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第1話「荷物持ち、アルミの精霊と出会う」


 頭が痛い。


 俺はダンジョンの出口に向かって歩きながら、ぼんやりとそう思った。


 ここはダンジョンの出口付近、安全地帯。

 俺たちSランクパーティ『暁の剣』の今日の探索が終わったところだ。


「遅えぞ。早く荷物を下ろせ」


 剣士がすれ違いざま俺の肩を殴りつけ、ため息をつく。

 肩から熱が広がるが、特に感情は湧かない。これが俺のいつもだ。


「ったく。お前の足が遅いせいで、遅れたじゃねえか。魔術もロクに使えない無能はこれだから困る」


「すみません」と短く答えて、背中に背負った巨大な鞄を地面に置いた。


「まあ落ち着けよ」


 パーティリーダーのレオンが、鷹揚に手をあげた。金髪に碧眼。育ちのいい顔をしている。圧倒的なカリスマと、比類なき才能を持つエリート中のエリート。


「彼は演算領域が極端に少ないからな。身体強化もできない以上、こういう形でしか貢献できない。そのへんにしておいてやれよ」


 「な?」と言いながら剣士の肩に手を置く。

 

 庇ってくれているような口ぶり。言い方だけは丁寧な包装紙に包まれている。

 だけど、その目は明確に俺をゴミを見るように見下している。


「……鬱陶しいな」


 レオンが指を弾く。 次の瞬間、俺たちの頭上を飛んでいた魔物が五匹、一斉に首を跳ね飛ばされた。


 座標固定。莫大な演算領域を消費する、規格外の魔術。属性変換、術式構築、座標固定、出力制御。そのどれもが、常人では追いつかないほどの計算処理を要求する。それをリーダーは涼しい顔で連発する。これが最強の証明だった。


「さあ、そろそろ帰るぞ」


 レオンが歩き出し剣士も続く。


「大丈夫? シオン。私、手伝おうか?」


 パーティーメンバーのアーシャが心配そうな瞳で俺の顔を覗いてきた。

 肩で切りそろえられた淡桃の髪がふわりと揺れる。


「おい、アーシャ余計なことをするな」


 剣士が叫ぶと、アーシャは少し悩んで「ごめんね」と言い歩き出した。


 その後ろを俺はフラフラと歩いた。



 ギルドまで戻ってきた。頭が痛い。


「ほら、お前の日当だ。明日はもっと早く動けよ」


 投げ渡された銀貨数枚を受け取る。荷物持ちの相場から半分以上もピンハネされている。知っているけど、言えない。言ったところで、演算領域の小さい無能を雇ってくれるパーティなんて他にないからだ。


 四年前、レオンが声をかけてくれた日のことを思い出す。まあ、誰でもよかったんだろうとは、ずっと思っていた。


「……お疲れ様でした」


 ズキズキと痛む頭を押さえながら、俺は深く頭を下げ、足早にギルドを後にした。


 最近、ずっとそうだ。

 ダンジョンに潜っている間、ずっと熱を出しているような頭痛がする。

 身体強化も使っていないのに。ただ歩いているだけなのに。



 薄暗い四畳半。

 ベッドと小さな机しかない俺の城。


 肩が痛い。腰も痛い。なにより、頭がひどく重い。

 頭の中が締め付けられるようだ。ここ数日は特に酷い。


 腹が鳴る。

 

 頭が痛くても腹は減るようだ。

 机に広げたのは、市場の特売で買ったみそパン。


 そして。


「せめて、お前がまともなスキルだったらなあ」


 みそパンの隣に置いた、銀色に光る薄い金属のシート。金属と言っても価値があるものではない。


 俺のスキル【アルミホイル】によって生み出されたもの。魔力を込めると、空間から薄い金属のシートがペロリと出てくる。以上。これだけ。


 このシートのことを、俺はそのままアルミホイルと呼んでいる。


 剣を生み出すわけでもない。火を放つわけでもない。


 飯の残りを包んで保存するのに少し便利なだけの、圧倒的ゴミスキル。


 無理やりいいところを挙げるなら俺でも使えるということくらいだ。


 成人儀礼で与えられた唯一の力。これのせいで、親にも見放された。


「……食お」


 みそパンに手を伸ばそうとした、その時だった。


 クシャ。


 小さな音がした。


『ご主人様、頭痛い?』


 ……なんだ?


『ねえねえ、聞こえてる? ご主人様!』


 高い、鈴を転がすような声。声の出処を探して、俺は目を丸くした。


 机の上。

 先ほど出したばかりのアルミホイルが、ガサガサとひとりでに動いている。


 端っこが折り紙のようにパタパタと折れ曲がっていく。

 瞬きをした後には、手のひらサイズの銀色に輝く小さな美少女。


 「……は?」


『やったー! やっとお話できたー!』


 アルミホイルの人形? みたいななにか。それが、短い手足をバタバタさせて喜んでいる。動くたびにクシャクシャと音が鳴る。


「……え? どういう事?」

『私はアルミ子! ご主人様のスキルから生まれた精霊だよ!』


 精霊。アルミ子。はは。ついに幻覚まで見えるようになったか。

 情報が多すぎて頭痛が悪化しそうだ。


「なんで突然……今まで喋れなかっただろ」

『私は1,500日経たないと出てこれないんだよ。で、今日がその1,500日目だからね。ぱちぱち~』


 アルミ子と名乗る少女は手をたたきながら、俺の頭をジロジロと見てくる。


『う~ん? ご主人様。見た感じ演算領域を他人に勝手に使われてるね』


 俺は今19歳。確かに1,500日くらいは経ってそうだが。

 

 いや、そんな事はどうでもいい。今なんて言った? 

 

 勝手に使われている?


「……どういうことだ?」


 自然と身を乗り出していた。


『うーんとね。ご主人様の頭の中に、見えないでっかい管が刺さってる感じ?』


 アルミ子は、自分の小さな頭をポンポンと叩く。


『ものすごい太い管。それで、ご主人様の演算領域の、ほぼ100%くらい? ずーっと誰かにチューチュー吸われてる』


『ご主人様の演算領域、海みたいにすごく広い。普通の人間の10,000倍くらい?』


 両手を大きく広げるアルミ子。小さな体でやると、なんか間抜けだ。


「——は?」


『でも、管の先の誰かがそれを全部自分の魔術の計算に使っちゃってる』

『身近に、大魔術とかポンポン撃ってる人いたりしない?』


 魔術発動のプロセス。属性変換、術式構築、座標固定、出力制御。その中で、最も脳に負担がかかるのが、リアルタイムの予測演算を伴う『座標固定』だ。


 心当たりは、ひとつしかなかった。


 ——彼は演算領域が極端に少ないからな。

 ——あの無数の魔物を一瞬でロックオンする、圧倒的な座標固定の力。


 レオン。


 あの男が、俺の演算領域を。俺の才能を。俺の人生を。

 都合の良い部品として搾取していたということか?


 あれは、俺の力だった? 


 俺を無能と嘲笑っていた、あの力すらも。


 視界がぐらりと揺れ、真っ赤に染まりそうになる。

 ギリッ、と奥歯が鳴る音がした。


「……どうすれば、その管を外せる」


 俺の声は、自分でも驚くほど冷たく、這うような響きだった。


『簡単だよ!』


 アルミ子は、銀色に光る体をパタパタと揺らして言う。


『ご主人様のスキル、【アルミホイル】を使うの!』

「これを……?」


 圧倒的ゴミスキルの代名詞。飯を包むだけの、銀色のシート。


『うん! アルミホイルはね、「外部からの不正アクセスや思考盗聴の完全遮断」ができるの!』


 何いってんだコイツ。


「いや、そんな効果があるならなんで、今まで発動しなかったんだ?」


『なんでって』


 アルミ子ちゃんは、本当に不思議そうな顔をして。


『アルミホイルは、頭に巻かないと電波防げないじゃん?』


 …………。


 クシャ。


 アルミ子が動く音が、嫌に大きく聞こえる。


「…………巻く?」

『うん! 頭にしっかり巻いて、クシャッてするの! そしたら完璧に遮断できるよ!』


 アルミホイルを一枚出す。頭に。これを。巻く。

 電波を防ぐため。いや、魔術の不正アクセスを防ぐため。


「…………正気か?」

『大真面目! 巻いてみて! そしたら思考がクリアになるよ!』


 明日も、ダンジョン探索がある。明日は大型ボス討伐だ。


 もし。万が一この話が本当だったとして。もし。明日のダンジョンの中で、俺が頭にアルミホイルを巻いたら。


 リーダーの魔術は、どうなる?


 手の中には、ひんやりとした金属の感触。


「……巻いてみるか」


 薄暗い部屋で、一人ごちる。

 どうせ失うものはない。やるだけ得というやつだ。


 奪われていた分。


 利子をつけて、返してもらおうか。



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