表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REMNANT ――境界に残ったもの  作者: 灰谷 くぐり
第一章:制御できなかったもの
3/46

第2話 戦後処理

 コラプサーが撤退してから、三十分後。


 瓦礫の市街地は、すでに「処理中」の現場になっていた。

 無人ドローンが空を巡回し、

 回収班が倒壊した建物の内部を淡々と調べていく。


 血の跡は、すぐに消される。


 久遠悠真は、歩道の端に立たされたまま、

 ぼんやりとその光景を眺めていた。


「……おい、久遠」


 声をかけてきたのは真壁だった。

 戦闘時とは違い、肩で大きく息をしている。


「無事か?」


「……はい」


 無事、という言葉に少し引っかかりながら、

 悠真は短く答えた。


 身体に異常はない。

 倒れてもいない。

 意識もはっきりしている。


 それを無事と言うなら、

 たしかに無事だった。


「水城は?」


「……記憶が一つ、抜けたみたいだ」


 真壁が顎で示す先で、

 水城が回収班の医療スタッフと話している。


「自分の部屋の配置が分からないってさ。

 前にもあっただろ」


「……」


「ま、命が残っただけマシだ」


 そう言って、真壁は軽く笑った。


 冗談のつもりなのだろう。

 悠真も、それは分かっている。


 それでも、胸の奥が少しだけ重くなった。


 ――また、削られた。


 水城が失った記憶は、

 もう戻らない。


 その分を引き受けた感覚は、

 悠真の中にも、確かに残っている。


 だが、それを口に出すことはない。


「久遠」


 今度は、別の声。


 指揮官の代理を務める中尉が、

 タブレットを片手に近づいてくる。


「報告書に必要だ。

 戦闘中、何か異常はなかったか?」


 悠真は一瞬、言葉に詰まった。


 異常。

 あったか、と聞かれれば――


(……分からない)


「……特には」


 考えた末、そう答えた。


 中尉は一度だけ悠真の顔を見て、

 すぐに視線をタブレットへ戻す。


「そうか。

 コラプサーの撤退は、戦況の変化によるものと判断する」


 それで終わりだった。


 理由を掘り下げることも、

 悠真に追加の質問をすることもない。


 ――そういう扱いだ。


 彼は、

 「原因」ではなく

 「環境」として見られている。


 報告が終わると、

 隊は解散となった。


「じゃ、戻るか」


 真壁が言い、

 水城が少しふらつきながら頷く。


「久遠、今日はもう下がっていいぞ」


「……はい」


 それだけだ。


 誰も、

 コラプサーがなぜ退いたのかを、

 本気で気にしていない。


 それが、

 この国の戦後処理だった。


 基地へ戻る輸送車の中で、

 悠真は窓の外を眺めていた。


 瓦礫の向こうに、

 普通の街並みが続いている。


 子どもを連れた親。

 買い物袋を提げた老人。


 少し前まで、

 そこが戦場だったことを、

 誰も知らない。


「……なあ、久遠」


 向かいの席から、

 水城が声をかけてきた。


「さっきの戦闘さ。

 あんた、何かした?」


 悠真は、ゆっくりと首を振った。


「……してない」


「だよな」


 水城は、それ以上追及しなかった。


「私さ、

 ああいうの、嫌いなんだよ」


「……?」


「理由が分からないの」


 水城は、自分のこめかみを指で叩く。


「忘れるのも、削れるのも、

 まあ慣れたけどさ。

 理由が分からないのは、気持ち悪い」


 その言葉に、

 悠真は、ほんの一瞬だけ息を止めた。


 同じ感覚だ。


 だが、言葉にはしなかった。


「……ま、上が考えてくれるんでしょ」


 水城はそう言って、肩をすくめた。

 それ以上、気にするつもりはないらしい。


 ――考えない方が、楽だから。


 悠真は、

 その気持ちが痛いほど分かった。


 夜。


 基地の個室で、

 悠真はベッドに腰掛けていた。


 照明を落とし、

 静かな空間で、自分の呼吸を確かめる。


 身体は、まだ動く。

 意識も、はっきりしている。


 それなのに。


 さっきの戦闘で感じた違和感が、

 まだ胸の奥に残っている。


 自分が何をしたのか、

 何も分かっていない。


 それでも、

 何かが確実に起きた。


 悠真は、

 それ以上考えるのをやめようとした。


 だが、

 ふと視界の端に、

 通信端末のランプが点灯する。


 非通知。

 内部回線。


 嫌な予感がした。


 通話を開くと、

 低く抑えた声が流れ出る。


『久遠悠真。

 本日の戦闘データについて、

 追加確認を行う』


 悠真は、端末を握りしめた。


 ――考えなくていい、はずだった。


 そう思っていたのに。


 境界は、

 すでに静かに近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ