第16話 現地調査
現地は、
静かすぎるほどだった。
市街地外縁。
封鎖されたはずの区画。
瓦礫は撤去され、
破損した建物には仮設パネルが貼られている。
血の跡も、
焦げ跡もない。
まるで、
最初から何も起きていなかったかのように。
「……仕事が早いな」
葛城が低く呟いた。
「“何もなかった場所”を作るのは、
この国の得意分野だ」
霧島が淡々と補足する。
二階堂は、
足元の地面を軽く踏んだ。
「……あー」
間延びした声。
「埋め直してるな、これ」
「判断、早いな」
葛城が言う。
「勘です」
二階堂は即答した。
「……信用できるのか」
「信用するしかないでしょ」
そう言って、
二階堂は後ろを振り返る。
「皐」
「どう?」
皐は一歩前に出て、
目を閉じた。
呼吸が、
一瞬だけ深くなる。
「……残ってます」
「量は?」
「多いです」
「はい解散」
即断だった。
「……早すぎないか?」
葛城が眉をひそめる。
「皐が“多い”って言う時は」
二階堂は肩をすくめる。
「だいたい、
関わるとロクなことにならない」
「兄は、
そういう判断だけは正確です」
皐が淡々と補足した。
久遠は、
そのやり取りを黙って聞いていた。
迷いがない。
確認もしない。
だが、
投げているわけでもない。
「……二階堂」
葛城が呼びかけてから、
一瞬だけ言葉に詰まる。
「……いや」
「皐、でいいか?」
その一言で、
場の空気が少し動いた。
二階堂は、
一瞬だけ目を丸くする。
「お」
「下の名前?」
「いや、
部隊内で名字被るとややこしい」
葛城は少しだけ視線を逸らした。
「……問題あるか?」
二階堂は、
にっと笑う。
「いや全然」
「むしろ楽」
「皐も、それでいい?」
「はい」
皐は即答した。
「兄が混ざると、
記録が面倒なので」
「ひどくない?」
「事実です」
淡々。
葛城が小さく息を吐いた。
「……じゃあ、
俺もそう呼ぶ」
その流れで、
視線が久遠に向く。
「久遠は?」
一瞬。
久遠は、
言葉を探した。
「……二階堂さん、
だと」
「兄妹、
どっちのことか分からなくなりそうで」
二階堂が吹き出した。
「あー、確かに」
「じゃあ」
指で自分を指す。
「俺は“皐”で」
次に、
妹を見る。
「こっちは“妹の方の皐”」
「やめてください」
即座に却下。
「……じゃあ」
二階堂は少し考えてから、
「兄は“兄階堂”で」
「もっとややこしい」
霧島が即切った。
小さな笑いが、
その場に落ちる。
久遠は、
気づいてしまった。
自分が、
笑っていることに。
「……久遠?」
二階堂がちらっと見る。
「表情、
柔らかくなった」
「……そうですか」
「うん」
断言。
「さっきより、
全然話しかけやすい」
久遠は、
返事ができなかった。
ただ、
否定もしなかった。
皐が、
ふいに久遠を見る。
「……兄は」
「久遠さんのこと、
気に入ってます」
「ちょっと待て」
二階堂が即止める。
「それ誤解招く」
「事実です」
「どの辺が!?」
久遠は、
困ったように目を伏せた。
「……その」
「ありがとうございます」
二階堂は、
一瞬だけ言葉を失ってから、
「……どういたしまして?」
首を傾げた。
帰路。
車内は、
不思議と静かだった。
だが、
重くはない。
「なあ、久遠」
二階堂が前の席から振り返る。
「妹、
信用していいよ」
「俺より、
ずっと正確だから」
久遠は、
小さく頷いた。
「……信頼されてるんですね」
「ん?」
「皐に」
二階堂は、
一瞬だけ黙る。
「……まあ」
「任されてる、
とは思ってる」
久遠の胸の奥が、
少しだけ温かくなった。
――ああ。
だから、
この兄妹は。
こんな距離で立っていられる。
基地が見えてきた。
調査は、
問題なく終了。
だが。
久遠悠真は、
気づいていなかった。
この瞬間、
自分が――
二階堂という人間に、
ほんの少しだけ
心を預け始めていたことに。
それが、
正しいかどうかは。
まだ、
誰にも分からない。




