少年と地下迷宮 そのよん
二月九日18時に改訂した改訂版と差し替えさせて頂きました。
少年は台所に潜む悪魔、漆黒のGを道具(雑誌を丸めた物等)で叩き潰したり、殺虫剤で処分する事は可能だが、遺骸には触れられない。
「虫は却下で」
「はい、王様」
蛸や烏賊は好きだが、基本的に足が多い生物は生理的に駄目、そんな彼が虫系の魔物を創作する訳がない。ホラー系が駄目なようにグロいのはちょっと、そんな少年だった。
「ならば灰色狼や冬狼、そして恐狼をおすすめします」
「んむ? 全部オオカミぽいけど、何か違うん?」
リリアの説明を少年なりにまとめると、灰色狼は普通、冬狼は攻撃力が低く敏捷が高い、恐狼は指揮官型となる。豆知識として毛皮の美しさは冬狼が一番らしい。
創作に必要なPは灰色狼と冬狼が20P、恐狼が30Pだ。
「……総合的に見れば、群れとして連携が可能な狼系の戦闘能力は強力です。食事が巨大鼠で十分なのも、おすすめする理由です」
「ふむふむ、他には?」
「そうですね……。地獄黒犬も良いかと、炎の吐息の特殊攻撃が可能な魔物です」
ヘルハウンドを説明するリリアの微妙な表情に少年は疑問が浮かぶ。敏感にそれを察したリリアは言葉を続ける。
「手札が多いのは良いのです。が、ブレスを使うより、直接攻撃の方が安定してたりします」
最大威力で放てれば強力なのですが、とリリアはヘルハウンドの説明を締め括った。
それからも、灰色熊、剣虎、砂漠蜥蜴……、リリアは次々と紹介していく。聞き手の少年を飽きさせない様にと、豆知識を入れたりする努力も忘れない。例えば
「鶏竜蛇はその嘴に触れた生き物を石に変える能力があります。雄鶏の頭と身体、竜の羽、蛇の尻尾を持つ魔物で、お肉が大変美味なんですよ」
「ふーん、じゃさっきの灰色熊とか砂漠蜥蜴やらの餌に狙われちゃう?」
「はい、そうですね。強力な石化能力持ちながら、その危険を承知でも人間や魔物に狙われる種族です。食用にするには創作必要Pが高すぎですが」
魔物の説明以外にも
「魔物の種類が少ないと攻略に来た者に対策を簡単に練られ、多いと制御が難しく縄張り争いやらで守護者魔物同士で潰し合いや、迷宮から抜け出る者も出かねません」
この様な迷宮構築の助言も入る。リリアも少年の集中力を見ながら、途中でトイレ休憩、お茶休憩――迷宮産のココアを飲み、リリア手作りのクッキーをお互いに食べさせっこした――を挟み、彼の負担を軽減させながら解説した。
「現状解禁されていて裏切る可能性が低い魔物はこれぐらいです」
「んー、ありがと」
それでも情報量が量なだけに少年は頭から煙りが吹きそうだ。疲れて果てている彼にリリアは気を回して
「そろそろ夕飯にして、創作は明日になさいませんか? 猶予はまだ十日以上ありますし、疲れていますと普段では考えられないようなミスをする事もありますので」
そうだね、と少年はリリアと腕を組んで食堂に向かう。何処の熱愛新婚さんですか? な、蜂蜜をぶちまけたかのような甘ったるい食事を済ませる。毎回の光景ではあるが。
食堂は食事を摂っていた十人掛けのダイニングテーブルがあるダイニングルーム、冷蔵庫やオーブン等の調理器具があるキッチン、四人掛けの炬燵があり畳がひいてある和室式のリビングルームがそれぞれ独立した部屋として存在していた。
食事を済ませた少年は、キッチンのリリアが洗い物を終えるまで、リビングで過ごす事に。炬燵に足を伸ばし入れて寝転ぶ少年の表情は、恐ろしく真面目なもので、眉間にしわを寄せて何事かを熟慮していた。
それはリリアの事であり、何をそれほどまでに真剣に考えているかと言えば
「うん、早急に衣類を手に入れないとな。裸エプロン、スクミズ(スクール水着)、白衣とナース(服)、巫女に……」
「はい、王様。では執務室で物資の購入方法をお教えしますね」
男の浪漫というか妄想に没頭するあまり、リリアがリビングに入って来た事に気付かず。少年は心臓が口から飛び出るぐらい驚き、炬燵の支柱に足をぶつけ痛みでのたうち回る。
「お、王様!?」
少年が復帰するのにしばしの時を要した。
リリアが少年を執務室として案内した部屋はDM室へと向かう途中で通り過ぎた部屋、寝室の隣にある部屋だった。
壁の一面に本が詰まった本棚があり、部屋の中心から本棚よりに立派な机が一つ、床は磨かれた木目が美しい板張り。天井には一体型の照明があり室内を明るく照らしていた。
出入口は三ヵ所、DM室、寝室、応接室に繋がるドアがある。
痛みでのたうち回ったおかげで、独り言はうやむやになったはずだ、と少年はリリアに案内された執務室の机に付属した椅子の上で、先程の失態を良い方向に捉えていた。
「物資や武具等の購入はこの執務室で行います。購入の為に必要な資金は仮想銀貨が使われ、魔物を一体創作すると支度金としてDMに千銀貨支給されます」
散々(さんざん)、大丈夫ですか、大丈夫だよ、リリアと少年はそんなやり取りをした後なので、口に出しはしないが彼女の表情は少年を心配する色が強い。
「コボルト達の支度金がありますので、王様が欲しいな物があれば購入しましょう」
リリアは少年の「……手にいれないとな」までしか聞き取れておらず、何を欲しているかは知らない。欲しい物がリリアのコスプレ用衣装なだけに少年は気まずい思いを味わっていた。とはいえ、それでも彼の決意は変わらないが。
「まずは起動と唱えてください」
リリアに教えられるままに、少年はスタートと口に出し、迷宮創作画面の時と同じく目の前の空中にウィンドウが開く。ただ今回のウィンドウは青い画面が映るだけで他には何もない。
「次に接続と」
青かっただけの画面に迷宮の全体像が映し出される。昨日創作した部分も映しだされているものの、何故か一部だけ赤く点滅していた。
「そして……」
「ねぇ、リリア、この赤いのどういう意味? 何かこの部屋から他の部屋に流れてるぽいけど」
リリアの説明を遮り、少年は浮かんだ疑問を画面に指差しして尋ねる。
「はい、王様。これは魔力の使用状況を映した画面で、ご推察通り、この魔力炉部屋から各部屋に、どれくらい提供しているかを表しています」
魔力はエネルギーであり、明かりを灯すのも、お風呂の湯を沸かすにも、料理するにも、農場部屋で作物や家畜を育てるにも用いられる。
有限なので補給せねば尽きてしまい、迷宮の運営に支障が出てしまう。その為に、少年を召喚する前から創作され稼働していたモノの一つが生産施設に分類される魔力炉部屋だ。
DMが手動で己の魔力を地下迷宮に補充する以外で、魔力の蓄積や生産が可能なのはこの部屋だけである。
農場部屋を有効に活用する為に地下迷宮管理機構が創作した施設だ。
「繁殖部屋の食料や水分が補充されるのも魔力を消費してです。なので、備蓄魔力がなくなれば補充も止まり、繁殖用の魔物も部屋の外に出ていき空になっちゃいます」
そうなのか、と納得する少年にリリアは注意点を重ねて伝える。
「魔力炉がありますので現状はそんな心配はいりませんが、迷宮が大きくなり必要魔力が多くなると起こり得ますので、ご注意を」
「不足しだしたらどうするん?」
「魔力炉部屋を機能拡張する、部屋自体を増築する、DMが手動で補給する、と対策はあります」
こう締めくくったリリアは当初の目的通り、買い物の説明に戻った。
「王様が欲しいのは? 衣類ですね、ならば次に装備一覧、そして衣類と唱えますと画面に購入可能な品物が映し出されます」
少年もさすがに欲しい衣装そのものが入手可能だとは思っておらず、似た服から、あるいはいっそ生地から手縫いで作る積もりだった。
服を作ったり裁縫などの経験もせいぜい家庭科の授業でかじった程度である。
だかしかし、エロにかける青少年の熱意と情熱をなめるな、と少年は自力製作は可能であると信じていた。
いくらなんでもファンタジーぽい世界で少年が望む衣類はないだろうから。
「あったよ、しかもやっすぅ(安い)」
だが、そんな少年の決意を嘲笑う様に、それらの衣類も購入リストに載っていた。
防御効果が一切ない純粋な衣服なので、値段も少年が想像していた物よりはるかに安い。
「これ、サイズとかは?」
「王様や創作された魔物用ならば……」
DMや創作魔物の衣類や武具のサイズは、オーダーメイドされ半ば専用品として届けられる。少年に馴染み深いS、M、Lといったサイズでも購入可能だ。
自分が頼めばリリアは拒否しない、そう確信している少年は開きなおって、堂々とリリア用の衣服を揃えていく。
少年の買い物を後ろから覗いていたリリアも何を想像してかは謎だが、首筋から耳の先まで赤く染め、目が泳ぐものの彼を止めようとはしなかった。
買い物を終えて執務室へ品物が転送される様子に驚き喜ぶ少年、早速リリアに着替えを要求する。笑顔で了承したリリアだが、調子に乗った少年は彼女が着替えする様子を直接見たいと言い出す。
羞恥で弱々しく拒否するリリアを少年が強引に説き伏せ、観客が一人だけのファッションショーが執務室で開催される。
少年からすればリリアの裸体はベッドの上や風呂で目にしているので、大した要求だとは思っていない。少年に女心を理解しろ、というのは難解な事なのだろうが。
ファッションショーを堪能した少年は、羞恥で真っ赤な上涙目のリリアに連れられ農場部屋に来ていた。何だかんだで後回しにされていたコボルト達との顔合わせの為に。
少年にリリアがコボルトを一人一人紹介していくのだが、犬顔の見分けなんてつかねぇ、と覚える気のない彼は聞き流している。
コボルトは二足歩行する犬の姿をした魔物だ。身長は大体百十から百二十センチぐらいであり、毛皮におおわれ尻尾がある以外は、手の指の数や形も人間とそう変わらない。
どのコボルトも自前の毛皮があるが、少年と同じような服を着ている。汚れてしまい水浴びをすると、乾くまで時間を取られてしまうからだ。
そういう事情からあまり水浴びはしないコボルトだが、濡れタオルで身体を拭いたりしているので不潔な印象はない。
男女五名ずつのコボルトは、男女ペアにつき一軒の小屋を農場部屋内に与えられている。そしてこの部屋で寝起きし、野良仕事や家畜の世話をして過ごしていた。
一人二人ならともかく十人となると、少年以外でも覚えるのは厳しいだろう。もっとも犬好きならば見分けるのも可能で、顔と名を記憶するのも苦痛ではなかろうが。
ちなみにリリアの姿は何処の学校かは解らないが、可愛らしいセーラー服を着ていた。少年の衣服は相変わらず質素な物だ、リリアは彼の趣味に合うものを、少年を召喚してから購入する積もりでいたからだ。
正確に述べると少年が召喚に同意するか不明だったので用意していなかった。
実際に商品購入中の少年に、「リリアの衣類だけでなく王様のものも……」、と進言はしたのだが、彼は、「そのうちね、おぉシスター服見っけ、これもっと」こう、取り合わなかった。
「……以上が農場部屋で働くコボルトです」
「王様、よろしくお願いします」
「あぁ、うん、よろしく」
これが成人した人間ならば少年も口調を改めただろうが、自分より頭二つは小さいコボルトだと、どうも年下に感じられて言葉使いも砕けてしまう。夫婦として紹介されるコボルトばかりなので、成人というか成体はしているのだろうが。
挨拶を済ませたコボルトが仕事に戻り、声の届く範囲から居なくなると。
「なんつうか、仕事任せて大丈夫なん?」
お世辞にも力が有る様に見えないコボルトに対して少年は言い様のない不安を感じてリリアに尋ねた。
「魔物の中でも最弱に分類されますが、器用ですし知能もあり何と言っても弱いので反逆の心配がいりません。小柄ですが力も人間族とそう変わりませんので、労働力としては優秀かと」
牙や爪はあるものの戦闘能力は低く、戦闘の心得がない人間族の農民と戦っても負ける可能性の方が高い。
それでも労働力としては見れば、生真面目で労働を惜しまない優秀な戦力である。弱いので怠け様なら簡単に処分されたり、コボルトである自身が食事にされたりされてしまうからだが。
リリアがそう言うなら問題はないよな、少年は何も疑わずにあっさりと納得する。コボルトとの顔通しも済ませたので、二人は浴槽へ向かい仲良く入浴して寝室にと。
こうして少年の地下迷宮生活二日目は過ぎ去っていくのだった。