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REMNANT ――境界に残ったもの  作者: 灰谷 くぐり
第一章:制御できなかったもの
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幕間 日和

 病室は、いつも静かだった。


 消毒液の匂い。

 一定のリズムで鳴る心電モニター。

 窓の外では、連邦の街が何事もなかったように動いている。


 久遠日和は、ベッドの上で膝を抱えていた。


 今日は調子がいい。

 少なくとも、呼吸は苦しくない。


「……またニュース、見ちゃった」


 枕元の端末を、そっと伏せる。


 画面には、

 《市街地における能力災害発生。人的被害なし》

 という短い見出し。


 “人的被害なし”。


 その言葉を、日和は何度も見てきた。


 誰も死んでいない。

 誰も怪我をしていない。


 でも、

 それが本当かどうかは、

 分からない。


「……お兄ちゃん」


 小さく名前を呼ぶ。


 返事はない。

 ここにいないのだから、当たり前だ。


 兄は、能力者だ。

 それも、前線に出るタイプの。


 何度も説明された。

 国のため。

 社会のため。

 必要な仕事。


 日和は、それを否定したことはない。


 兄がそうしているから、

 自分はここにいられるのだと、

 どこかで分かっているから。


 点滴のチューブを、そっと指でなぞる。


 自分の身体は、

 能力に“耐えられない”。


 医師はそう言った。


 遺伝子レベルで、

 能力への拒否反応が起きているらしい。


 能力者になれない代わりに、

 普通の生活も送れない。


 皮肉だな、と思う。


 兄は削られ続け、

 自分は最初から、足りない。


「……それでもさ」


 日和は、誰にともなく呟いた。


「お兄ちゃんは、

 帰ってくるでしょ」


 理由はない。

 根拠もない。


 ただ、

 そう信じていないと、

 怖かった。


 端末が、震える。


 着信。

 表示された名前に、日和の顔が明るくなった。


「……あ」


 通話を開く。


『日和?』


 聞き慣れた声。

 少し疲れているけれど、

 間違いなく兄の声だった。


「お兄ちゃん。

 今日、ニュース出てたよ」


『……ああ』


「大丈夫だった?」


『うん。

 いつも通り』


 いつも通り、という言葉に、

 日和は少しだけ笑った。


「そっか。

 じゃあ、よかった」


 それ以上、聞かない。

 戦場のことも、

 怪我のことも。


 聞いてしまったら、

 何かが壊れそうだから。


「ねえ」


『ん?』


「……無理、してない?」


 一瞬だけ、間が空いた。


 ほんの一瞬。


『してないよ』


 即答だった。


 日和は、

 その答えを信じることにした。


「そっか。

 じゃあ、早く帰ってきてね」


『ああ』


 通話が切れる。


 静かな病室に、

 またモニターの音だけが残った。


 日和は、天井を見上げる。


 兄が帰ってくる。

 それが当たり前だと、

 思っていたい。


 それが、

 この世界で唯一、

 日和が選べる“希望”だった。

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