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REMNANT ――境界に残ったもの  作者: 灰谷 くぐり
第三章:手探り
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第39話 迷い

 隠れ家に戻ったとき、

 空気はすでに落ち着いていた。


 静かすぎるわけでもない。

 張り詰めているわけでもない。


 ただ、

 何かを一段落させた後の温度だった。


 香織が、

 無言でカップを置く。


 誰も礼を言わない。

 それでいい。


 久遠悠真は、

 立ったまま、

 全員の位置を確認するように視線を巡らせた。


 葛城。

 霧島。

 二階堂征史。

 澪。


 全員、

 ここにいる。


 逃げ場はない。


 久遠は、

 一度だけ息を吸った。


「……自分が」


 一拍。


「攻撃を、

 止めてしまいました」


 声は、

 震えていない。


 だが、

 軽くもない。


「澪の時のように」


 言葉を選ぶ。


「なんとかなるんじゃないかと、

 思って」


 そこで止めた。


 理由を並べない。

 正当化もしない。


 沈黙が落ちる。


 最初に口を開いたのは、

 霧島だった。


「……止めた瞬間」


 一拍。


「前線の圧が、

 変わった」


 評価でも、

 非難でもない。


 事実だけ。


 二階堂征史が、

 軽く息を吐く。


「判断としては、

 分かる」


 久遠を見る。


「俺も、

 同じこと考えた」


 少しだけ、

 自嘲気味に。


「“もしかしたら”ってやつ」


 葛城は、

 腕を組んだまま動かない。


「久遠」


 低い声。


「お前の判断が、

 間違いだとは言わん」


 一拍。


「だが、

 現場では危険だ」


 それだけ。


 叱責ではない。

 線引きだ。


 香織が、

 壁にもたれたまま言う。


「期待ってのはね」


 柔らかい声。


「持った瞬間、

 動きが一拍遅れる」


「それが、

 一番怖い」


 久遠は、

 何も返さない。


 返せない。


 澪が、

 小さく息を吸った。


 全員の視線が、

 そちらに向く。


「……私は」


 一拍。


「守りたかっただけです」


 それだけだった。


 久遠を見ない。


 誰かを責めるでもない。


 ただ、

 そこにあった感情を

 そのまま置く。


 二階堂征史が、

 少しだけ肩をすくめる。


「……なあ」


「これ、

 誰か一人の話じゃねえよな」


 誰も否定しない。


 霧島が、

 短く言う。


「……判断は、

 共有されていた」


 葛城が、

 ゆっくり頷く。


「だからこそ、

 責任も分散する」


 一拍。


「だが」


 久遠を見る。


「次も同じ場面が来たら、

 どうする」


 問いだ。


 試すための問いじゃない。


 現実としての問い。


 久遠は、

 少し考えてから答えた。


「……分かりません」


 正直だった。


「止めたい気持ちも、

 あります」


「でも」


 一拍。


「また、

 同じことを考える気がします」


 誰も笑わない。


 誰も責めない。


 それが、

 一番重い。


 香織が、

 静かに言った。


「迷うってことは」


 一拍。


「まだ、

 切り捨ててないってことだよ」


 慰めではない。


 肯定でもない。


 ただの観測。


 澪が、

 小さく頷く。


 久遠は、

 その仕草を見て、

 胸の奥がわずかに重くなる。


 夜が深まる。


 会話は、

 それ以上続かなかった。


 だが、

 何も解決していないことだけは、

 全員が分かっていた。


 その夜、

 久遠は眠れなかった。


 目を閉じると、

 止めた一瞬が浮かぶ。


 期待。

 躊躇。

 判断の遅れ。


 それらが、

 まだ胸の奥に残っている。


 消えない。


 名前も付けられない。


 ただ、

 次に同じ状況が来たとき、

 自分がどう動くのか。


 それだけが、

 分からないままだった。

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