第27話:夜更けの隠れ家
隠れ家の居間は、
妙に生活感があった。
古いソファ。
傷のついたテーブル。
壁際に積まれた予備の毛布。
戦場帰りの人間が集まるには、
不思議と“普通”すぎる空間だった。
「……なあ」
二階堂が、
ソファに深く腰を沈めたまま言った。
「この家」
「変に落ち着くよな」
一瞬、
誰も反応しなかった。
その沈黙を、
朝霧香織が切る。
「それはね」
キッチンから顔だけ出す。
「“安全だ”って
思い込ませる要素が
多すぎるから」
「なにそれ怖」
「怖くない」
「照明が明るい」
「匂いが普通」
「人の生活音がある」
指を折りながら続ける。
「戦場慣れした連中ほど、
こういう場所で
気が抜ける」
「つまり?」
二階堂が首を傾げる。
「つまり、
あんたが油断して
うるさくなる」
「俺のせい!?」
「半分はね」
「残り半分は?」
「全員」
葛城が、
小さく息を吐いた。
「……確かに」
「ここは、
緊張を解く前提の場所だ」
「だろ?」
香織はマグカップを置く。
「だから」
「静かすぎてもダメ」
「張り詰めすぎてもダメ」
「適度に、
くだらないのが一番」
二階堂が、
ニヤッと笑った。
「じゃあ俺、
適任じゃん」
「自覚あるなら
一段階抑えなさい」
「厳しっ」
「妹、どう思う?」
二階堂妹は、
端末から目を離さず言う。
「……音量が
上がり始めてる」
「もう!?」
そのやり取りを、
澪は静かに見ていた。
背筋は伸びている。
だが、
視線は部屋を一周している。
「……質問しても
よろしいでしょうか」
香織が振り向く。
「どうぞ、軍人さん」
「ここは」
一拍。
「警戒を
どの程度まで
落としていい場所ですか」
二階堂が、
思わず吹き出す。
「真面目!」
「……?」
「いや悪くない」
香織は、
少し考えてから答えた。
「“何か起きたら
すぐ立てる”くらい」
「完全に休む場所じゃない」
「でも」
「構え続ける場所でもない」
「……中間、ですね」
「そう」
澪は、
その言葉を噛みしめる。
「了解しました」
そう言ってから、
少しだけ姿勢を崩した。
ほんの数センチ。
だが確実に。
二階堂が、
それを見逃さない。
「お、今の見た?」
「澪さん、
だらけた」
「だらけていません」
即答。
「警戒レベルを
調整しただけです」
「それを
だらけたって言うんだよ」
「……定義が
曖昧です」
「生活って
だいたい曖昧」
香織が肩をすくめる。
「そこに
正解求めると
疲れるわよ」
澪は、
一瞬だけ考え込む。
「……では」
「疲れた場合は、
どうすれば」
「寝る」
二階堂が即答。
「食べる」
香織。
「喋らない」
霧島。
三方向からの答えに、
澪の思考が止まる。
「……すべて、
同時に実行する
必要は?」
「ない」
久遠が、
短く言った。
「一つでいい」
「……そういう意味ですか」
「そういう意味」
澪は、
小さく頷いた。
まだ全部は理解していない。
だが。
ここでは、
理解できなくても
問題にならない。
その事実が、
澪の表情を
わずかに緩めていた。
二階堂は、
その変化を見て、
満足そうに言う。
「よし」
「この家、
ちゃんと機能してるな」
「……何の話だ」
葛城が呟く。
「詰所だよ」
「生き残り用の」
香織は、
マグカップを持ち上げた。
「今日はそれで十分」
夜は、
まだ始まったばかりだった。




