第30話:基地帰還
基地は、
変わらずそこにあった。
白い壁。
均一な照明。
反響する足音。
戦場の埃も、
血の匂いも、
ここには届かない。
「第七特別部隊、
帰還を確認」
受付の職員は、
端末から目を離さない。
顔も、
名前も、
記号として処理される。
「提出ログは?」
「後ほど」
葛城が短く答える。
「医療チェックを
優先してください」
「了解」
それだけで、
流れは次に進む。
引き止めも、
詮索もない。
それが、
正常な運用だった。
「……相変わらず
あっさりしてんな」
二階堂が、小声で言う。
「余計な感情を
挟まないのが原則だ」
霧島が答える。
「原則って便利だよな」
「破られなければな」
軽口は、
誰にも止められなかった。
医療区画は、
無機質だった。
区切られたベッド。
白衣の検査官。
最低限の会話。
「自覚症状は?」
「ありません」
「能力反応の
異常は?」
「なし」
質問は定型。
回答も定型。
久遠の番になる。
センサーが、
腕に巻かれる。
「……代償反応値、
規定内」
検査官は、
端末を見て言った。
「今回も
過負荷は確認されません」
“今回も”。
その言葉に、
誰も反応しなかった。
反応する理由が、
用意されていない。
検査終了後、
一同はブリーフィングルームへ通される。
扉が閉まり、
外の音が遮断された。
本部職員が一人、
前に立つ。
年齢も、
階級も、
よく分からない。
「第七特別部隊」
名を呼ばれるだけで、
場が締まる。
「今回の任務は、
規定通り完了と判断される」
端末を操作しながら、
淡々と続ける。
「対象コラプサーは、
交戦により完全消滅」
「市街被害は
想定範囲内」
一拍。
「人的被害は――」
さらに一拍。
「該当なし」
その言葉が、
静かに落ちた。
誰も、
顔色を変えない。
変える必要が、
ないからだ。
「戦闘ログに
不審点は認められない」
「よって、
本任務は正式に終了とする」
それで終わりだった。
質疑応答も、
補足説明もない。
職員が退出し、
部屋には第七だけが残る。
数秒、
沈黙。
「……終わったな」
二階堂が、
ようやく言った。
「表向きは」
葛城が答える。
「ログ、
通ったな」
「通らなければ、
ここにはいない」
霧島の声は、
いつもと同じだ。
久遠は、
机の上の端末を見ていた。
表示されているのは、
簡潔な公式記録。
数字は整い、
文言も規定通り。
違和感は、
どこにもない。
――ないはずだった。
「……久遠」
葛城が、
声を落とす。
「何か気づいたか」
久遠は、
少し考えてから首を振った。
「いいえ」
それは、
嘘ではない。
だが、
真実でもなかった。
気づいた、というほど
明確なものではない。
ただ、
何かが静かすぎる。
「何も起きてない時ほど、
嫌な予感はするよな」
二階堂が、
冗談めかして言う。
「縁起でもない」
「経験談」
「信用できない」
会話は、
そこで終わった。
誰も、
それ以上踏み込まない。
踏み込めば、
足元が揺らぐと
分かっているからだ。
解散が告げられる。
廊下に出ると、
基地の日常が戻ってきた。
人が行き交い、
命令が飛び、
時間が流れている。
何も、
変わっていない。
――公式には。
久遠は、
一瞬だけ立ち止まった。
胸の奥に、
小さな引っかかりが残っている。
だが、
それは言葉にならない。
だから、
誰にも言わなかった。
今はまだ。
基地は、
彼らを受け入れた。
何事もなかったかのように。
その“何事もなかった”という事実こそが、
すでに歪みであることを。
誰も、
口にしないまま。




