第1話 壊れなかった残り物
久遠悠真が戦場に立たされる理由は、いつも同じだった。
――壊れていないから。
瓦礫に埋もれた市街地に、警報が反響している。
避難用ドローンが低空を旋回し、崩れかけたビルの影を赤く染めていた。
「対象確認。コラプサー、ランクⅢ」
通信に乗ったのは、指揮官の乾いた声だった。
「……チッ。今日も重いな」
前線で足を止めた男が、舌打ちする。
真壁。
この小隊で最も能力出力が高く、
同時に消耗も激しい男だ。
「悠真、そこだ。少し下がれ」
振り返りもせず、当然のように指示が飛ぶ。
悠真は無言で頷き、隊列の後方に立った。
ここが、彼の定位置だった。
前に出ることはない。
だが、最前線よりも危険な場所。
能力者が力を使えば、
削れるのは――悠真だからだ。
「悪いな」
隣に立った女が、小さく声をかけてくる。
水城。
索敵能力を持つが、代償として記憶が欠けていく。
今日も、何かを忘れるのだろう。
「……気にすんな」
悠真は短く返した。
それ以上の言葉は、意味を持たない。
「ったく、便利な役回りだよな」
誰かが冗談めかして言う。
笑い声が、わずかに混じった。
――便利。
その言葉に、悠真は反応しなかった。
慣れている。
能力者が寿命を削って力を振るえば、
その寿命は、悠真が受け取る。
記憶を代償にすれば、
悠真の中から、何かが抜け落ちる。
それでも彼は、
まだ立っていられた。
だから、ここにいる。
「来るぞ」
真壁の声が低くなる。
建物の影から、異音が響いた。
ギ、ギ、ギ――
骨が擦れるような、耳障りな音。
姿を現したそれは、
人の形をしていた。
だが、
皮膚は裂け、骨格は歪み、
能力の残滓が身体の外に噴き出している。
《コラプサー》。
かつて、誰かだったもの。
「能力展開!」
号令と同時に、前線が動く。
真壁の能力が解放され、
空気が震えた。
次の瞬間――
悠真の視界が、一瞬だけ暗くなった。
胸の奥が、重く沈む。
(……来たな)
寿命か。
内臓か。
それとも、別の何かか。
どれでもいい。
立っていられるなら、それでいい。
能力が重ねられ、
戦闘が続く。
悠真は、ただ受け止め続けた。
だが――
「……?」
コラプサーの動きが、止まった。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
「何して――」
誰かが叫びかけた、その時。
瓦礫が崩れ、
悲鳴が上がる。
吹き飛ばされたのは、
前線の若い隊員だった。
倒れたまま、動かない。
「おい……!」
その光景を見た瞬間、
悠真の胸の奥に、
ぞわりとした感覚が走った。
――怖い。
死そのものではない。
自分が、ここに立っている理由が、
分からなくなることが。
その瞬間。
コラプサーが、びくりと身を震わせた。
低い唸り声を上げ、
ゆっくりと後退る。
「……え?」
誰かの、間の抜けた声。
次の瞬間、
コラプサーは背を向け、
瓦礫の向こうへと消えていった。
追撃の命令は、出なかった。
「対象、離脱……?」
通信がざわつく。
悠真は、その場に立ち尽くしていた。
心臓の音が、やけに大きい。
(……今のは)
何が起きたのか、分からない。
考えようとしても、
言葉にならなかった。
ただ、
胸の奥に残っている感覚がある。
気味が悪い。
それだけだ。
コラプサーが退いた理由も、
自分が何をしたのかも、
分からない。
分からないままで、
ここに立っていることが、
ひどく怖かった。
久遠悠真は、
それ以上考えるのをやめた。




