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REMNANT ――境界に残ったもの  作者: 灰谷 くぐり
第二章:共有された罪
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第17話 基地帰還・夜

 基地に戻ったのは、

 日付が変わる少し前だった。


 夜間灯だけが点いた廊下は静かで、

 昼間の喧騒が嘘のように引いている。


 任務後の報告も、

 装備の返却も終わり、

 それぞれが解散したあとの時間。


 久遠悠真は、

 自販機の前に立っていた。


 缶を一本取るかどうか、

 迷っているわけではない。


 ただ、

 何もする気になれなかった。


「……まだ起きてた?」


 背後から、

 少し気の抜けた声。


 振り返ると、

 皐が立っていた。


 昼間と同じ制服だが、

 上着を脱いで肩にかけている。


「……はい」


 久遠は短く答えた。


「眠れない、

 感じですか」


「まあ、そんなとこ」


 皐は自販機の横に並び、

 慣れた手つきで飲み物を選ぶ。


「この時間の基地、

 静かすぎて逆に落ち着かないですよね」


「……分かります」


 しばらく、

 機械音だけが響いた。


 皐が缶を取り出し、

 そのまま床に腰を下ろす。


「座らないんですか?」


「……立ったままで」


「真面目だなあ」


 軽い調子。


 だが、

 からかいではない。


 久遠は、

 壁にもたれる形で視線を落とした。


「……今日は」


 皐が先に口を開く。


「お疲れさまでした」


「……皐も」


「私は、

 ほとんど見てただけですけど」


「それでも、

 必要な役割です」


 久遠の言葉に、

 皐は一瞬だけ目を瞬かせた。


「……そう言ってもらえると、

 助かります」


 間。


 皐は缶を開け、

 一口だけ飲んだ。


「……兄、

 何か言ってました?」


「いえ」


「ですよね」


 納得したように頷く。


「あの人、

 大事なことほど言わないから」


 久遠は、

 少し迷ってから口を開いた。


「……信頼、

 しているように見えました」


「兄が?」


「皐に」


 皐は、

 少しだけ笑った。


「……信頼というより」


「逃げ場を、

 共有してる感じです」


「逃げ場?」


「ええ」


 軽い口調のまま、

 視線は前を向いたまま。


「兄は、

 全部を背負うタイプなので」


「その全部が、

 潰れそうになった時」


「私が“止める役”なんです」


 久遠は、

 黙って聞いていた。


「……久遠さんは」


 皐が、

 ふと視線を向ける。


「誰かに、

 止めてもらえますか?」


 一拍。


 久遠は、

 すぐに答えられなかった。


「……分かりません」


 正直な返事だった。


 皐は、

 それ以上踏み込まない。


「なら」


 缶を持ち上げ、

 軽く振る。


「今は、

 止まらなくていいです」


「……?」


「止まれる場所があるって、

 分かってれば」


「人は、

 もう少しだけ無理できます」


 その言葉は、

 助言でも忠告でもなかった。


 ただの、

 経験談のようだった。


 久遠は、

 小さく息を吐く。


「……皐は」


「はい?」


「止まりたいと、

 思ったことは」


 皐は、

 一瞬だけ黙る。


 そして、

 何でもない調子で答えた。


「ありますよ」


「いっぱい」


 缶を置き、

 立ち上がる。


「でも」


「止まっちゃうと、

 兄が一人になるので」


 久遠の胸に、

 小さな違和感が残った。


「……優しいんですね」


「よく言われます」


 即答。


「でも、

 それって」


 皐は、

 少しだけ首を傾げる。


「“いいこと”とは

 限らないんですよ」


 廊下の照明が、

 わずかに明滅した。


 夜の基地は、

 相変わらず静かだ。


「……久遠さん」


 皐が言う。


「今日は、

 ちゃんと帰ってきましたよね」


 問いは、

 柔らかい。


 だが、

 曖昧さを許さない。


 久遠は、

 一拍置いてから答えた。


「……はい」


「戻ってきました」


 皐は、

 それ以上何も言わなかった。


 ただ、

 小さく頷く。


「なら、

 今日はそれで十分です」


 歩き出す前に、

 振り返る。


「おやすみなさい、

 久遠さん」


「……おやすみなさい」


 皐の足音が、

 廊下の奥へ消えていく。


 久遠は、

 しばらくその場を動けなかった。


 信頼か。


 それとも、

 ただの錯覚か。


 まだ、

 判断できない。


 だが一つだけ、

 確かなことがある。


 この夜。


 久遠悠真は、

 誰かと話したあとに

 初めて――


 少しだけ、

 呼吸が楽になっていた。


 それが、

 良いことなのかどうかも。


 まだ、

 分からないまま。

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