少年と地下迷宮 そのご
成体した彼は親や多くの兄弟姉妹、一族と過ごした安全な土地から今日旅立つ。
食糧や水に余裕はなく、新たに生まれる赤子や母親、幼いモノらが餓えずにいるのが精一杯だ。
おらも嫁子さ見つけて家おこすだ、希望に輝く明日に向かい駆け出す。
未知なる未来へ向けてれっつらごーと生まれ育った部屋を出た瞬間に強靭な顎で頭部を粉砕され短い生涯を閉じた大鼠だった。
体長が六十センチを優に越える大鼠を一撃で仕留めたのは、白銀に輝く毛並みを持つ冬狼だ。
本来ならば降雪地帯に棲み、雪景色に溶け込む毛色もこの薄暗い地下では逆に目立っていた。
保温性に優れ、見た目も華美な冬狼の毛皮は高い値段で取引される。
体高百十センチを誇るその冬狼は、戦利品である大鼠をくわえて巣を目指し駆け出す。
入れ替わり別の狼、体格はたいして変わらないものの、毛の色が名前通り灰色の灰色狼が冬狼が居た位置に身をおく。
狼達が大鼠の巣穴を発見してからは、常に張り付き飛び出た瞬間に仕留める事で無駄な労力をけずっていた。
狩りの経験をつむのに態と見逃す時もあるが、それは量が十分に確保出来た時だけだ。
恐狼の女王に率いられるこの群れの狼は、灰色狼が十五頭、冬狼が十頭、恐狼が五頭のあわせて三十頭と中規模の数である。
狼達の縄張りには大鼠の巣穴が三ヵ所あり、日にだいたい十五匹から三十匹の大鼠を狩れた。
野生ならば数日食べられない事などざらだと考えるなら、豊富な狩場だと言える。
狼達は外の事は知識としてしか知らない、地下迷宮で創作されたからだ。
そう大鼠も狼達もDMである少年により創作された魔物である。
※ ※ ※ ※ ※
少年と彼を召喚してDMに据えた攻略本娘ことリリアがいるDM室は、Pを注がれ機能拡張され大きく変化していた。
貧相な玉座ぐらいしかなく、廃墟に近かった内装も、天井の二ヵ所にシャンデリアが吊るされ室内を明るく照らす。
光源は壁にもあり、等間隔で灯台が設置され蝋燭型の魔具が光を放つ。
玉座も豪華な造りの物に変わっており、周辺の床には朱色の絨毯がひかれている。
玉座の正面から大門までにも絨毯が真っ直ぐにひかれており、その下の灰色の石畳を隠していた。
これ等のように様変わりしたDM室の玉座に座り、目の前の空中に浮かぶディスプレイで少年とリリアは創作して地下迷宮へ放った魔物の様子を見ている。
少年の服装も貧相だった物から、何かしらのアニメに出てきそうな軍服姿へと変わっていた。
黒地のシャツに白のネクタイ、これらが見える様に上衣は詰襟タイプではなく開襟タイプで白地に肩のライン等は金糸が使われ。
帽子はキャップ状のツバが長い物で、やはり白地に金糸で飾られ、黒色の手袋を着用している。
一方、リリアの衣類は何故か男装の執事服姿で白地のシャツに黒のネクタイ、上衣は黒地に銀糸でアクセントが加えられ、彼女のメロンが窮屈そうに胸部を押し上げて胸をとめるボタンに悲鳴をあげさせていた。
長い金髪を首元と先端の二ヵ所で結び、肩から胸元へと流している。
「う〜ん、ねぇ、リリア、これぐらいかな?」
共にディスプレイを覗くにしても近すぎる距離にいる、リリアに少年が尋ねた。
ディスプレイを覗きながらも、胸部に比べればいまだに発展途上にあるリリアの臀部で蠢いている、手袋に包まれた己の手の動きは止めずに。
「は、はい、王様。……んっ、狼と大鼠のバランス、んっ、も、と、取れた、か、とっ……」
体調が優れないのかリリアは顔を赤く染め、瞳は潤み、熱い吐息を溢しながら返事をする。
膝はガクガクと震えており、返事をする時にディスプレイから少年に移した視線に、お許しくださいとの懇願がこめられていた。
少年の手つきはぎこちなく、それに慣れた様子ではない。
とても女性を煽れるだけの手練手管はないのだが、女性のそういった感性は精神的な部分が非常に大きく。
それこそ惚れた男の位牌を胸に抱いただけでも、である。
リリア以外には悲鳴をあげられ頬に紅葉を作り、警察に逮捕され連行されるか。
下手くそ、と心底からの侮蔑と憐れみの視線を投げ掛けられてEDへと導かれるかだろう。
そんな事は想像出来ない少年は、俺やっぱ天才かも知れね、そう思いながら嗜虐的な表情を隠しもせずに、リリアの哀願に気付かない振りをして、手の動きをより激しくする。
ど下手! リリア以外からならば、ぐーで殴られて当然の拙さだ。
「じゃ、そろそろ何処に地下迷宮を出現させるか、決めないといけないね」
少年が地下迷宮の主となり既に十日が過ぎていた。
上げ膳据え膳の生活、望めば大概の事は叶い、叱られる事も小言すらない。
やらなければならない事は、まるでゲームをする様な気楽な事で、命のやり取りをせねばならない緊張感等感じられず。
コボルト以外の魔物を直接見ていれば、この認識も変わっていた可能性は高い。
しかし、魔物の創作、召喚もリリアの助言にて魔物に任せたいエリアへ転送召喚した為に画面ごしでしか見ていない。
少年の好奇心から来た視察に行くことも、リリアより危険だからと留意され取り止めた。
そういう訳で少年は従順なコボルトとしか、直接触れ合えておらず、画面越しだとテレビを見ている程度の迫力しか感じていない。
召喚される前では想像もし得なかった極上の美少女に、青少年にありがちな欲望の赴くままに要求をしても、少々の抵抗があれも最終的に実現される。
この環境下で過ごせば人間性はどうなるだろか?
少々妄想で暴走がちだが普遍的だった少年を小さな暴君とするには十分だった。
当初は存在していた遠慮、初めての女性への好意、それらも急速に育てられた情欲を主にした欲望と増長が押し流して何処かに消し去る。
「猶予時間はあとどれぐらい?」
リリアは途切れ途切れ、青息吐息ならぬ桃色吐息で、約七十九時間、三日程だと伝えた。
それを聞いた少年は、さすがにリリアで遊んでいる場合ではないな、と彼女にちょっかいをかけていた手を引き込める。
リリアは少年を求めて火照る身体と心を、使命感でねじ伏せ、甘い霞がかかっていた意識を正気に戻す。
そんなリリアをニヤニヤと眺めていた少年だが、正常な判断力を取り戻したリリアの助言に従い地下迷宮出現地点を選択する手続きを開始する。
迷宮内を映していたディスプレイが切り替わり、ミニチガンのウウゥル大陸地図を映し出した。
地図といっても少年が知る様な道路やらが事細かく書き込んである物ではなく、無数に赤く光る場所が映るだけで輪郭しか解らない物である。
赤く光る場所は他の地下迷宮の勢力範囲で新しいダンジョンの出現場所には選べない、リリアは少年にそう説明した。
「でもさ、この地図じゃ国の位置やら、魔物の勢力範囲やらもわかんねーべ?」
「あの、そういう情報を地図に反映させるには、その、スキル(技能)であるウウゥル大陸知識が必要でして……」
申し訳なさそうに、そう告げるリリアだが少年は彼女を責める様に
「カスタムができねーじゃん(解禁されない)、できるようになるん(その条件やら方法)は何時わかるん(解明される)?」
ジト目でリリアを見つめる。
「ご、ごご、ごめんなさい、王様っ。あの、その、一生懸命探しては……」
少年の視線や声色で顔色を失い、全身から、どうか嫌いにならないで、そう訴えながらガチガチと震え、額を床につけて土下座で謝罪するリリアの頭を踏みにじって彼は彼女の言葉を止めた。
「結果がでねぇ(出ない)い努力って意味あるん?」
俺ってSだったんだなぁ、と下腹部から駆け昇るモノに新しい世界の扉を開いた少年だった。
地下迷宮の殆どの事柄を把握しているリリアなので、カスタム解禁条件がおそらく執務室の本棚にある本のどれかである事は憶測がついている。
単純にリリアが読み取れないのが、その本棚の本しかないという消去法からだが。
無論少年には伝えてあるし、二人で調査を何度も試みた。
真面目に調べようとするリリアに比べて、漫画以外はゲームの説明書すら読みたくない少年は、執務室で彼女を押し倒してうやむやにしていた。
それ以後は何やかんやと理由を作って本棚の調査を拒否する少年、少年が起きている間は側で世話をするリリアに本を読み解く時間が不足している。
とあるDMは独力で半日から一日ぐらいの時間で本棚にある全ての本に目を通せた。
少年ならばリリアと協力すれば、そのDMよりも簡単に早く本を調べ終われるだろう。
リリアには少年に惚れ込んだ弱み、血生臭いDMという存在に引き込んだという後ろめたさがある。
それ故に少年に対して強い態度で接せられない。
他にも彼女自身献身的な性格であり、尽くす事、与える事に喜びを感じてしまっていた。
少年が嫌がる事、面倒くさがる事は強制せずにリリアが片付けてしまい、彼が自分で出来る事さえも彼女が済ませてしまう。
それが如何に男を駄目にするかという事に気付けずに、少年に頭を踏まれるという屈辱的な対応にさらされながらも彼に悪感情を抱かない。
リリアは自分がカスタムの解禁出来ないのが悪いのだと、少年の扱いを受け入れていた。
少年に言葉責めにも無意識の領域で、彼が喜ぶだろう反応や返事をしてしまうリリアだった。
少年がリリアに対して、ここまで居丈高に責めるのも、自己強化と欲する魔物の創作が出来ない苛立ちの為だ。
召喚されてから三日目には魔物創作と配置を終え、食糧の提供と供給のバランスを取れば地上に繋げられる段階に。
そうなれば後顧の憂いも絶ったと、少年は食事とトイレと地下迷宮の状態確認以外の時間を、全てリリアに溺れる事に費やした。
そんな日々の合間にも、リリアは食事中の僅かな時間や入浴中に地下迷宮の事柄を、少年の興味を引くように伝え続ける。
そんな爛れた生活を三日間続けて、少年が召喚されてから七日目にリリアから少年は、裏切る可能性が高いと省かれた魔物の種類も教えられた。
その中に、女淫魔という青少年垂涎の的な魔物が創作可能と知り、是が非でも欲しいという思いがわき起こる。
まずは裏切られないように自己強化からだ、と少年はリリアにカスタムの詳しい説明を求め、そんな内心を知らないリリアはエロ方面以外に彼がやる気を表した事を喜び、知りうる知識をやはり少年に飽きられないように解説した。
それで魔物の外見や性格もある程度、自分の思う通りに出来る事を知った少年は、リリアを急かして二人でカスタム解禁に挑んだ。
もっともリリアは既に執務室の本棚の本に目をつけており、少年と二人で調査を開始したのだが……
少年が三分と持たず、「面倒だから、リリアに任す」と野獣と化して彼女を押し倒す事で中断された。
それでもやはりカスタムによる猫耳少女や、年上のお姉さん風サキュバスの創作を諦められずに二度ばかり本棚に挑んだが、それ以後は完全にリリアに丸投げである。
リリアは少年が眠り離れられる時間は、食事の支度や後片付け、洗濯物をたたんで衣装棚にしまい、掃除をこなし、農場部屋の様子を見て、コボルトに指示を与え……
召喚されて十日も過ぎて、未だに執務室の本棚の調査が終わらぬ大半の責任は、リリアの諫言しない責を考慮しても少年にありそうなのだが。
最初はポーズだけで、リリアが嫌がるならばすぐに退かそうとしていた頭にのせた足や、言葉責めも彼女の反応が良すぎて少年はノリノリになってしまった。
いかんいかん、と思いながらもとめられず、欲望に負けお仕置きの名分にてリリアにソフトなSとMごっこに、彼女を寝室まで拉致する。
タオルで簡易の目隠し、手足を縛りベッド上に。そのまま、放置プレイとばかりにリリアを置いて執務室に戻り物資購入手続きを。
本格的かつ、初心者向けの鞭や縄やらを用途不明な器具を次々と購入する。
穴の空いたゴルフボール風な器具等々、一体何に使うのやら。
それらの品が転送される間、背後の本棚を調査するはずもなく。
何を想像してか予想もつかぬが、そんな顔で道を歩けば通報間違いなし、な程に顔を崩していた。
そして転送された品々を両手で抱え、新たな世界へれっつらごーと寝室へ飛び込んだ。
残念ながら、大鼠と違いこの色惚けの頭を噛み砕いてくれる存在はいなかった。
こうして少年の地下迷宮生活十日目は過ぎ去っていく。
本当に大丈夫か? と監視する地下迷宮管理機構が不安に苛まれたかは謎である。