第38話 失敗/初陣
最初の判断で、
すでに遅れていた。
距離は、
取れていた。
陣形も、
崩れていなかった。
それでも、
一瞬の躊躇が
致命的だった。
暴走個体は、
正面に立っている。
人の形。
だが、
人の揺らぎがない。
呼吸が見えない。
重心も、
動かない。
――待っている。
久遠悠真は、
その目を見てしまった。
逸らさない。
逃げない。
自分が正しいと
信じ切っている視線。
澪の時と、
重なった。
「来るぞ」
葛城の声。
踏み込みの合図。
その瞬間。
「……待ってください」
久遠の声が、
前線に割り込んだ。
一拍。
本当に、
それだけだった。
葛城の初動が、
ほんの一瞬、遅れる。
暴走個体は、
それを逃さなかった。
地面が砕ける。
踏み込み。
速い。
一直線。
「下がれ!」
征史の声。
久遠は、
反射的に構えた。
引き受ける。
澪の時と、
同じように。
――来い。
だが。
何も、
来なかった。
痛みも、
熱も、
感情も。
空白。
暴走個体の一撃が、
葛城を吹き飛ばす。
霧島の防御が、
間に合わない。
衝撃が、
防壁ごと叩き割る。
陣形が、
完全に崩れた。
久遠の視界が、
一瞬遅れる。
――間に合わない。
理解した瞬間。
暴走個体が、
久遠へ向きを変える。
狙いが、
はっきりしている。
止めない。
迷わない。
壊す。
「久遠!」
誰かの声。
次の瞬間。
横から、
衝撃が割り込んだ。
金属音。
衝突。
視界が揺さぶられる。
暴走個体が、
強引に弾き飛ばされる。
久遠は、
反射的にそちらを見る。
澪だった。
前に出ている。
本来、
ここにいるはずのない位置。
兵器化した腕が、
完全に展開されている。
装甲が開き、
駆動音が鳴る。
迷いがない。
だが、
余裕もない。
暴走個体が、
即座に体勢を立て直す。
速い。
澪の攻撃を、
真正面から受け止める。
金属が軋む。
澪の身体が、
一歩、押し戻される。
――強い。
その瞬間。
久遠の胸の奥に、
異物が流れ込んだ。
重い。
鋭い。
感情。
言葉にならない。
ただ、
ひとつだけはっきりしている。
離すな。
思考じゃない。
命令でもない。
澪の中にあったものが、
そのまま流れ込んできた。
守る。
壊れても、
前に立つ。
逃がさない。
その感覚が、
久遠の神経を焼く。
「……っ!」
声にならない声が、
喉で止まる。
久遠は、
膝をつきかけた。
代償じゃない。
削れていない。
だが、
重すぎる。
澪が、
力を解放する。
抑えていた出力を、
一段階、上げる。
衝撃波。
建物が、
悲鳴を上げる。
暴走個体が、
地面に叩きつけられる。
それでも、
終わらない。
澪は、
止まらない。
久遠の中で、
まだ“守れ”が鳴っている。
切れない。
遮断できない。
半強制的に、
流れ込んでいる。
澪が、
最後の一撃を叩き込む。
暴走個体が、
動かなくなる。
静寂。
澪は、
その場に立ったまま
息を整える。
兵器化した腕が、
わずかに震えている。
久遠は、
その場から動けなかった。
胸の奥に、
まだ残っている。
澪の感情が。
守りたい。
壊れてもいい。
それだけ。
葛城が、
ゆっくり立ち上がる。
痛みを堪えながら。
久遠を見る。
声を荒げない。
「……いや」
一拍。
「お前の気持ちも、
分かる」
久遠の喉が、
小さく鳴る。
「目の前で、
まだ人に見えたら」
「止めたくなる」
事実だった。
だからこそ、
次の言葉が重い。
「だが」
一拍。
「前線で迷うな」
「迷った瞬間に、
死ぬのは
お前じゃない」
久遠は、
頷けなかった。
澪が、
ゆっくり振り返る。
久遠を見る。
責めない。
ただ、
そこに立っている。
久遠は、
何も言えなかった。
救えなかった。
止められなかった。
それでも。
自分の中に、
確かに残っている。
澪の“守る”が。
それが何なのか、
久遠にはまだ分からない。
分かってしまったら、
きっと遅い。
現場には、
結果だけが残る。
――失敗。
だが、
全滅はしなかった。
その理由を、
誰も口にしなかった。




