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第2話「荷物持ち、頭にアルミホイルを巻く」


 翌朝。


 冒険者ギルドの建物前は、出立前のパーティたちでごった返していた。

 そんな活気ある喧騒の中。俺の周囲半径二メートルだけが、断崖絶壁のようにきれいに割れている。


「……なんだ、そのふざけた格好は」


 俺と距離を取りながら、前衛の剣士が眉間を揉みほぐしていた。

 無理もない。俺の頭部は現在、キラキラと太陽の光を反射して輝いているのだから。


 頭の形に沿ってピッタリと二重に巻かれた【アルミホイル】。

 さらに外観を誤魔化すためにアルミホイルをクシャクシャにしてつばを作り、つば広ぼうし型にしている。


 うん。どう考えてもごまかせてないな。


 完璧なまでの不審者スタイルである。


『似合ってるよご主人様! 完璧な外部遮断空間! これで脳みそチュルチュルされない! イカしているね!』


 肩のあたりで自称アルミの精霊アルミ子ちゃんがのん気に褒めてくれる。

 どうやらアルミ子ちゃんは他の人間には見えていないらしい。ますます幻覚説が濃厚になってきたな。


 というかチュルチュル言うな。絵面がよろしくないだろ。


 周囲の冒険者たちからの「あいつ、ついに頭がおかしくなったのか……?」という視線が若干痛い。


「いや、その。最近ずっと頭痛がひどくて。東の国で流行ってる呪い除けのおまじないらしいです」

「ふざけてるのか? 今すぐ取れ。お前と一緒に歩く俺たちの身にも……」

「やめろ、ガイル」


 剣士を制止したのは、パーティリーダーのレオンだった。

 彼は黄金の髪を揺らしながら、俺のアルミホイル頭を冷ややかな目で見下ろす。


「彼の気の済むようにさせてやれ。荷物さえしっかり運べれば、見た目などどうでもいい。その程度で俺達の名声は汚れたりしない。無駄なことに時間を使うな。」

「……チッ。リーダーがそう言うなら」


 優しい言葉のようで、そこには「お前はただの備品だ」という明確な軽蔑が込められていた。 俺は「すみません」と頭を下げて、巨大な荷物を背負い直す。


「シオン……頭大丈夫?」


 パーティの治癒術師、アーシャが心配そうに声をかけてきた。

 いつも俺を気遣ってくれる、パーティで唯一の良心だ。


 でも頭大丈夫? は別の意味にも聞こえるからやめてくれ。



 俺たちが潜っているのは、中規模の『焦熱の迷宮』。

 その名の通りジリジリと肌を焼く熱気が立ち込める深層への道を、俺たちは警戒しながら進んでいた。


 だが——どうも、様子がおかしい。


「……あ。すまん、今の罠を見落とすところだった」


 先頭を歩くレオンが、足を止めて浅く息を吐いた。


 おかしい。すでに今日だけで三回目だ。

 これまでは歩きながら一瞬で済ませていた『広域索敵』や『魔力検知』の反応が、ひどく遅い。


 なにより、彼の顔色が悪く、表情が少し歪んでいた。


「リーダー、調子悪いんですか?」


 剣士が心配そうに尋ねるが、彼は不快そうに顔をしかめる。


「少し寝不足なだけだ。問題ない。前だけを見ていろ」

「は、はい」


『ぷぷぷっ。こいつがチュルチュルしていたやつだね。』


 アルミ子ちゃんが口の前に手のひらを置いて笑う。

 まさか本当に……このみっともないアルミホイルの効果なのか……?


 いつも頭にへばりついていた、鈍い鉛のような重さ。それが、今日は嘘のように消え去っているのだ。


 俺はアルミホイルぼうしのつばを少し下げた。

 アルミ子ちゃんの言葉を、まだ半信半疑に受け止めている自分がいる。

 こんなシート一枚で何かが変わるなんて、正直にわかには信じがたかった。


「……はぁっ、はぁっ……」


 ダンジョンの熱気とは違う、嫌な汗をかいている男がいた。

 常に先頭を歩き、涼しい顔で索敵と罠解除を行ってきたリーダー、レオンだ。


「レオン! 危ない!」


 アーシャの声で、レオンが弾かれたように飛びのく。

 彼の足元スレスレを、発動したトラップの槍がかすめていった。


「レオン、大丈夫? 顔色がすごく悪いわ。すごく汗もかいてるし……」

「……問題ない。少し寝不足なだけだ。気にするな」


 アーシャが治癒の光を向けようとするが、レオンはそれを手で制した。

 だが両肩で息をしており、足取りも鈍い。

 初歩的な罠を見落としかけるなんて、普段の彼ならあり得ないミスだ。


 レオンの顔が、苦悶に歪む。


 荷物を背負いながら最後尾を歩く俺は、その様子をじっと観察していた。

 俺の頭痛はほとんど消え、逆にレオンが不調に陥っている。


『うーん。魔術師としては4点ってところかな。ちなみに1000点満点中』


 肩の上でクシャクシャと音が鳴る。


 ……まさか。


 俺の中で、一つの仮説が浮かび上がる。


 今まで、ダンジョン内の索敵や危険察知みたいな常時起動型まで……全部俺の領域に丸投げしていたのか?)


 だとすれば辻褄が合う。

 

 俺へのアクセスを遮断されたレオンは今、自前のキャパシティだけで処理を行おうとして、頭脳が絶賛オーバーヒートを起こしているのだ。

 まだ完全には確信しきれないが、俺の中で点と点が繋がり始めていた。



「チッ……面倒なのが出たな」


 開けた大空洞。俺たちの前に現れたのは、凄まじいスピードで壁や天井を跳ね回る、二十匹近い『ブラッドエイプ』の群れだった。

 単体でも厄介な俊敏さを持つ魔物が、連携して襲いかかってくる難敵だ。


「ガイル、下がれ。私が一掃する」


 レオンが一歩前に出る。

 いつものように、彼の十八番である『多重爆撃魔法』の構え。しかも手からでなく、相手のいる座標に魔術を生み出す神業。


「ふう……いくぞ」


 レオンが杖を掲げる。

 しかし——魔法陣の展開が、異常に遅い。


「ぐっ、あぁあっ……!」


 レオンが苦悶の声を漏らし、額を押さえる。

 目に見えて術式がブレていく。魔法陣が明滅し、制御を失った魔力が暴走し始めた。


「レオン!」


 アーシャの悲鳴に似た制止も虚しく。


 魔術は盛大に誤爆した。


 爆風が空気を重く揺らす。

 敵の中心——ではなく、すぐ近くで構えていたガイルのすぐ目の前で。


「ぐわぁぁぁぁっ!?」


 凄まじい爆風に巻き込まれ、ガイルが吹き飛ばされ回転草のように転がる。


 レオンの絶対に味方に当たらない完璧な支援攻撃を完全に信じ切り、防御の構えをしていなかったガイルは、その直撃をもろに受けてしまった。


 壁に激突し、血を吐いてそのまま動かなくなった。


 一瞬で、パーティの陣形が崩壊した。

 ガイルが倒れたことで、ブラッドエイプたちが歓喜の奇声を上げながら、ガラ空きになった後衛へと殺到してくる。


「ひぃっ……!」

「くそっ、なぜだ……! なぜ計算が追いつかない……!?」


 パニックに陥るアーシャと、自身の不調に狼狽えるレオン。


 ……見える。


 ついに、完全に確信した。俺の頭を覆う、不格好な銀色の帽子。

 これは、最高の防壁だ。



 だが、最悪の事態は重なる。


 グルルルルルォォォォォ……ッ!!!


 空気を震わせるような恐ろしい咆哮が響いた。

 現れたのは、漆黒の鱗に覆われた巨大な竜。


「アッシュ・ドラゴン……!? 馬鹿な、こんな中層にいるはずがない!」


 レオンが絶望の声を上げる。本来ならもっと深層をねぐらにしているはずの規格外。


 焦燥に顔を歪めレオンは再び手を掲げた。


「私が……私がいれば、こんなやつ……!」


 再び魔術を構築しようと、無理やり意識を集中させるレオン。


「が、ぁ……」


 ブチッ、と。

 レオンの頭の中で何かが切れる音が、こちらにまで聞こえた気がした。


「あ、あばば……」


 レオンの両鼻から、勢いよく鼻血が噴き出す。そのまま白目を剥き、糸が切れた人形のように、その場にバタリと倒れ伏した。


「レオン! しっかりして!」


 アーシャが駆け寄り、慌てて治癒魔術の光を放とうとする。


 アッシュ・ドラゴンが巨大な顎をゆっくりと開く。

 灼熱のブレスの光が明滅し始めた。狙いは、崩れ落ちたアーシャとレオン、そしてその後方にいる俺。


『ご主人様。魔術の使い方わかる?』


「ああ」


 俺はひどく冷静だった。


 ——ドサッ。


 一瞬の静寂の中、重いリュックが足元に転がる音が響く。

 俺は頭のぼうしの位置を、少しだけカッコよく直し——


「俺の荷物に手出すってなら受けて立つ」


 絶望に染まる空間の中。

 俺はただ一人、巨大な竜の眼前に歩み出た。



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