第3話 追加確認
基地医療棟の地下フロアは、静かだった。
壁は白く、床は無機質で、
足音だけがやけに響く。
「……こちらです」
案内役の技術士官が、感情のない声で言った。
久遠悠真は、言われるままに歩く。
さっきまでの戦場と違い、
ここでは銃声も警報もない。
それなのに、
胸の奥が落ち着かなかった。
「追加確認って、
具体的には何をするんですか」
「通常の健康チェックです」
即答だった。
説明する気はないらしい。
扉が開き、
検査室に通される。
中央には簡易ベッド。
周囲にはモニターと計測装置。
どれも見慣れたものだった。
――いつも通り。
「横になってください」
悠真は従い、
ベッドに背を預ける。
電極が貼られ、
腕にセンサーが巻かれる。
画面に数値が流れ始めた。
「心拍、正常」
「神経反応、問題なし」
「能力残留値……」
一瞬、
技術士官の指が止まる。
ほんの一瞬だ。
「……?」
「いえ」
悠真が何か言う前に、
士官はすぐに言葉を被せた。
「測定誤差です」
そのまま、検査は続行された。
呼吸。
反射。
簡単な質問。
「お名前は」
「久遠悠真です」
「年齢」
「十九」
「直近の戦闘で、
体調に変化はありましたか」
「……特には」
昨日と同じ答え。
嘘ではない。
だが、
本当でもない気がした。
「コラプサーが撤退した件について、
何か思い当たることは?」
質問は、
思ったより踏み込んできた。
悠真は、少し考える。
思い当たること。
あるか、と言われれば――
(……分からない)
「……ありません」
士官は、何も言わずに頷いた。
記録が更新される音だけが、
室内に響く。
「では、以上です」
あっさりと、検査は終わった。
拘束も、
叱責も、
詰問もない。
――拍子抜けするほど、普通。
「もう、戻っていいんですか」
「はい」
士官は端末を操作しながら答える。
「特異な数値は見られませんでした」
その言葉に、
悠真は小さく息を吐いた。
だが。
「ただ」
士官の声が、
わずかに低くなる。
「今後しばらく、
戦闘ログの提出頻度を上げます」
「……どうしてですか」
「念のため、です」
それ以上の説明はなかった。
検査室を出た後、
悠真は廊下の端で立ち止まった。
壁際のガラス越しに、
別室が見える。
中では、
白衣の人間たちが、
モニターを囲んで何かを話していた。
声は聞こえない。
だが、
一瞬だけ、
画面に映った文字が目に入る。
――《特異個体》。
心臓が、
わずかに跳ねた。
(……俺のこと、だよな)
確信はない。
だが、
他に思い当たるものもない。
その瞬間、
ガラスが自動で曇った。
向こうの様子は、
何も見えなくなる。
偶然か、
意図的か。
判断できない。
できないまま、
悠真は踵を返した。
個室に戻り、
制服を脱ぎ、
ベッドに腰を下ろす。
天井を見上げると、
日和の顔が浮かんだ。
――帰ってくるでしょ。
あの言葉が、
胸に残っている。
(……帰る)
理由はない。
確信もない。
ただ、
そうでなければいけない。
端末が震えた。
今度は、
非通知ではない。
正規の内部メッセージ。
《配置転換通知》
明日付で、
久遠悠真を第七特別部隊に再編入する。
短い文面。
理由は、書かれていない。
悠真は、
画面を見つめたまま動けなかった。
追加確認は、
終わっていなかった。
ただ、
記録が更新されただけだ。
久遠悠真は、
自分が“見られている”という感覚を、
初めてはっきりと自覚していた。




