力差を越える者達
遂に『名も無き荒神』との直接対決。較達に勝機はあるのか?
「剣一郎って車の運転出来たんだ」
良美が驚いた風に言うと大型のワゴン車を運転している剣一郎が当然の様に答える。
「拙者も子持ち故、車の運転の一つぐらい習得している」
その時、クラクションが鳴らされる。
「何だ?」
不思議そうな顔をする剣一郎に較が溜息を吐いて言う。
「運転代わろうか? いま思いっきり道路標識を無視してたよ」
重い沈黙の中、一人平然とした顔をした良美が言う。
「ヤヤってもしかして免許持ってるの?」
「中学生は免許持てません。運転は、バイクから小型ヘリまで一通り習ってるから大丈夫だよ」
較の言葉に千夜が言う。
「八刃の特殊合宿メニューの一つに組み込まれてるから、八刃の人間だったら小学生の頃には車の運転ぐらいは、出来るわ」
「とことんとんでもない一族だな」
後ろの座席で横になっている蜂がぼやく。
「兄上、傷に響きますから、静かにしていて下さい」
蛍が心配そうに言うと千夜が申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさいね。まさか連れ戻しに来てた人が心変わりしていたなんて思わなかったから」
「その理由を教えて貰えますか。どうして神谷が荒神の封印継続の邪魔をするかを?」
蜂の言葉に較が答える。
「神谷にとっては、自分達の身内に危険を及ぼすものを封印するしかなかったって言うのは屈辱以外の何物でもないよ。この封印が身内の行ったものだったら、間違いなく人員集めて解除して滅ぼしていた筈だよ」
頷き千夜が続ける。
「以前から風院家には言っているの、封印の犠牲を払うのが、少しでも負担ならば、あたし達の方で滅ぼすと。でも風院家も他に犠牲を出すくらいなら、自分の所で封印を続けると主張してきてたの。風院家に封印を任せた以上こっちから封印解除を言うのは筋違いだから何も言えなかったのよ」
「詰まり今回の事は神谷にとってちょうど良い渡り舟だった」
剣一郎が一応道路標識を気にしながら運転を続けながら言う。
「虎視眈々と狙ってたんだよ、オーフェンハンターとして世界中を回ってる筈の剣一郎が、偶々日本に戻ってきて居たなんて都合が良すぎるもん」
較の言葉に千夜や剣一郎は意味深の笑みを浮かべた。
「事情は理解しました。すいませんが力をお借りします」
蜂の言葉に千夜が笑顔を見せて言う。
「良いのよ、自分達の大切な者を傷つける可能性を持つ者を滅ぼす、その為だけなんだから」
「そっちの事情は知らないが、蛍を連れて行く必要があるのか?」
実はこの中では、一番戦闘には関係ない健太の言葉に較が説明する。
「問題はそこなんだよ。『名も無き荒神』は、高位過ぎて下手に名前をつける事すら出来ない為、形が全然無いの。蛍ちゃんとの脈々と続く血統に刻まれた縁が無いと、そうそう今の巫女から抜き出す事が出来ないの。その為、最初の『名も無き荒神』を今の巫女から開放する所だけは蛍ちゃん頼みなの」
手を上げる良美。
「そこが疑問なんだけどさ、どうして名が無いんだよ?」
千夜が答える。
「精神体の異邪がこの世界で形を持つには、こちらの世界の人間の明確な認識が必要なの。そして名前が一番強く形作る。逆を言えば名前をつけない事でその異邪の、この世界への干渉能力を落とす事が出来るの。『名も無き荒神』が風院家の血統にしか上手く神降ろし出来ないのはその為よ」
頷く蛍。
「一族でも決して名前をつけずに居ます」
そんな話しをしている間にも風院家が監視する人気の少ない山道に入る一行であった。
古い日本屋敷の奥で一人の老人が居た。
その老人こそ、風院家の長老、風院蝉であった。
「蜂までもが家族の情に負けたと言うのか?」
その言葉にその場に居た人間が沈黙する。
老人は、目の前にある自然洞窟への入り口から漏れる、物理的には、聞こえない筈の『名も無き荒神』のうめき声を聞きながら言う。
「時間が無い。例え人外八刃と争う事になってもこの封印だけは護る。戦の準備をしろ、必ず蛍を連れ戻すのだ!」
その言葉に風院家の人間が一斉に動き出した。
「この屋敷の奥に『名も無き荒神』を封じた洞窟への入り口があるのね?」
較の問いに、健太に肩を借りた蜂が頷き、辛そうに告げる。
「しかし、他の者達が蛍の奪回に襲ってくる」
「怪我するのは諦めてね」
千夜があっさり答える。
「治るような攻撃を心掛けてね」
較が剣一郎の方を向いて言うと剣一郎が鼻で笑って言う。
「再起不能製造機には、言われたくないな」
二人の視線の間に火花が散る。
その瞬間、無数の風の刃が襲い掛かってきた。
「くだらない」
千夜がそういって放った気配だけでそれらは消し飛んだ。
「千夜さん相手に通じるとでも少しでも思ったのかな?」
本気で悩む較の横で剣一郎が刀を鞘に戻していた。
「急いだほうが良いみたいだな」
複数の悲鳴が上がる。
剣一郎の無間合いの居合いが放たれていたのだ。
「くっつく?」
較の言葉に頷く剣一郎。
「拙者が斬ったのだぞ、普通に固定しておけばくっつくぞ」
「常識離れした事を平然と言ってるぞ、こいつ等」
健太の言葉に蜂が大きく溜息を吐いて言う。
「もう諦めよう。伊達や酔狂で人外とは呼ばれていない」
進む較達。
「『名も無き荒神』の相手をするから小較を千剣ちゃんと一緒に八子さんの所に預けてきたけど、このレベルだったら練習にちょうど良かったかも」
襲ってきた大男を壁にめり込ませながら較が言うと蛍、蜂、健太そして良美を護っていた千夜が首を横に振って言う。
「八子さんからあたし達の娘、千剣を護って貰わないといけないから丁度良かったわよ」
剣一郎が、高速で飛び回る風院家の戦士を刀の鞘で叩き落としながら言う。
「あの性格が無ければ良い人なんだがな」
頷く較と千夜に普通の顔で良美が言う。
「面白い人だと思うけどな」
そんな会話に蛍が気になって質問する。
「その人って何者なのですか?」
「八刃の一家、霧流の長の奥さんで、動物好きな人。捨てられた動物拾ってくるのが趣味なんだよ」
良美の答えにほっとした様に蛍が言う。
「優しそうな人ですね」
「そうだね、拾って来た象に乗せて貰った事あるしね」
良美の言葉に、蛍は遠い目をする。
そんな較達の前に蝉が現れる。
「何故じゃ? 何故、封印継続の邪魔をするのじゃ? 『名も無き荒神』の封印は、我々に任されていた筈だ!」
千夜が前に出て答える。
「神谷の長の決定です。巫女が犠牲になる事を拒んだ以上、封印継続は、風院の総意で無いと判断し、神谷は『名も無き荒神』を滅ぼすと」
「勝手な判断は止めて頂こう、封印継続は風院の総意。封印解除など危険な真似をさせん」
蝉の言葉に千夜が強い意志を込めた瞳で答える。
「意見の相違ね。ならば強引にいかせて貰います」
「引かん!」
一歩さがり蝉が呪文を唱え始める。
『偉大なる我等の導き手、貴方様の意思を、我が身を使い、御示し下さい』
苦笑しながら較は蜂の方を向く。
「あれって一晩に何回も出来るものなの?」
蜂は首を横に振る。
「いえ不可能です」
その言葉通り、神降ろしは、ならなかった。
驚いた顔をして蝉が蜂に問いかける。
「どういうことだ、八刃の人間がここにお前と居ると言う事は、神降ろしはしなかったのであろう?」
蜂は首を横に振って答える。
「いえ、行いましたが、力が弱い私の神降ろしでは、通用しませんでした」
驚愕する蝉。
「まさか神が敗れたと言うのか?」
「神の力なんかに頼っているうちは、本当の意味では、勝てないよ」
較がそう言って、意識を刈り取ろうとした時、蝉は叫ぶ。
「まだだ!」
蝉は服の胸を開く。そこには、複雑な印が描かれていた。
「あれは、まさか神宿りの印!」
蜂が大声を出し、千夜が告げる。
「ヤヤ、ここはあたしに任せて先に行きなさい」
剣一郎が千夜を強く抱きしめてキスをする。
暫くそうした後、強い意志が篭った目で告げる。
「信じている」
嬉しそうに頷く千夜。
そんな風景に顔を真っ赤にする中学生達。
「行くぞ」
剣一郎はそう言って先に進み、較たちもその後に続く。
その間もそれは、行われていた、人が人を超越した者と融合する事で、人外の生き物になるプロテスが。
『あの娘だけは私が滅ぼす!』
蝉に完全憑依した『名も無き荒神』の和御魂の言葉に、前回見せた超越者の余裕は無かった。
自然に放つ気だけで、周囲で倒れていた男達を吹き飛ばす和御魂の前に、強い闘気を放ち立つ千夜。
「ダーリンの信頼には答える」
右手を前に出す千夜。
『我は神をも殺す意思の持つ者なり、ここに我が意を示す剣を与えよ』
千夜は、手の中に生まれた、闘志が具現化した刀、神威を振るう。
「力の差は理解しているわ。それでも、あたしは、貴方に勝つ」
『愚かな、所詮は、愚かな下位世界の存在だな』
和御魂の言葉に千夜は鼻で笑う。
「それが本音って訳ね。下位の世界の人間と見下してる奴にはあたしは負けない!」
無数とも思える超密度の空気球が、和御魂の周囲に展開される。
『同じ間違いは、二度とせん。この玉がある限り我が隙を突く事は出来ない』
「それでどうするの?」
千夜の言葉に戸惑う和御魂。
『どうするとも何も、我に隙が無い以上、圧倒的な力がある我に勝つ方法など無い』
苦笑する千夜。
「貴方は戦いって物を理解していない」
『我は神なり!』
和御魂の言葉に、周囲に浮かぶ超密度の空気球の幾つかが千夜に向かう。
千夜はそれを紙一重でかわすが、それは、急転回して千夜に襲い掛かる。
『汝の常識を、我が限界と思うな!』
和御魂がそう宣言した時、千夜は神威を一度だけ振るう。
戦車でも一撃で切り裂く千夜の神威でも、和御魂の空気球にあっさり弾かれる。
『汝らの無力さを知れ!』
しかし、神威によって微かに方向をずらされた空気球は千夜に向かっていた空気球とぶつかり、その力を解放する。
一瞬で周囲の壁が崩壊し、野ざらしになったその場所で和御魂が困惑した。
『どうしてだ! 我が意思で操られた空気球がぶつかり合う筈は無い!』
「あたしの意志力で移動コントロールに使われていた意志力を妨害したのよ」
直ぐ後ろから聞こえる声にとっさに無数の空気球を放つ和御魂。
千夜はひきつける事で隣接させた空気球の先頭に神威を叩き込む。
先程と同じように弾かれるが、わずかにそれた空気球が後続を空気球と誘爆していった。
『馬鹿な! 我が意思力に人間の意志力であがなえる訳が無い!』
驚愕する和御魂の眼前で振り下ろされる神威。
咄嗟に避けた和御魂だったが、周囲の空気球と神威がぶつかり、やはり神威が弾かれる。
しかし、空気球は連鎖反応を起こして追突、誘爆が起こし、和御魂は、弾き飛ばされ、壁にめり込む。
『馬鹿な、我が人にダメージを与えられるなど信じられん』
実際のダメージはそれ程大きくないが、ダメージを受けた事実に戸惑う和御魂。
「さあ勝負を続けるわよ」
千夜が神威を構え、相対する。
「本当に大丈夫でしょうか?」
蜂が『名も無き荒神』の封印に向かう途中に呟く。
「『名も無き荒神』には、劣りますが大きな力を持っています。私の時とは違い、そうそう切り離せないはずですが?」
較は肩を竦めて言う。
「神殺しに特化した神谷の元次期長だよ、あのレベルの神には負けないよ」
手を上げる良美。
「神殺しに特化してるってどういう事?」
較が走りながら答える。
「神って言われる存在は強力な意志力を行使する連中で、常識の無い事も平然とするの。文字通り住む世界が違う奴等と戦うために神谷は、無属性の攻撃力を高めたの。闘気だけで相手の攻撃を相殺するのがその顕著たる所。後は、無属性の攻撃を使う事で、相手の技を利用したカウンターアタックが出来るのも大きいね。あのレベルの神様相手だったら、千夜さんだったら十分勝てるよ」
「それよりもいまは目の前の事に集中しろ。千夜から預かった、宿り人形があるが、当代の巫女から『名も無き荒神』を抜き出す仕事があるんだからな」
剣一郎の言葉に、蜂も唾を飲み、頷く。
そして、較達が到着した自然洞窟の最奥に、哀れな巫女が居た。
「人間がやることじゃない!」
良美の言葉に、剣一郎が言う。
「逆だ。人間だからやるんだ。『名も無き荒神』への不安がそうさせたんだ」
その巫女は、頭髪は無く、両耳が削がれ、両目は潰され、鼻ももがれ、舌は引きちぎられていた。
「徹底的だね、五体で満足な所って無いんじゃない?」
較の言葉に蜂が苦々しい顔をして言う。
「少しでも外部との接触を持たせれば『名も無き荒神』の力が発動する可能性があったのです」
「言い訳は良いよ。八子さんに頼んでも完治する可能性は低いね」
較の言葉に、驚く蛍。
「もしかして、助けられるのですか?」
「完治は無理だけど、車椅子使えば動ける位にはなる筈だよ」
淡々と答える較に驚きを隠せない蜂と蛍であった。
「神谷特製の宿り人形を発動させるぞ」
剣一郎が懐から、神谷が神を滅ぼすために一時的に体を持たせるときに使う、宿り人形を取り出そうとした時、それは起こった。
『この時を待っていた!』
巫女の体が弾け、目に見えないそれは、蛍に突き進む。
咄嗟に較が間に入るが、それは較の体を突き抜けて蛍に降りた。
舌打ちする較と剣一郎。
「離れて、健太くん、蜂さんをつれて外に!」
その言葉にずっと蜂に肩を貸していた健太が反応しなかった。
「蛍!」
蛍に駆け寄ろうとする健太に、蛍が邪悪な笑みを浮かべる。
『最初の贄だ!』
健太が動きを止めた。
「間に合わない」
較が舌打ちした時、蜂が力を振り絞り体当たりして、一撃を避ける。
後方の洞窟の通路が一撃で塞がれる。
『外したか。まあいい、この体に定着するまで時間さえ稼げればな』
振り返る蛍の体を乗っ取った『名も無き荒神』に剣一郎が鋭い視線を向ける。
「殺してでも滅ぼすか?」
較は首を横に振る。
「それじゃ、あいつらと変わらない。あちき達は選択する為に人外と呼ばれて居る訳じゃない」
一歩前に出る較に『名も無き荒神』が妖しい眼差しを向けて言う。
『生きの良い獲物だな。存分に楽しんでやろう』
次の瞬間、空間が歪む。
「剣一郎!」
較の言葉に答える様に剣一郎の刀が走る。
鼓膜を破りかねない激突音が響く中、較が『名も無き荒神』の死角に高速移動する。
『バハムートブレス』
較が気を込めた掌打を放った。
『甘いな』
空間が歪み、較の後方に現れる『名も無き荒神』。
『監視の甘ちゃんには、空間自体に干渉して、宿った体ごと移動するなんて高度な真似は出来ないだろうが、俺は違うぞ』
『アテナ』
咄嗟に防御力を高めた較が大きく弾き飛ばされ、壁にめり込む。
「ヤヤ!」
良美が叫んでいる間にも剣一郎の居合いが『名も無き荒神』に迫る。
『無駄だ』
『名も無き荒神』の言葉通り、その後方の壁が丁度『名も無き荒神』の形にずれた斬り跡を残しただけで、ダメージを与える事は出来なかった。
『多少はやるみたいだが、俺には通じないな』
剣一郎の後ろに現れる『名も無き荒神』。
『フェニックスバード』
炎の塊が、『名も無き荒神』の方を向いた剣一郎に迫る。
『仲間諸共やるつもりか?』
嘲りをこめて『名も無き荒神』が言うと剣一郎は炎の塊を切り分けながら答える。
「こんな炎がお前に効くわけ無いだろう」
切り分けられた炎は、爆散し、周囲を赤く染める。
『眼くらましが通用すると?』
『名も無き荒神』が余裕たっぷりに言った時、再び剣一郎の居合いが放たれる。
『何度やっても無駄だ』
『名も無き荒神』の言葉と同時に、空間が周囲の炎を巻き込み歪む。
『バハムートホーン』
上空に上がっていた較が、手刀で炎により明確になった歪んだ空間を押し返す。
『面白いが、それでも足らないな』
『名も無き荒神』は、剣一郎の居合いに籠められた気と較の手刀に籠められて気の合わせ技を片手で受け止める。
『最初から格が違うのだ』
『名も無き荒神』が放つ波動が、空中の不安定状態の較を再び弾き飛ばす。
『イカロス』
慌てて体勢を整え着地する較とその横に引く剣一郎。
「さすがに上級異邪だ。まともに攻撃が当たらない」
較は頷きながら言う。
「その上、戦闘慣れしてる。効率の良い力の使い方も心得てるよ」
追撃もせず悠然と立ち、『名も無き荒神』が告げる。
『芸はもう終わりか?』
較が苦笑しながら返す。
「色々ありますが、どんな芸が良いですか?」
『そうだな、お前の裸踊りだと面白いな』
『名も無き荒神』が冗談風に言うが良美が過剰反応する。
「このスケベ! 女性同士なんて不潔だよ!」
良美の方を向いて自分の宿る蛍の体を指差して『名も無き荒神』が答える。
『勘違いして貰っては、困る。俺は、男の性を持っている。宿るのには、男より魂の器が大きい、巫女の方が適してるだけだ』
「子供を産む女性の方が容量的に大きいのは必然だね」
そう良いながら上着を脱ぐ較。
『何のつもりだ?』
さすがに戸惑う『名も無き荒神』。
較はズボンを脱ぎながら答える。
「さっき言ったでしょ? 芸を見せるって」
良美が何か言おうとした時、視線で時計を指す。
「千夜がこっちに合流するまで、少しでも時間を稼ぐつもりだな」
剣一郎が小声で告げる。
「そういうことだったら、あたしも」
服を脱ぎ始める良美。
そんな風景に顔を真っ赤にする健太。
『今更媚をうった所で、滅びる運命は変わらないぞ』
『名も無き荒神』の言葉に較が笑顔のまま、抵抗の意思のない状態のまま言う。
「リクエストされたから、答えただけだよ」
十分に近づいた所で、較が腕を振るう。
『シヴァダンス』
冷気が辺りを覆う。
『油断を誘えると思ったのか?』
較の後ろに現れた『名も無き荒神』の言葉に較が答える。
「全然。でも近づけたそれで十分だよ」
掲げた両手を交差させる。
『アポロン』
物凄い熱量が、先に発生した冷気とぶつかり合い、周囲に無差別な衝撃波を放つ。
『名も無き荒神』は、咄嗟に空間を歪めるが、瞬間移動直後を狙われたのと、温度差によって発生した指向性無い衝撃波にカバーしきれず、軽い蛍の体は、弾かれる。
『この程度のダメージでどうにかなると思ったか!』
『名も無き荒神』が怒鳴る。
「この距離なら逃さん」
『名も無き荒神』の後方に居た剣一郎が居合いを放つ。
『名も無き荒神』が短距離の瞬間移動を行ったが、現れた瞬間、苦痛に顔を歪ませる。
『もはや手加減などせん。一気に滅する!』
前方に凄まじい力の収束を始める。
「この瞬間を待っていたよ」
較は大きく後退して、出口があった所に、手を着く。
『ナーガ』
出口を塞ぐ土砂が較の意思に答えて動き、その奥で神威を構えた千夜の前に道を作った。
『おお、我等が守護者、闘気を統べる存在、偉大なりし八百刃の使徒、我が闘気を全て食らいて、その力を示したまえ。神谷終奥義、闘威狼』
千夜の神威に全ての闘気が収束して、『名も無き荒神』の溜めていた力とぶつかり合う。
それは、『名も無き荒神』の存在そのものに揺さぶりを加える。
そこに全ての闘気を失った素手の千夜がタックルをかける。
『どうしてだ!』
蛍の体を奪われた『名も無き荒神』が叫び急いで蛍の中に戻ろうとしたが、その中間に剣一郎が己の気を注ぎ込んだ千夜の神威を振り下ろす。
両者の間の縁が切り離された瞬間であった。
もはや、霊感のあるものにしか見えない精神体だけになった『名も無き荒神』が呆然としながら言う。
『何故だ! 巫女の体だけにタックルがかけられた!』
較が近付きながら答える。
「神谷の終奥義、闘威狼は、全ての闘気を放出する諸刃の剣。でも全ての闘気を放った直後の千夜さんは常人と同じで、霊的力が無くなり、あの衝撃で緩んだ蛍ちゃんだけにタックルする事が可能だったって訳だよ」
苛立ちながらも『名も無き荒神』が上昇しながら告げる。
『今回は敗北という事にしておこう。完全に縁が切られた以上、その巫女に再び宿る事は叶わない。しかし同時にお前等が俺を強制的に神降しする術も無くなった。俺はその巫女以上に強い縁を結べる者を探し出して、お前等を必ず後悔させてやろう』
較は『名も無き荒神』の真下に移動して右手を掲げる。
「残念だけど、次は無いよ」
良美の方を見ると良美も頷く。
『ホワイトファング!』
較の右手から放たれた白い光は、精神体の『名も無き荒神』を捉えた。
一瞬の抵抗も許さず、『名も無き荒神』は消滅し、凄まじい光が全てを飲み込んだ。
「それで、元巫女さんは復活したの?」
ホワイトファングの影響で倒れて、布団で横になっていた良美に較が頷く。
「八子さんの話だと、元々異界の存在の干渉での傷って、その存在が消えたら無かった事に出来るんだって。そんな訳だから、人間にやられた傷を治すほうが大変だったらしいよ」
隣で横になって居た蛍が罰の悪そうな顔をする。
「なんにしろ、これでもう蛍が犠牲になる事は無くなったんだな?」
健太の言葉に頷き蛍が言う。
「ずっと森田くんと一緒に居られます」
「恥ずかしい事いうなよ」
照れる健太を見ながら良美が言う。
「ハッピーエンドって訳だね」
その場を笑顔が満たした時、蜂がやって来て、凄い顔で較を睨み言う。
「どうすればハッピーエンドって言えるのだ?」
較は視線を合わせないようにしながら答える。
「誰も死ななかったし、これ以上、犠牲になる巫女を出さなくって良くなったから?」
蜂はその部屋の窓から見える風景を指差して言う。
「この風景を見てもまだそんな事が言えるのか?」
邪魔な物が無い絶景を見て較が答える。
「眺めが良くなって良かったねー」
それが蜂の我慢の限界だった。
「山一つ消しときながら、お前等はハッピーエンドで終わらせるつもりか!」
顔を引きつらせながら蛍が言う。
「にしても凄い力ですね、山一つ消し飛ばすなんて」
「凄すぎるわ!」
怒りを堪えきれない表情で蜂が告げると、傍の机の上にあった、人形が言う。
『あれでも『名も無き荒神』とぶつかって生まれた余波でしかないぞ。力が暴走していたら、日の本は消えてなくなって居ただろう』
『名も無き荒神』を宿らす為に用意して居た宿り人形を使って事後処理をしていた和御魂の言葉に、今更ながら青褪めながら蛍が言う。
「私達、とんでもない物の力を頼りにしていたのですね?」
和御魂は頷き言う。
『そうだ、聖獣戦神八百刃様の第一使徒、白牙の力ならば、その者の右手に宿る量だけで、この下位世界など消滅させられるわ』
蜂が改めて較を睨むが、較は話しをずらすように言う。
「だから、千夜さんとの戦いを止めてこっちに協力してくれる気になったんですね?」
頷く和御魂。
『そうだ、どうやっても短時間であの女を倒せない以上、お前の右手を侵食した力の話しを聞かされては協力するしか無くなった』
「山以外の損害は神谷が補填するって言ってるし、山に関しては八刃が総動員で隠蔽工作するから気にしないで」
無理やりの笑みを浮かべる較に、和御魂を降ろした後遺症で包帯だらけになっていたにも関らず、杖を突きながらやって来た、蝉が掴みかかって来た。
「我等の聖地をよくも!」
「長老、お止め下さい! 相手は山を吹き飛ばした化け物です!」
周囲の人間が必死に引き剥がす。
「この恨みは絶対晴らすぞ!」
捨て台詞を吐きながら連れて行かれる蝉を見送りながら良美が一言。
「本気で敵が多いね」
遠い眼をする較であった。