夫婦の日常 #7〜 選び方、進み方 〜
これでどうだ。
Enterボタンを押す。
またエラーか……。
「はぁ……。」
次の確認箇所は……。
「ねぇ、もうお昼だけど、お腹減らないの?」
「減らないよ。
今、それどころじゃないから。」
「今日は土曜日だよ。仕事するの?」
「……。」
今日は、休日。
でも、ここ1週間くらいまともに進まないこの案件を、
いい加減なんとかしたい。
集中したい。
「恵、買い物でもしてきていいよ。帽子欲しいって言ってたよね。
買いに行ってきたら?」
「行かない。掃除する。」
恵が急に立ち上がって、僕の方を避けるようにスタスタと通り過ぎる。
あ……。
「恵、先に昼ご飯食べようか。」
「わかった、今作るから。」
「ふぅ……。」
ブー、ブー。
あれ、スマホ鳴ってる。
「恵、スマホ……。」
僕が言い終える前に、恵はスマホに向かっていた。
「もしもし、あ、お疲れ様です。」
「はい。すいません、ありがとうございます。」
仕事先の人か。
「はい、今回は……お願いします。
私は、横で応援します。ははは……はい、ありがとうございます。
それじゃあ、また会社で。
お休みの日に、わざわざありがとうございました。失礼します。」
応援?
仕事だよな……。
誤魔化してる?
「恵、会社の人だよね?」
「うん。ちょっと私じゃできないとこあって。」
「横で応援しますって、ちょっとおかしくない?」
「あぁ、それは……」
「働いてるんだからさ、その言い方はよくないでしょ。」
「仲良い人だから、大丈夫だよ。」
「だいたいさ、わからないとこがあるなら、自分で調べればいいじゃん。
何がわからなかったの?」
あ、きついよな。
「……。」
自分を、止められなかったな……。
恵が黙ってしまった。
かと思ったら、黙ったままキッチンに向かっていく。
しばらくして、
恵がテーブルに、食事を並べ始めた。
「陽介、できたから食べよ。」
「……うん。」
食事を終えると、恵がコーヒーを淹れてくれた。
「さっきは、言い方がきつかったかもしれないけど、
俺は、応援するっていうのは、おかしいと思うけど……。」
「泳げない人がさ、水の入ってないプールで、
泳ぐ練習、一人でできると思う?」
プール?
「なんの話?」
「プールに水を入れる方法も、わからないよね。プールの人しか知らないし。」
「……。」
「あとは聞かないなら、自分で水入れるボタンがある部屋とか、
探す?とかかな。
少し、時間かかっちゃいそうだね。」
「そうだね。」
「水に入る前の準備運動始めるのも、気が早いみたいなとこだね。」
「……。」
「私は、水を貯めるとこまでは行きたいかなぁ。
自分でボタンを押すにしても、プールの人に押してもらうにしても。」
「仕事の話だよね?」
「んん……作業を横で見て、応援する。
それは、相手の負担になることなのかな?」
「いや……どうかな。」
「陽介だったら、プールで泳ぐ練習する時、どうやって泳ぐとこまで行く?」
「……考えてみるよ。」
「ふわぁ……。
すごい、眠くなっちゃった。」
「え?」
「少し、寝る。」
「掃除は?」
「後でする。おやすみなさい。」
そう言って、寝室に向かってしまった。
眠かったから、あんなこと言ったのか?
……そんなわけないか。
「はぁ……。」
水を入れる前に——
「前々回の資料、調べてみます。」
「時間かかりそうだけど、大丈夫?」
「はい、家でもできるので。」
——なぜか、昨日の会話が浮かぶ。
……。
もう時間、かけられないし。
トゥルルルー、トゥルルルー。
「あ、もしもし、お世話になってます。
お休みの日に申し訳ありません。……
実はですね、前回の作業で確認させていただきたい部分がありまして……。」
電話を切った後、寝室に様子を見に行くと、恵はすやすやと眠っていた。
「ふぅー、早かったなぁ……。」
もう少し、進めておこうかな。
しばらく作業に集中できた。
時間は、もう16時になるところか。
「寝すぎだね。」
まだぐっすり眠っている恵に、声をかける。
「恵ー、もう夕方になるよ。」
「んん……?
あ!
えー?掃除しなきゃいけないのにぃ。」
「手伝うよ。」
「もぅ、起こしてくれれば良かったのに。」
「恵、ありがとう。」
「何が?」
「掃除機かけるね。」
「ん、お願いします。
……あ!帽子は?」
「買いに行こうか。」
「やったぁーっ!」




