#1「出逢い」
僕はこの世界から逃げ出すように「あの場所」を後にし、いつの間にか、見たこともない街道を歩んでいた。
闇夜に降る雷雨は、僕の傷心を抉るかのように、時間が経つとともに激しくなり、僕の体温をも奪っていく。
あんな奴らの言葉、声なんて、もう聞きたくもない。
僕はもう、何もかもが嫌になった。
「……あっ」
僕は体力の限界を迎えたのか、無意識に前に身体が倒れる——。
ここまでか。もう2日もちゃんとしたご飯食べてないからなぁ。
ちゃんとした、と言っても栄養がある物ってわけではないが。
——最期くらいは温かい、「普通」の料理が食べたかったな……。
そして、僕の意識は遠のいてゆく。
「……ですか!?大丈夫ですか!?」
誰かが僕を心配するような声がする。
ここが、天国……か。
……なんか現実に似てるな。というかこの女性は誰だ…?女神か?
そう思い、僕は身体を起こしてその女性の顔に僕の顔を近づけて判断しようとする。
すると、
「きゃぁぁぁ!?」
「ぐはぁっ……!」
僕はその女性に悲鳴とともに平手打ちも食らった。
「痛ってぇ……。」
ということは、まだ現実ということか。と僕は解釈する。
すると、僕を平手打ちした女性が慌てて、
「ご、ごめんなさい…!急に顔を近づけられたもので驚いてしまって……。」
凄く丁寧な言葉遣いの女性だな…。
そう僕は感心しながら、
「……こちらこそ驚かせてすまなかった。……じゃあ僕はこれで——」
僕はそう言い、立ち上がって歩き出すが…
——2、3歩歩いたところでまた僕は倒れた。
「ちょ!?無理しちゃダメですよ……!」
「……大丈夫だ。君に迷惑はかけられないからな。」
そしてまた、僕は立ち上がろうとする。
「……おい、大丈夫と言っただろ」
女性は、僕の肩を持っていた。
「こんな姿を見せられてるこっちの身にもなって下さい!」
この女性は、本当に僕を心配しているようだ。
……仕方ない。
「……わかった。じゃあ近くの公園にでも案内してくれ。そこで今日は野宿するから。」
僕の話に女性はこくんと頷く。
そして、僕は女性に肩を持ってもらいながら歩き出した。
すると、数分してからこう女性が僕に聞いてくる。
「……そういえば、名前を聞いていませんでしたね。貴方のお名前は?」
……この女性は僕を助けてくれたし、別に言ってもいいだろう。
「僕は、「五月雨藍都」。ちなみに年齢は16歳。朝凪高校の1年生だ。」
僕の名前と学校名を聞くと、その女性は驚いた表情をする。
だが、すぐに表情を柔らかく、笑顔にして言う。
「私の名前は、「✕ ✕ 紗綾(✕ ✕ さや)」って言い——
そこで僕の意識は途切れた。
——あれから何時間経ったのだろう。
あの女性の名前をちゃんと聞けなかった、その頃ぐらいから意識が朦朧としていて、ところどころ記憶がない。
だけどこれだけは言える。
「いやここ何処だよ!?」
僕の目が覚めた場所は見知らぬ館の豪華な寝室であった。
見渡せば豪華な装飾、高そうな絵画などが飾られている。
でも僕が何故こんなとこにいるか、なんとなく想像がつく——。
——あの助けてくれた女性の館か。
そう考えると辻褄が合う。
「野宿なんてさせたくない」という、あの女性の温情でだろう。
だがその辻褄が合ったところでだ。
「てか僕はどうしておけばいいんだ……?」
そう。変にこの部屋を抜け出すのは良くなさそうだが、だからといってずっとここに居ておくのもアレだ。
さて、どうしたものか。
と、僕が考えていると……。
「あら、起きたのですね。五月雨さん。」
部屋の扉を開けながら、女性が僕に言う。
あ、僕を助けてくれた女性の人だ。
と、僕は心の中でそう思いながら、
「ああ。さっきは助けてくれてありがとう。」
そう言うと、
「いえいえ。貴方を見ると……放っておけませんでしたので。」
やっぱり、この女性の言葉遣いは令嬢のような、そんな丁寧な言葉遣いだ。
そして、何故か。
見たことのある顔であったことに、僕はここで気づく。
僕はどうしてかわからないが、記憶が途切れていた女性の名前を聞く。
「……申し訳ないが、もう一度君の名前を聞いてもいいか?」
「はい、いいですよ。」
「私の名前は——」
——椛山紗綾です。
……この令嬢、いや、この女子は僕のクラスメイトだった。
いや、椛山紗綾!?
と、僕は心の中で驚く。
椛山紗綾。同じ朝凪高校の1年生。朝凪高校の生徒会長であり、エリート中のエリートである彼女は、椛山財閥の次期社長令嬢でもあるのだ。
そんな人だったのか彼女は……。と僕は自分の人の顔を記憶する能力の無さに情けなくなる。
「……どうかしましたか?」
椛山は、自分の名前を伝えてから固まって動かなくなった僕を不思議そうに見つめる。
「……いや、なんでもない。というか、申し訳ないな。こんな時間に休ませてもらっちゃって。」
談話をしている僕らだが、時刻はもうとっくに深夜の2時を回っていた。
死にかけていたとはいえ、こんな時間に館に押しかけてしまって申し訳ない、と僕は思っていた。
「……もう遅いし、僕はこれで。」
それだけ言って、僕は部屋の扉を開ける。
「……?何処へ行くのですか?」
「ある程度生活ができる……そんな所へ。」
良いのだ。これで。
人に迷惑かけることだけはしたくない。
特に相手が次期社長令嬢の椛山紗綾なら尚更だ。こんな貧乏な庶民が次期社長令嬢と一緒に生活しているなんて噂が流れてしまえば、財閥の信頼も落ちかねない。
だから、これでいい。これで。
「……?貴方、何か勘違いしていませんか?」
「当分、貴方がここで生活できるよう、もう両親に伝えてますから、わたくし。」
「……え?」
んーと……、どういうことだ?
僕の頭が混乱しまくる。
「だから、当分はここで生活していい、そう言っているのです。」
椛山の優しすぎる言葉に、僕は涙が出そうになる。
僕はなんとか涙を堪えて、一応念のため、こう椛山に訊く。
「……良いのか?僕みたいな貧乏な人間が次期社長令嬢と同じ屋根の下、生活しているなんてバレたら大問題じゃないのか?」
「……しかも僕、クラスで「いじめられてる」しな。」
すると、椛山は大きなため息をつきながら、
「はぁ……、貴方、そんなことを気にしていらっしゃるのですか。」
「そんなことって……、かなりの問題じゃないのか?」
「私は……。」
椛山は、そう発してから少し間を置き、
「……貴方が好きだから……私はあの時、助けたのですよ。」
「……!?」
椛山の急な告白に、ど、どういうことだ?と僕は頭の理解が追いつかない。
僕らはまだ会って半日も経っていない。
なのに、どうして。
そんな僕のことを置いてけぼりにするかのように、椛山はさっきの言葉に続けて話す。
「それに……別にいいよ。「藍都なら」。」
「……?なんで今僕のこと名前で——」
「じゃ、じゃあもう私寝ますから!お休みなさい〜!」
何故かわからないが、椛山は焦った様子でそう言い、この部屋を後にしようとする。
「あ、ああ。お休み。」
焦って部屋を出ようとする椛山にそれだけ言って、僕は部屋のベッドの中へ。
……今日はいろいろありすぎたな。疲れたし、もう寝よう。そう僕は思うが…、
『……別にいいよ。『藍都なら』。』
意味深なこの言葉が頭に引っかかり、なかなか眠ることができない。というか、あの椛山からの告白もだが…。
——まるで……昔から、僕のことを知っているかのような。
そんな気がした——。
——部屋を出て、私は自分の寝室へ向かう。
その途中で私は独り、閑散とした廊下で呟く。
「……本当に覚えてないんだね。藍都。」
【次回へ続く】




