表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REMNANT ――境界に残ったもの  作者: 灰谷 くぐり
第二章:共有された罪
33/46

第28話:夜更けに残るもの

 夜は、

 思ったより冷えていた。


 隠れ家の灯りは落とされ、

 廊下の奥だけが、

 最低限の明るさを保っている。


 久遠は、

 水を取りに来ただけだった。


 それだけのはずなのに、

 縁側の方に人影を見つけて、

 足を止める。


 澪だった。


 背筋を伸ばし、

 縁側に腰を下ろしている。


 戦場にいた時と、

 ほとんど変わらない姿勢。


 こちらに気づいているはずなのに、

 振り返らない。


 久遠は、

 一歩だけ近づいた。


「……眠れない?」


「はい」


 即答。


「ですが、

 問題はありません」


「そうか」


 それ以上、

 無理に言葉を続けない。


 夜の空気が、

 二人の間を流れる。


 遠くで、

 風が木を揺らす音。


「……ここ」


 澪が言った。


「妙な場所ですね」


「妙?」


「安全だとは、

 思えません」


「でも」


 一拍。


「危険だとも、

 感じません」


 久遠は、

 小さく頷いた。


「分かる気がする」


 澪は、

 その返事に

 わずかに首を傾げる。


「……同じですか」


「ああ」


 それだけ答える。


 澪は、

 膝の上で指を組む。


「……あの時のことを」


「考えています」


 久遠は、

 否定も促しもしない。


「私が、

 完全に意識を失ったのは」


「本当に、

 一瞬だけでした」


「それ以降は」


 一拍。


「……断片です」


「音」


「揺れ」


「壊れる感覚」


 声は淡々としている。


 だが、

 抑えているだけだと分かる。


「普通なら」


「そこで、

 終わるはずでした」


「……でも」


 澪は、

 言葉を探すように

 一度視線を落とす。


「続かなかったんです」


 久遠の視線が、

 わずかに揺れる。


「壊れ続けるはずの感覚が」


「途中で、

 切れた」


 理由を、

 求めていない言い方だった。


 久遠は、

 すぐに答えなかった。


「……それは」


 ようやく、

 短く言う。


「普通じゃないな」


「ええ」


 澪は頷く。


「だから」


「私は、

 戻ったとは思っていません」


「ただ」


「止まっただけです」


 久遠は、

 その表現を

 胸の中で反芻する。


「……止まるのも」


「簡単じゃない」


「分かっています」


 澪は、

 即座に返した。


「だから」


 一拍。


「……少し、怖いです」


「何が?」


「また、

 動き出してしまうことが」


 久遠は、

 その言葉を否定しなかった。


「……怖いなら」


「怖いままで、

 いい」


「今、

 答えを出さなくていい」


 澪は、

 ゆっくりと久遠を見る。


「……命令ですか」


「違う」


「……そういう意味ですか」


「違うな」


 澪は、

 少し考える。


「……では」


「今は」


「判断しないことを、

 選びます」


「それでいい」


 久遠は、

 そう言った。


 澪は、

 立ち上がる。


「……ありがとうございました」


「礼を言われるようなことは、

 してない」


「分かっています」


 それでも、

 言った。


 澪は、

 中へ戻る前に

 一度だけ立ち止まる。


「……久遠」


「ここは」


「考えなくていい場所だと、

 思えました」


 それだけ言って、

 澪は行った。


 久遠は、

 縁側に残る。


 能力の意味も、

 起きたことの理由も、

 何一つ分かっていない。


 ただ。


 壊れ続けるはずだった何かが、

 途中で切れた。


 その“欠けた感覚”だけが、

 胸の奥に残っている。


 夜は、

 まだ深い。


 答えを出さないままでも、

 立っていられる時間が、

 確かに存在していた。


 それで、

 今は十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ