなく働く日々を送っている。
――どうしてこうなった。そう思わずにはいられない。
理由はお察しの通り、あの色ボケ勇者と色ボケ王女が原因なのだが。
あの後――イリアが広間で超ド級にふざけた色ボケ発言をかましたすぐ後に――あろうことかあの色ボケコンビが意気投合し、結託したのだ。
ルインとしては幼馴染みの今後の為に処刑覚悟で乗り込んでいた筈だった。
だというのに、何なんだこのお花畑展開は――と、キャッキャとかしましく語り合い盛り上がる色ボケ二人を見ながら呆然としていると、何時の間にかイリアの仲間に囲われていた。
そして初対面の筈の野郎に肩を叩かれ、生温い視線を送られたあの屈辱は、ルインにとって生涯忘れられぬものとなるだろう。
そんなやり取りをしている内に、色ボケコンビが出した結論がこれだった。
「ルイン!ルインが王宮薬師になれば万事解決だよ!」
――その後、暫く広間でルインと色ボケコンビによる論争が勃発したのは言うまでもない。
そうした馬鹿馬鹿しい紆余曲折を経て、実力で試験をパスした結果、ルインはこうして王宮薬師見習いとして王宮にいる。
何故か本来は実技試験にない模擬試合が組み込まれたりする事もあったが、道場で鍛えていた事もあり何とか乗り切った。
「いやー、ただの毒舌小僧と思いきや、なかなか優秀そうでガイルが喜んでたぜ!」
「何故そこで騎士団長の名前が出るんだ。俺はただのしがない王宮薬師見習いですよ。後、二つしか年が違わないのに小僧言われる筋合いないわ!」
「ハハハ謙遜するなよ~。因みに俺も期待してる!今度俺の魔術師団へ顔出しにおいでよ!」
「全力で断る」
王宮に来てからはこの様にイリアの仲間に絡まれ、ルインとしては正直鬱陶しい毎日だ。
人前では最低限の礼儀を払った態度を心掛けているが、初日に畏まった態度をして爆笑されて以来、自分のテリトリー内では対応が御座なりになっている。
「まあルインってあんまり本音隠す気ないから、慇懃な態度でも結構破壊力あるけどね~」
「うるさい仕事しろ変態」
「ハハハごめんごめん。また昼に来るよ~」
「来んな!」
そうして笑いながら変態魔術師こと魔術師団長のサリエが去っていく。
朝っぱらから無駄に疲れたのは気のせいなどではない。
「ルイン~」
今度は誰だよ税金分働けコノヤロウー―そう思いながらルインが振り向いた先にいたのは。ルインの幼馴染みにして、元クソバカ脳筋色ボケ勇者にして、王女の近衛騎士、そして―――
「何の用だバカ嫁」
「バッ……朝っぱらからそれ言っちゃう!?と言うかバカはそっちだよこのバカルイン!」
「……は?」
一体何事かと聞き返せば、近衛騎士姿の嫁からズズイと風呂敷に包まれた物体を渡された。
「お弁当!渡すからちょっと待ってって言ったのに何で出勤しちゃうのよバカ!」
「………………」
そんないつまで経っても学習能力の無い嫁の反応に、彼女の幼馴染みにして、元城下町のしがない薬師にして、王宮薬師見習いでもある彼女の旦那の目がスッと据わり、表情が消えた。
「おいバカ」
「嫁消えた!?」
「これは味見したのか?」
「味見?いや時間なくてしてないけど多分大丈夫だよ」
「焦げていないヤツはあるのか?」
「えっ……お浸しは焦げていないよ?」
「……………………………………………」
このクソバカ脳筋色ボケ料理音痴が――最近では最早恒例となりつつあるそんな怒号で、今日も城の一日が始まるのだった。
<了>
本編おわり!
勇者になる前のイリアがどうして王女様の瞳が楝色かを知っていたかは番外編04でほんのりお察し下さい。