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REMNANT ――境界に残ったもの  作者: 灰谷 くぐり
第二章:共有された罪
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第24話:名乗り

 意識が戻ったとき、

 最初に分かったのは――

 静かすぎるということだった。


 耳鳴りもない。

 警告音もない。


 戦場にいたはずなのに、

 その余韻すら、

 丁寧に削り取られている。


 澪は、

 ゆっくりと目を開けた。


 視界に映るのは、

 簡易照明と金属製の天井。


 輸送用の車両。

 それだけで、

 自分が「回収された」ことを理解する。


 身体を動かそうとして、

 止めた。


 先に、

 自分の腕が視界に入ったからだ。


 人の形をしていない。


 皮膚の下に走る装甲。

 骨格と融合した兵器構造。


 足も同じだった。


 それを見ても、

 澪は叫ばなかった。


 驚きもしない。


 ――知っていた。


 あそこまで使えば、

 戻れないことくらい。


「……起きているな」


 低い声が、

 車内に落ちる。


 澪は、

 そちらへ視線を向けた。


 数人の人影。


 全員、

 武装は解いているが、

 一切緊張を緩めていない。


 第七特別部隊。


 まだ、

 戦闘の延長線上にいる顔だ。


「話せるか」


 命令ではない。

 確認。


 澪は、

 一度だけ頷いた。


「……はい」


 声は、

 思ったよりも落ち着いていた。


 それが、

 この場の空気を

 かえって張りつめさせる。


「名前を」


 事務的な声。


 澪は、

 一瞬だけ間を置いた。


 それから、

 久遠の方を見る。


 視線が合った瞬間、

 久遠の胸の奥が、

 微かに軋んだ。


 ――また、

 触れた。


 だが今回は、

 感情は流れ込んでこない。


 距離を確かめるような、

 接触だけ。


「……灰原 澪です」


 静かな声。


「連邦防衛軍、

 第三方面隊所属でした」


 過去形。


 それだけで、

 何が起きたかは伝わる。


「任務中、

 能力の限界を超えました」


 淡々と続ける。


「市街地防衛でした」


「……部隊は」


 葛城が、

 言葉を選びながら聞く。


「……私以外、

 戻っていません」


 断定。


 感情は、

 そこに乗っていない。


「市民は?」


「全員、

 逃がしました」


 即答だった。


 そこだけは、

 一切迷わない。


 澪は、

 一度だけ目を閉じる。


「……私は、

 そこで終わるつもりでした」


 誰かに理解してほしい

 言い方じゃない。


 事実として、

 そうだったという言葉。


 久遠の喉が、

 わずかに詰まる。


 ――終わるつもりだった。


 澪は、

 目を開ける。


 視線は、

 久遠に向けられていた。


 責めるようでも、

 問いかけるようでもない。


 ただ、

 距離を測る目。


「……でも」


 小さく息を吐く。


「あなたは、

 止まらなかった」


 理由は言わない。


 感情も、

 言葉にしない。


 久遠は、

 すぐに返せなかった。


 あの瞬間。


 本来、

 引き受けるのは

 代償だけのはずだった。


 なのに。


 流れ込んできたのは、

 澪の感情だった。


 恐怖。

 後悔。

 判断の遅れ。


 守れなかった部下たち。


 それが、

 濁流のように流れ込んできた。


「……一つだけ」


 久遠が、

 ようやく口を開いた。


 全員の視線が、

 集まる。


「今回の共鳴は、

 いつもと違う」


「本来は、

 能力を使った人間の

 “代償”が来る」


「痛覚とか、

 神経とか、

 寿命とか」


 一拍。


「……今回は、

 それじゃなかった」


「代償の前に、

 感情が来た」


 車内が、

 一瞬静まり返る。


「恐怖も、

 後悔も」


「人が、

 壊れる直前に

 考えてたこと全部」


「それが、

 そのまま流れ込んできた」


 誰も、

 すぐに言葉を返せなかった。


 その沈黙を破ったのは、

 後方の席だった。


「……それ、

 ログに残したら」


 二階堂の妹が、

 端末を見たまま言う。


「再現されます」


 断定だった。


「感情の流入が

 偶発じゃないと判断されたら」


「研究対象です」


「実験、

 繰り返されます」


 ――だから。


「私が、

 データを改ざんする」


 はっきりとした宣言。


「戦闘はあった」


「コラプサーは自壊した」


「共鳴事故は記録する」


「でも――

 感情の流入は消す」


 指が、

 止まらない。


「数値も、

 映像も、

 判断ログも」


「全部、

 “代償過多による誤作動”にする」


 葛城が、

 低く息を吐いた。


「……一線を越えるぞ」


「分かってます」


 妹は即答した。


「でも、

 戻したら終わる」


 久遠を見る。


「彼も」


 澪を見る。


「彼女も」


「まとめて、

 扱われる」


 二階堂が、

 肩をすくめる。


「妹の判断だ」


「俺も、

 反対しない」


 澪は、

 その会話を

 静かに聞いていた。


「……それなら」


 小さく息を吸う。


「私は、

 何も言いません」


 久遠は、

 思わず澪を見る。


「……どうして」


 澪は、

 一瞬だけ言葉に詰まった。


 視線が、

 わずかに揺れる。


「……まだ」


 一拍。


「それを、

 説明できるほど

 整理できてないから」


 それだけ言って、

 視線を逸らした。


 車両が、

 再び走り出す。


 この瞬間。


 第七特別部隊は、

 国家に対して

 一つの嘘を確定させた。


 正義ではない。


 だが、

 まだ罪とも呼べない。


 境界は、

 確実に、

 別の形へと踏み出していた。

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