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REMNANT ――境界に残ったもの  作者: 灰谷 くぐり
第二章:共有された罪
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第23話:回帰

 戦闘終了から、

 どれくらい時間が経ったのか。


 久遠には、

 正確な感覚がなかった。


 瓦礫の匂い。

 焼け焦げた空気。

 能力残滓の、

 薄く残る刺激。


 それらが、

 胸の奥に沈殿したまま、

 抜けていかない。


「……完全停止、確認」


 霧島の声が、

 静かに響く。


「再起動兆候なし。

 能力反応、ゼロです」


「止まっただけだ」


 葛城が言った。


「死んだとは限らん。

 警戒を維持しろ」


 誰も異論はない。


 それが、

 第七特別部隊の常識だった。


 瓦礫の中心。


 砕けた外殻の下に、

 全身変異した個体が横たわっている。


 完全なコラプサー。


 ――の、はずだった。


 久遠だけが、

 わずかに視線を落としていた。


 胸の奥が、

 静かすぎる。


 代償の痛みは、

 もう処理されている。


 それなのに。


 何かが、

 まだ残っている。


 それは、

 久遠自身の感情ではない。


 他人のものだ。


 しかも、

 ひとつじゃない。


 守ろうとした焦り。

 判断が遅れた後悔。

 部下を失った瞬間の空白。

 自分が壊れたと理解したときの、

 冷たい諦め。


 それらが、

 混ざり合ったまま、

 胸の奥を満たしている。


「……なあ」


 すぐ隣で、

 二階堂の声がした。


 低く、

 いつもより抑えた声。


「さっきのお前さ」


 一拍。


「どうしたんだよ」


 久遠は、

 すぐに顔を上げられなかった。


「……何がだ」


「いや」


 二階堂は、

 軽く肩をすくめる。


「別に、

 責めてるわけじゃない」


 瓦礫の方を、

 一瞬だけ見る。


「なんか、

 引っ張られてたろ」


 言い切らない。


 断定しない。


 それが、

 二階堂なりの踏み込み方だった。


 久遠は、

 しばらく黙ってから答えた。


「……分からない」


 嘘じゃない。


「ただ……」


 言葉を探す。


「代償とは、

 違った」


 二階堂は、

 それ以上聞かなかった。


「……そっか」


 短く言って、

 それで終わりにする。


 無理に踏み込まない。


 それが、

 今まで一緒に前線に立ってきた

 距離感だった。


 そのとき。


 音もなく、

 外殻が崩れ始めた。


「……?」


 誰かが、

 息を呑む。


 装甲片が、

 砂のように崩れ落ちる。


 能力残滓が、

 霧のように薄れていく。


「消失……?」


「違う」


 霧島が即座に言う。


「能力構造が、

 内側から解体されています」


 異形だった輪郭が、

 ゆっくりと変わっていく。


 人の形へ。


 久遠は、

 それを見ながら確信していた。


(……終わろうとしたんだ)


 壊れきる前に。

 誰かを巻き込む前に。


 だから、

 自分を壊した。


 長い髪が、

 瓦礫の上に広がる。


 煤と血に汚れた、

 人の髪。


 人の背中。

 人の首筋。


 ただし。


 両腕と両脚だけは、

 人ではなかった。


 外骨格と内骨格が融合した、

 明確な戦闘用構造。


 ――人に戻りきれなかった部分。


 少女の指が、

 かすかに動く。


「――構えろ」


 葛城の声。


 全員が反射的に武器を向ける。


 だが、

 少女は立ち上がらない。


 ゆっくりと、

 目を開いた。


 焦点が合うまで、

 少し時間がかかる。


 瓦礫を見る。

 武器を見る。


 そして。


 久遠を見る。


 その視線に、

 怒りはなかった。


 恐怖もない。


 ――理解してしまった目。


「……あなた」


 掠れた声。


「どうして……

 止めたの」


 責める響きはない。


 問いだ。


 そして、

 答えを分かっている問い。


 久遠は、

 言葉を探した。


 だが、

 見つからない。


「私は……」


 少女は、

 ゆっくりと息を吸う。


「終わるつもりだった」


 淡々とした口調。


 感情を抑えた、

 現場指揮官の声。


「市民は、

 逃がせた」


「それで、

 十分だった」


 久遠の胸が、

 静かに痛んだ。


 ――同じ判断だ。


 自分も、

 何度もそうしてきた。


「でも……」


 少女の声が、

 ほんの少しだけ揺れる。


「部下は」


 一拍。


「私が、

 殺した」


 言い訳はない。


 否定もない。


 それが、

 彼女なりの結論だった。


「だから……」


 視線が、

 久遠に戻る。


「壊れきる前に、

 終わらせた」


「それが、

 最後にできることだと

 思った」


 沈黙。


 久遠は、

 ようやく理解した。


 自分が触れてしまったのは、

 後悔でも怒りでもない。


 覚悟だ。


「……止めたつもりは、

 ありません」


 声が、

 わずかに震える。


「でも……

 引き受けてしまった」


 少女は、

 目を閉じた。


 否定しない。


 怒らない。


 それが、

 一番重かった。


「……分かってる」


 小さな声。


「だから、

 あなたを責めてない」


 視線が、

 再び久遠を見る。


「ただ……」


 一拍。


「私が、

 終われなかった理由が

 あなたなら」


「私は、

 ここにいる意味を

 考えなきゃいけない」


 久遠の胸が、

 強く締めつけられた。


 救っていない。

 守っていない。


 ただ、

 終わらせなかった。


 それだけで、

 新しい責任が生まれてしまった。


 境界は、

 すでに越えられている。


 そして今、

 久遠悠真は理解していた。


 自分は――

 人を救う力ではなく、

 終わりを奪う力を

 持っているのかもしれない。

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