第41話:輪郭
朝だった。
隠れ家の居間には、
必要な分だけの光が落ちている。
カーテンは半分だけ開いていて、
外の音はほとんど入らない。
簡単な朝食がテーブルに並んでいる。
だが、
誰も手を付けていなかった。
久遠悠真は、
椅子に座ったまま、
カップの縁を指でなぞっていた。
昨日の戦闘が、
まだ終わっていない。
終わったはずなのに、
どこにも片付いていない。
「……」
沈黙に耐えきれず、
久遠が口を開いた。
「昨日のこと」
一拍。
「もう一回、
聞かせてもらえませんか」
声は落ち着いている。
だが、
余裕はない。
全員が、
それを分かっていた。
二階堂皐が、
ゆっくりと端末を閉じる。
説明する体勢ではない。
ただ、
話す準備をしただけだ。
「今回の暴走個体」
皐が言う。
「到着して、
戦闘中に暴走した」
「逃げた部隊員の証言も、
そこは一致してます」
征史が、
小さく息を吐く。
「隊長の命令に逆らって、
前に出たらしい」
「制止された直後だ」
葛城が、
低い声で補足する。
「戻れ、
位置を保て、
そう言われた」
「それを無視して、
突っ込んだ」
霧島が、
淡々と続ける。
「防御の向きも、
位置取りも」
「全部、
前だけだった」
「後ろを見ていない」
久遠は、
その言葉を聞きながら、
昨日の光景を思い返す。
確かに、
止まる気配がなかった。
引く動きも、
ためらいも。
ただ、
前へ。
「経歴も見ました」
皐が続ける。
「元々、
命令されるのを嫌うタイプです」
「独断専行の記録、
複数あります」
「部隊長とも、
何度も衝突してる」
征史が、
苦い顔で息を吐いた。
「……使いづらいやつだ」
「でも、
成果は出してた」
皐は淡々と言う。
「被害も抑えてたし、
成功率も悪くない」
「だから、
問題は先送りにされてた」
葛城が、
腕を組んだ。
「現場で使える限りは、
切られない」
「よくある話だ」
澪は、
少しだけ居心地悪そうに
視線を落としている。
自分が、
比較対象になっていることを
理解している。
「……私の時とは、
違いますよね」
小さく、
澪が言った。
全員の視線が、
一瞬だけ集まる。
「澪は」
征史が、
言葉を選びながら続ける。
「前に出てたけど、
周りを見てた」
「止める判断も、
してた」
澪は、
少し考えてから首を振る。
「……止める、
っていうより」
一拍。
「壊れないように、
したかっただけです」
皐が、
その言葉を拾う。
「今回のは、
違いました」
「壊れることを、
気にしていない」
「というより」
言葉を探す間が、
確かにあった。
「……自分が動かす、
という感覚が強かった」
征史が、
低く呟く。
「自分が正しい、
ってやつか」
「たぶん」
皐は、
はっきり言い切らない。
「怒り、
かもしれない」
「命令されることへの反発、
とも言える」
「でも、
定義はできません」
久遠は、
黙って聞いていた。
途中で、
何度か口を開きかけたが、
結局何も言わなかった。
整理されすぎている。
だが、
そこに自分の感覚が
追いついていない。
「……同じ前提で見てたら、
ズレる」
久遠が、
ぽつりと呟いた。
それは、
少し前に皐が口にした言葉だった。
霧島が、
淡々と続ける。
「止まらなかった」
「引く理由を、
持っていなかった」
久遠は、
ゆっくり息を吐く。
皐は、
小さく息を吐いた。
はぁ、と。
深くも、
荒くもない。
ただ、
区切りを付ける音。
「正直に言うと」
一拍。
「ここまで話す予定は、
ありませんでした」
征史が、
ちらりと妹を見る。
止めない。
任せている視線だった。
「まだ、
仮定の段階です」
皐は淡々と続ける。
「数も足りないし、
条件も揃ってない」
「今言えば、
誤解を生む可能性の方が高い」
一度、
言葉を切る。
誰も、
口を挟まない。
「……でも」
皐は、
久遠を見る。
「この際だから、
私の予想を言います」
征史が、
短く頷いた。
葛城も、
霧島も、
止めない。
澪だけが、
少しだけ背筋を伸ばす。
「聞きたいですか」
問いかけは、
久遠に向けられていた。
逃げ道は、
残っている。
久遠は、
一拍だけ迷った。
だが、
目を逸らさなかった。
「……はい」
短く。
「知りたいです」
皐は、
その返事を聞いてから、
ゆっくりと言った。
「暴走って、
一言で呼ばれてますけど」
一拍。
「中身は、
同じじゃない」
「表に出てくるものが、
違う」
「向きも、
残り方も」
言葉は、
慎重だった。
「澪さんの時は、
外に向いてなかった」
「今回のは、
外しか見ていなかった」
「だから」
一拍。
「同じ状況でも、
同じことは起きない」
久遠は、
それを胸の奥で受け止める。
理解は、
まだできていない。
だが、
分かってしまったことがある。
――自分は、
期待してしまっていた。
同じ形で、
何かが起きると。
それが、
昨日の判断を
鈍らせた。
朝の光が、
少しだけ強くなる。
誰かが、
ようやく食器に手を伸ばした。
話は、
ここで終わった。
答えは、
まだない。
だが、
久遠は確信していた。
次は、
同じ見方ではいられない。
それだけが、
この朝に残ったものだった。




