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REMNANT ――境界に残ったもの  作者: 灰谷 くぐり
第三章:手探り
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第35話 日常/移動

 朝は、

 いつも通りに来た。


 基地の空は、

 曇っているでもなく、

 晴れているでもない。


 整備棟のシャッターが上がり、

 点呼の声が流れ、

 誰かがコーヒーをこぼす。


 何も起きていない朝だ。


 久遠悠真は、

 車両の横で待っていた。


 装備は軽い。

 前線用ではない。


 それだけで、

 今日は戦闘ではないと分かる。


「移動だけだ」


 葛城が言う。


 言い切り。

 余計な説明はない。


「補給と人員整理。

 それと——」


 一拍。


「少し、

 顔を出す」


 どこへ、とは言わない。


 だが、

 全員が分かっている。


 澪のいる場所だ。


 二階堂が、

 後部座席に荷物を放り込む。


「ま、

 たまにはこういうのもいいだろ」


 軽い声。


 いつも通りだ。


 霧島は返事をしない。

 その代わり、

 車両の扉を閉める。


 音が、

 乾いている。


 久遠は、

 最後に乗り込んだ。


 座席に腰を下ろした瞬間、

 身体が少しだけ沈む。


 それだけで、

 今日は“引き受ける日じゃない”と分かる。


 エンジンがかかる。


 基地を出る。


 ゲートが開き、

 閉じる。


 それで、

 外だ。


 車内は静かだった。


 誰も喋らないわけじゃない。

 ただ、

 話す理由がない。


 窓の外に、

 街が流れる。


 復旧途中の建物。

 封鎖された区画。

 人の戻らない道。


 だが、

 今日はそこに止まらない。


 通り過ぎるだけだ。


「なあ」


 二階堂が、

 前を向いたまま言う。


「今日ってさ」


 一拍。


「何も起きないよな」


 葛城は、

 即答しなかった。


 少し間を置いてから、

 短く返す。


「起きない日を、

 選んでる」


 それだけ。


 二階堂は、

 それ以上突っ込まない。


 久遠は、

 窓に映る自分の顔を見る。


 変わっていない。


 目の下の影も、

 呼吸の癖も。


 昨日までと同じだ。


 だから、

 安心する。


 今日は、

 何も起きない。


 車は、

 市街地を抜け、

 郊外へ出る。


 舗装の荒れた道。

 通信の届きにくいエリア。


 それでも、

 危険はない。


 ここは、

 “そういう場所”じゃない。


「到着まで、

 あと二十分」


 霧島が言う。


 淡々と。


「了解」


 葛城が返す。


 そのやり取りだけで、

 十分だった。


 久遠は、

 背もたれに頭を預ける。


 目を閉じる。


 何も見えない。

 何も来ない。


 代償も、

 感情も。


 空っぽだ。


 それが、

 少しだけありがたい。


 車両は、

 緩やかに速度を落とす。


 道の先に、

 目立たない建物が見えてきた。


 隠れ家。


 正式な名称はない。

 地図にも載らない。


 だが、

 確かに存在する場所。


 葛城が言う。


「着いたら、

 今日は休め」


「点検と確認だけだ」


「それ以上は、

 しない」


 誰も異論を出さない。


 それが、

 今日の目的だからだ。


 車が止まる。


 エンジンが切れる。


 扉が開き、

 外の空気が流れ込む。


 久遠は、

 地面に足をつける。


 普通の感触。


 戦場じゃない。


 ここは、

 日常の延長線だ。


 誰も言葉にしないが、

 全員が同じことを思っている。


 ——今日は、

 ただ来ただけだ。


 それでいい。

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