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第4話 13年前の真実

控えの間の灯りは、揺れていなかった。


蝋燭の火は真っ直ぐで、まるでこの部屋の空気が外界と切り離されているみたいだった。

扉の外には近衛がいる。誰も入れない、誰にも聞かれない。


だからこそ、ここで語られる言葉は王家の血肉になる。


アルベルトは椅子に座らなかった。

壁際に立ったまま、ゆっくりと視線を巡らせた。


アリシア。

宰相。

カタリーナ。

そして、クロエ。


クロエを見る目に、ほんの一瞬だけ迷いが混じる。

迷いというより慎重さ。

これからの言葉が、この娘の居場所を決めると分かっているからだ。


アルベルトは低い声で語り始めた。


「まず、事実からだ」


声は落ち着いている。

港で死にかけた男の声ではない。国を支えてきた王の声だ。


「表向き…第二王女クロエは、生後間もなく死亡したことになっている」


アリシアの指先が僅かに強張る。

それは知らないはずの事実だ。

存在しないはずの妹の名が、今ここで確定の音として落ちる。


「だが、それは王家の内々と宰相しか知らぬ」


宰相が静かに頷く。

重い肯定だ。


「公式には、あの時生まれたのは第一王女アリシアのみ。それが、我が国の記録だ」


アリシアが息を飲んだ。


理解が追いつかないのではない。

理解したくない現実が、こちらへ歩いてくる音を聞いてしまったのだ。


アルベルトは言葉を止め、ひと呼吸置いた。


「なぜそうしたか」


視線が、宰相へ一瞬だけ移る。

宰相は沈黙する。王の言葉を補う必要はない。これは王の罪であり、王の責任だ。


「お前たちの生まれた夜のことだ」


カタリーナの肩が僅かに震える。

クロエの背筋も固くなる。

アリシアは動かない。だが目だけが鋭い。


「王宮に賊が侵入した」


アリシアの眉が微かに動く。

知らない。だがあり得る。

アルトフェンは回廊国家で、目が多い。王家の新しい命は、狙われる。


「狙いはお前たちだ。王女姉妹」


姉妹という単語が、アリシアの胸に刺さる。

王宮で自分は一人だと育った。その前提を、言葉が壊してくる。


「賊は音封じの魔法を使った。侍女たちは声を奪われ、応援も呼べなかった」


アルベルトはその時の記憶を、一つずつ引き出すように話す。


「侍女が奮戦した。だが賊は手練れだった…そして」

「銀の髪の赤子、クロエが攫われた」


部屋の空気が重く沈む。


アリシアの喉が鳴った。

言葉が出そうで出ない。

視線が無意識にクロエへ向く。


銀髪の少女がそこにいる。

攫われた赤子が、今ここに。


アルベルトは続ける。


「その夜の騒ぎは、表には出さなかった」


宰相が、ほんの僅かに顎を引く。

国の判断。だが同時に、王家の判断でもある。


「出せば、帝国と連邦に口実を与える。『王都の治安は崩れている』と」

「そして何より…諸侯が動く。王家の弱みを嗅ぎつければ、必ず利を取りに来る」


アルトフェンは小国だ。

地理が強みであるほど、弱みを晒せば喉元に刃が当たる。


「だから我々は真実を隠し、記録を改めた」


アルベルトの声は淡々としていた。

淡々としているからこそ、残酷だった。


「アリシアだけが生まれたことにした」


アリシアの指が震えた。


怒りか。恐れか。

それとも、理解しようとする力が追いつかないだけか。


「…なぜ」


やっとアリシアが声を出した。

短い、掠れている。十三歳の声だ。


アルベルトは即答しない。


少しだけ目を閉じ、開く。


「…守るためだ」


言い訳ではなく、当時の結論として。


「攫われた赤子を取り戻せる可能性は低かった。森へ消えた。追えなかった」

「追えば騒ぎになる。騒げば国が揺れる」

「国が揺れれば、残ったお前の命まで危うくなる」


合理だ。

国王としては正しい。


だが、娘として聞けば冷たい。


アリシアの目が濡れる寸前で止まる。

泣きたくない。泣けば崩れる。

でも、崩れそうだ。


クロエは、息が浅くなるのを感じた。


自分が攫われ、捨てられたことは知っている。

でもそれが、王の口から国の都合として語られると、胸の奥が別の痛みに変わる。


カタリーナが言葉を絞った。


「…私たちは…探したのよ」


声が震えている。


「探した、祈った。でも、見つからなかった…」


続かない。


アルベルトはカタリーナを見た。

責めない目だ。

だが、責任から目を逸らさない目でもある。


「そして十三年。我々は、アリシア一人を王女として国を回した」


アルベルトは最後にクロエを見た。


「…だが今日、港で君を見た。妻が抱きしめるのを見た」

「そして私は…確信に近いものを感じた」


親子の縁。

それを王が口にした瞬間、部屋の温度が少しだけ変わる。


アリシアの視線が、クロエに刺さる。


疑いはまだある。

だがその疑いの奥に、別の感情が芽を出しかけている。


もし本当なら。

もしこの娘が。

もし、私の。


アルベルトの声が、最後に静かに落ちた。


「真実は、この場で決める」


王家の公式をどう塗り替えるか。

第二王女をどう扱うか。

そして、アリシアの十三年をどう救うか。


あの夜の真実は、今ここで次の真実へとつながろうとしていた。


アルベルトは語り終えると、空気を一度、切った。


控えの間には沈黙が落ちる。

アリシアは唇を噛み、カタリーナはクロエを抱いたまま震えている。

クロエは胸の奥が痛い。

十三年前の夜が、王の言葉で国の判断として形を持ってしまったからだ。


宰相だけが、表情を崩さずに立っていた。

崩せない。崩してはいけない。

この場で崩れれば、国の骨格が揺れる。


「宰相」


名を呼ぶだけで、宰相の背筋が僅かに伸びる。


「証の鈴を持て」


宰相の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。

驚きではない。重みの確認だ。


証の鈴。王証。

王家の正統を告げる鈴。


それをここに持ち込むということは。


この場がただの家族の話し合いではなく、国家の確認になるということだ。


宰相は一礼した。


「…御意」


「これで全て分かる」


短い言葉。


だが、その短さが恐ろしい。

鈴が鳴れば、真実は確定する。

鳴らなければ、別の地獄が始まる。


アリシアの目が、宰相の背を追った。


カタリーナの腕の力が、さらに強くなる。

クロエの肩が少しだけ跳ねる。

リュックの中の小さな人形が、かすかに動いた気配がした。


(…また、鳴らすのかい)


クロエは喉の奥で息を殺した。


港での混乱、船の中の禁呪。

そして今、王宮の裏の控えの間。


世界はずっと決定を迫ってくる。


宰相が扉へ向かいかけたところで、アルベルトがもう一言だけ落とした。


「ここで、決める」


それは宰相への命令であり、

アリシアへの宣告であり、

クロエへの逃げ道を閉じる言葉だった。


扉の外で近衛が動く音がする。

宰相が外へ指示を飛ばす気配。


そして控えの間に残された三人、いや四人は、鈴が来るまでの時間を息を潜めて待つことになった。


カタリーナはクロエの耳元に、震える声で囁いた。


「…クロエ」


クロエは答えられない。

答えは鈴が告げる。


アルベルトの目が、揺れないまま前を向いていた。


王として、父として。

この国の公式を、今夜ここで塗り替えるために。

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