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REMNANT ――境界に残ったもの  作者: 灰谷 くぐり
第三章:手探り
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第37話 新規任務/暴走個体

 隠れ家の午後は、

 不自然なほど静かだった。


 誰も黙っているわけじゃない。

 だが、

 音が足りない。


 久遠悠真は、

 窓の外を見ていた。


 風が木を揺らす。

 葉が擦れる。


 それだけ。


 警告音も、

 呼名も、

 確認もない。


 それなのに、

 身体の奥が落ち着かない。


 澪は、

 ソファの端に腰掛けている。


 姿勢は整っている。

 だが、

 完全には緩んでいない。


 いつでも立てる。

 いつでも動ける。


 その癖が、

 まだ抜けていなかった。


 葛城は、

 装備を並べている。


 一つずつ、

 確かめて、

 戻す。


 まだ、

 着けない。


 その“まだ”が、

 この時間を保っている。


 端末の振動が、

 空気を切った。


 短く、

 鋭い。


 葛城が画面を見る。


 一拍。


「……新規だ」


 それだけで、

 全員が理解した。


 二階堂征史が、

 すぐに立ち上がる。


「内容は」


「前線部隊からの緊急通報だ」


 葛城の声は低い。


「現地で指示が下りた直後」


 一拍。


「それを無視して、

 単独で前に出た」


 久遠の眉が、

 わずかに動く。


「……独断?」


「そうだ」


 葛城は続ける。


「下がれ、

 待て、

 位置を保て」


「全部、

 聞かなかったらしい」


 霧島が、

 短く息を吐く。


「……それで」


「戦闘中に、

 そのまま暴走した」


 言葉が、

 静かに落ちる。


「逃げられたのは、

 数名だけだ」


 全滅とは言わない。


 だが、

 それで十分だった。


 征史が、

 耳元の通信を切りながら言う。


「逃げた連中の話だと」


「命令が聞こえなくなったんじゃない」


「聞いて、

 無視した感じだったらしい」


 一拍。


「自分の判断が、

 一番正しいって顔してたって」


 誰も、

 すぐには返さない。


 その沈黙が、

 今回の質を語っていた。


 澪が、

 小さく口を開く。


「……発生してからは」


「長くない」


 葛城が答える。


「暴走したのは、

 ほんの少し前だ」


 久遠の胸の奥で、

 小さな引っかかりが動く。


 ――それなら。


 澪の時も、

 そうだった。


 久遠は、

 無意識に思ってしまう。


 今回も、

 “もしかしたら救えるんじゃないか”。


 口には出さない。


 出せば、

 期待になる。


 葛城は、

 久遠を見ない。


「準備する」


 それだけ言う。


 霧島が、

 壁から身体を離す。


「……判断は、

 接触してからだ」


 それ以上は、

 何も言わない。


「澪は、

 ここで待機だ」


 葛城が続ける。


「今回は、

 同行しない」


 澪は、

 一瞬だけ目を伏せる。


「……承知しました」


 声は落ち着いている。


 だが、

 納得とは違う。


 香織が、

 玄関に立っていた。


 いつの間にか。


「行くんだね」


「行く」


 葛城が答える。


「戻るまで、

 ここは動かさない」


 香織は、

 澪を見る。


「無理は、

 しない」


「……はい」


 扉が開く。


 外の光が、

 一瞬だけ差し込む。


 久遠は、

 その光の中で足を止めかける。


 だが、

 止まらない。


 車両に乗り込む。


 エンジンがかかる。


 隠れ家が、

 音もなく遠ざかる。


 現地は、

 荒れていた。


 工業区画。


 建物は立っている。


 だが、

 内部が壊されている。


 一直線。


 迷いのない破壊。


「……話は、

 本当みたいだな」


 征史が言う。


 床の破壊痕を見て。


「止まる気、

 最初からなかった感じだ」


 久遠は、

 立ち位置につく。


 引き受け役。


 澪の時と、

 同じ位置。


 同じ距離。


 同じ構え。


 それでも、

 胸の奥は違う。


 今回も、

 どこかで思ってしまっている。


 “もしかしたら救えるんじゃないか”。


 その考えは、

 まだ形にならない。


 ただ、

 そこにある。


 重い音が、

 近づいてくる。


 人の形をした影が、

 姿を現す。


 背筋を伸ばし、

 前を見ている。


 退かない。


 止まらない。


 命令も、

 聞かない。


 戦闘が、

 始まる。

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