第19話 出撃前・車内
輸送車の中は、
妙なほど静かだった。
エンジン音。
路面を踏む振動。
遮光パネルの向こうを、
朝の色がゆっくりと流れていく。
出撃前としては、
出来すぎている。
「……今回は」
二階堂が、
シートに深く身体を沈めたまま言った。
「変ですね」
「何がだ」
前方席から、
葛城が短く返す。
「嫌な感じが、
まだ仕事してない」
「それは油断だ」
「分かってます」
二階堂は笑う。
「でも、
こういう時って」
「後でまとめて来るんですよ」
「……経験談か」
霧島が、
端末から目を離さずに言う。
「はい。
だいたい痛い目見るやつです」
軽口。
だが、
誰も完全には流していない。
皐は、
黙って目を閉じていた。
呼吸は落ち着いている。
だが――
久遠は気づいた。
吸うタイミングが、
わずかに遅れる。
ほんの一拍。
意識しなければ、
見逃す程度の変化。
「……皐?」
二階堂が、
軽い調子で声をかける。
「もう入った?」
「……まだです」
即答。
だが、
続けて言葉が出ない。
「……ただ」
皐は、
一拍置いてから続けた。
「境界が、
妙に静かです」
車内の空気が、
一瞬だけ張った。
「静か?」
葛城が聞き返す。
「はい」
皐は、
目を閉じたまま言葉を探す。
「近づいている感じが、
あまりしません」
「反応が弱い、
という意味か」
「……違います」
首を振る。
「あるはずのものが、
目立たないだけです」
霧島が、
端末を確認する。
「数値は?」
「正常です」
「なら、
現時点では問題ない」
理屈としては正しい。
それ以上、
突っ込む理由もない。
「……嫌な静か?」
二階堂が、
冗談めかして言った。
「……判断、
保留します」
少しだけ、
間を置いた返事。
二階堂は、
一瞬だけ視線を落とした。
だが、
それ以上は聞かなかった。
「まあ」
「考えすぎても、
ろくなことにならないし」
空気を戻す言い方。
久遠は、
その選択を見ていた。
二階堂は、
踏み込めたはずだった。
兄としても。
隊員としても。
それでも、
踏み込まなかった。
「……二階堂さん」
久遠が、
思わず声を出す。
「はい?」
「こういうの、
よくあるんですか」
「こういうの?」
「……説明しづらい違和感、
というか」
二階堂は、
少し考えてから答えた。
「……あんまり、
無いですね」
「今回は?」
「珍しいです」
それだけ言って、
それ以上は続けなかった。
皐が、
ゆっくりと目を開ける。
「兄」
「ん?」
「……今は、
言わなくていいです」
二階堂は、
皐を見る。
冗談でも、
軽口でもない目。
「分かってる」
短い返事。
それで、
会話は終わった。
久遠の胸の奥に、
小さな引っかかりが残った。
皐が感じた何かを、
自分も感じた気がした。
はっきりとした形はない。
言葉にできるほどでもない。
それでも、
触れた感覚だけが残っている。
だが、
それを口に出すことはできなかった。
理由は、
自分でも分からない。
ただ、
嫌な感じはしなかった。
危険だと判断するには、
材料が足りなかった。
「……到着まで三分」
葛城が前を向いたまま言う。
「各自、
集中しろ」
誰も返事をしない。
ただ、
それぞれが前を向く。
皐は、
再び目を閉じた。
呼吸は、
さっきよりも少し深い。
輸送車が減速する。
封鎖区画の手前。
久遠悠真は、
シートに背中を預けた。
まだ、
何も分からない。
だが、
いつもと同じではない。
その感覚だけを残したまま、
輸送車は止まった。




