約定に縛られる人達
吸血鬼退治の見学をする良美。そして較の口から真実を知る雷斗は?
「吸血鬼退治に付き合う」
良美のその一言に、大きく溜息を吐く較であった。
「駄目!」
本気で雷華が拒否するがそれを受け付ける良美では、無かった。
「無理でも付き合う!」
「駄目だったら駄目!」
二人の言い争いを、ぬいぐるみを作りながら傍観する較にエアーナが言う。
「ほっといていいの?」
較は遠くを見て言う。
「ああなったヨシは、自分の意思を貫くよ。ただあちきが後で苦労するだけだよ」
エアーナが同情の視線を送る。
「それで結局、連れてきたのか?」
思いっきり責める視線を向ける雷斗に疲れきった表情で頷く雷華であったが、良美は、胸を張って言う。
「どうしても駄目だって言うから、尾行してきた!」
「あれを尾行って言えるんだったら、小学生でも浮気調査が出来るよ」
較が後ろで呟く。
「危険だから、これ以上は連れて行かない」
雷斗の言葉に良美が頷く。
「勝手に尾行を続けるから気にしないで」
雷斗の眉間が引き攣る。
「だから駄目だと言ってるだろうが!」
良美は、平然と返す。
「尾行するのは、あたしの勝手でしょ!」
雷斗が懐から拳銃を抜き出し、良美に突きつける。
「撃ってでも止める」
雷華が慌てて間に入る。
「止めて、あたしが説得するから!」
較が手を横に振り言う。
「絶対無理。一度、こうなったら、誰にも意見を変えさせられないよ」
「それでも、怪我さえるわけにはいかない!」
雷華の言葉に較が頷く。
「当然、ヨシに拳銃を撃ったら、銃弾を弾いて、その人を二度とベッドから起き上がれなくするよ」
雷斗が較を見て言う。
「不干渉では、ないのか?」
較が良美を指差して言う。
「ヨシだけは、特別。危害を加える者に対しては、問答無用に排除しても良いって約定が成立してるから」
良美が驚く。
「何でそんな約定があるの?」
「あちきが、暴走する恐れがあり、暴走したら洒落抜きで地球が無くなる可能性あるから、許可が下りてるの」
較の回答に雷華が引き攣った笑みを浮かべる。
「冗談だよね?」
「本気」
あっさり否定する較に、脱力する雷華と舌打ちする雷斗。
「しかし、危険な上、邪魔だ!」
「それでもついて行く!」
良美が反論して、泥沼に入る前に較が仲裁する。
「ヨシの事は、路上の石と思ってください。ヨシの身の安全はあちきが保障します」
雷斗が、忌々しげに良美を見た後、雷華を促す。
「いくぞ!」
雷華も頷いて、その後ろをついて行く。
「どうして、ついて来るんだろう?」
良美のトイレ休憩(雷斗が置いていこうと提案したが、余計面倒になるからと却下された)中に雷華が呟くと、較が言う。
「簡単だよ、雷華が、無理やり戦わされてないか、自分の意思以外で戦ってないか心配だからだよ」
驚く雷華。
「どうして?」
較が苦笑する。
「クラスメイトで友達だからでしょ。どうしてあちきとヨシが一緒に行動してるか解る?」
雷華が首を捻りながら言う。
「仲がいいから?」
較が肩を竦めて言う。
「あちきが、昔バトルって何時やるか解らない賭け試合をやっていたから。それを見ると約束したから、ずっと一緒に居るの。ヨシにしてみたらあちきは、暴走してる壊れかねない車に見えるんだろうね。正直、ヨシが居るからブレーキしてる事が多い。余計なアクセルかける時もあるけどね」
雷華は、較の目にある、良美に対する深い感謝の気持ちが強く伝わった。
「良美って意外と凄いんだね」
頷く較であった。
「お待たせ!」
駆け戻ってくる良美に視線が集まり、次の瞬間、雷華と較が微笑みあう。
「何かついてる?」
自分の服を確認する良美であった。
吸血鬼を追い詰めたビルの地下駐車場に突入する雷華を見送った後、雷斗は、タバコを吸い、煙を吐き出しながら言う。
「あの娘は、やり方は間違ってるが本気で雷華を心配している。それなのに俺は、ただ、あいつを危険な場所に送り出すだけだ」
雷斗達も何もしていない訳では、無い。
較にも言われた、ほかの人員探しも必死に行っている。
しかし、思わしい結果は得られていない。
そんな考え事をしていたとき、較が来て言う。
「悩んでるなら、一緒に来たら? 混戦になってもあちきが護るよ」
そんな言葉に雷斗は、少し躊躇したが、ショットガンを用意しながら答える。
「仕方ない。今回は、予定外の要素が入っているから俺も行こう」
そして、雷斗もまた地下駐車場に入って行く。
「消えろ!」
雷華の技は、荒々しく我流であったが、長い実戦経験から得られた効率の良い、攻撃は、確実に吸血鬼達にヒットしていく。
シルバーアイに少しでも切られた吸血鬼達は、それだけで消滅する。
「どうなってるの?」
良美の質問に較は自分達の方に逃げてきた吸血鬼を転がしてその腕を踏み潰す。
「不死の解説って以前したと思うけど、簡単に要約すると、精神体という型がある限り、周囲の物質を使って無限再生してるの。詰り、奴等にとって肉体のダメージは、殆ど意味が無いの」
それを示すように、較が足を退けると、吸血鬼の腕が再生していく。
「俗に人狼なんかも不死身な上、再生能力があるけど、銀の武器を使うなんて単純な方法で、精神体の型が壊せるから、対処法があるけど、吸血鬼は、その型がやたら硬いの。だから雷華さんが使ってる様な、特殊な神器で無いと壊れない。同時に、強固な型は、一度穴が開けば、連鎖崩壊する」
『オーディーンピック』
較が中指で吸血鬼の背中に穴を開ける。
すると、吸血鬼が崩れていってしまう。
「お前、吸血鬼を滅ぼせるのか?」
驚いた顔をする雷斗。
「ここに居るレベルの吸血鬼だったら、八刃の本家の人間なら誰でも滅ぼせるね。噂に聞く、紅眼の魔王なら難しいけどね」
雷斗が詰め寄る。
「だったら、力を貸してくれ!」
その真摯な目に較が溜息を吐く。
「言っておくよ、シルバーアイは、唯一無二吸血鬼を滅ぼす武器では、無い。あちきが知るだけでも最低でも数百は、吸血鬼を滅ぼせる武器があって、そしてその使い手も居るんだよ」
意外な言葉に雷斗が戸惑う。
「どういうことだ、シルバークロスは、シルバーアイこそ、吸血鬼を滅ぼせる唯一の武器だと言って、その使い手を必死に探しているのだぞ!」
較は淡々と答える。
「その言葉に、シルバークロスが所有するって言うのが入るの。色んな勢力の思惑がぶつかり合って、自分の担当範囲があり、あちきが所属する八刃は、異界からの者がメイン。他の組織も自分が対抗する者を約定で決めている。シルバークロスが吸血鬼だけを倒してるのは、その為だよ。悪魔や妖怪を退治したって話聞いたこと無いでしょ?」
雷斗が拳を握り締める。
「なんだってそんな約定が存在するのだ! もっと力を合わせれば回避できた不幸が、俺の妹が死ななくても良かったかもしれないじゃないか!」
どれだけの思いで、吸血鬼と対峙し、そして雷華を戦わせたか理解した較が言う。
「人は、外敵とだけ戦ってるわけじゃない。内敵、人同士とも争わないと生きていけないの。その結果で発生した約定。それを破るという事は、均衡を破り、人間同士の争いを生み出しかねない。それを理解してる?」
雷斗は、悔しそうに歯軋りをする。
「なんて無様な生き物なのだ、俺達は!」
『そうよ、人間など、無様な生き物よ』
その声は、天井から聞こえた。
そして天井から蝙蝠が降りそそぎ、一人の少女の姿をとる。
それは、まるで夜に浮かぶ赤い月の様に神々しく、そして血に塗られた雰囲気を纏っていた。
「私の名前は、紅姫。紅眼の魔王様のお使いで参りました」
その一言に雷斗が驚く。
「紅眼の魔王って言えば、日本に居る中で最強の吸血鬼!」
較は、良美を少し後退させて言う。
「雷華さん、こっちに来て!」
雷華も、紅姫の力が並でない事を悟り、較達の所まで下がる。
「何の用!」
雷華の質問に紅姫が微笑みながら答える。
「紅眼の魔王様は、貴女、シルバーアイの使い手にいたく興味がひかれたそうです。どうか、招待をお受け下さい」
雷華が、シルバーアイを振り上げて迫る。
「誰がついていきますか!」
「大人しくついてきてくだされば、余計な怪我をしなくて済むものを」
紅姫は霧に変化すると、空中に拡散する。
『例えシルバーアイでも、霧の姿になった私を切り裂く事など出来ないでしょう?』
戸惑う、雷華に較が告げる。
「シルバーアイは、吸血鬼を退治に特化した神器。その目からは、例え霧になっても逃れられないよ」
その言葉に雷華が怒鳴る。
「大体の敵の場所が解っても、切り裂かない以上、滅ぼせない!」
「切るのは、精神体、切れると思えば切れる。普段は無意識にやってる事を意識してやれば出来るはずだよ」
較の即答に、シルバーアイを見る雷華。
『無駄です、所詮ただの人間に高位の吸血鬼が滅ぼせるわけ無いのです』
紅姫が高笑いをあげ、霧を使って雷華に攻撃をする。
「もう良い! 戦う必要は、無い! 逃げろ!」
雷斗が叫んだ時、雷華は、はっきりという。
「あたしには、吸血鬼と戦う力がある。そして、あたしは、吸血鬼から友達を護りたいから戦う!」
宣言と共にシルバーアイが振り下ろされた。
霧が裂け、血飛沫があがり、紅姫が元の姿に戻る。
次の瞬間、紅姫の顔が変化した。
その顔を見た時、雷斗が叫ぶ。
「雪子!」
紅姫の顔の変化は、一瞬で直ぐに元の姿に戻り、紅姫は大きく後退する。
その胸には、大きな切り裂き跡があった。
「人間の分際で!」
激情をその瞳に宿す紅姫に雷斗が怒鳴る。
「どうしてお前が、俺の妹、雪子の顔になるのだ!」
その一言に紅姫が嬉しそうに言う。
「そうか、前の体が、以前のシルバーアイの持ち主に砕かれ、再生に使った少女の血縁か?」
「それじゃあ、お前が、俺の妹を殺した吸血鬼か!」
般若の様な顔になる雷斗。
「感謝して貰おう。その娘の血と魂、そして体はこの紅姫の癒しとして尊い犠牲となったのだからな」
紅姫の言葉にショットガンを連射する雷斗。
しかし、紅姫の体には、触れることすら出来なかった。
「愚か者め」
今にも殴りかかろうとする雷斗を較が押さえ込む。
「冷静になりなよ」
紅姫は、暫く考えた後、言う。
「この娘の遺体が欲しかったら、これを飲みなさい」
紅姫が指を一本もいで、投げ渡す。
「これが私の居場所に案内してくれるわ」
再び蝙蝠に変化して消えていく紅姫。
「待て! 雪子の体を置いていけ!」
必死に叫ぶ雷斗であった。




