第14話 幕間 ――守られている場所
病院の廊下は、
夜になると音が薄くなる。
人が減るというより、
人の存在そのものが
削ぎ落とされていくような静けさだった。
久遠悠真は、
医療局の職員に先導されて歩いていた。
軍服ではない。
基地で用意された簡易の私服。
布は新しいのに、
着ている感覚だけが馴染まない。
「面会は十五分です」
職員が淡々と告げる。
「会話は記録されます。
身体接触は禁止。
内容次第では中断されます」
「……はい」
了承する以外の選択肢はない。
ここに来られること自体が、
“配慮”であり、
“管理”でもある。
廊下の角を曲がった、その先。
人影があった。
立っているだけで、
周囲の空気が変わる男。
軍服は着ていない。
だが、警備員が一歩下がる。
悠真は、
その顔を覚えていた。
――鷹宮 恒一。
息子の死を、
戦死として受け入れた男。
すれ違う距離。
そのはずだった。
「……久遠悠真」
名を呼ばれる。
職員が、
わずかに足を止める。
止めるが、
制止はしない。
それが、
この男の立場だった。
「面会か」
穏やかな声。
「……はい」
それ以上、
言葉は出ない。
「妹さんだな」
確認ではない。
知っている事実を、
そのまま置いただけ。
「安定していると聞いている」
聞いている。
見ている、ではない。
「管理が行き届いている」
その言葉に、
保護という響きはなかった。
鷹宮は、
廊下の先へ視線を流す。
「第七は、
これから忙しくなる」
独り言のように。
「欠けた戦力は補われた」
「……聞いています」
「そうか」
一拍。
「君の役割は変わらない」
そして、
ごく静かに続ける。
「君が立っている限り、
大切なものは守られる」
主語はない。
対象も明示されない。
それでも、
何を指しているのかは
はっきり分かった。
「……失礼します」
それ以上、
言葉を交わさない。
交わせば、
何かを了承したことになる。
悠真は、
前を向いて歩き出した。
背中に視線を感じながら。
病室の前。
端末に、
面会ログが表示される。
【面会者:久遠悠真】
【患者:久遠日和】
【制限:接触不可/会話記録】
【監督:医療局】
職員が操作し、
扉が開く。
白い病室。
消毒液の匂い。
機械音。
変わらない光景。
それが、
少しだけ怖い。
「……お兄ちゃん?」
日和の声。
ベッドの上で、
膝を抱えてこちらを見ている。
確かに、
生きている。
それだけで、
胸の奥がわずかに緩む。
「久しぶり」
悠真は、
いつも通りに言った。
日和は笑う。
安心した顔。
けれど、
視線は悠真の全身を
一度だけなぞった。
怪我を探す目ではない。
“違い”を確かめる目だ。
「……大丈夫そうだね」
言葉は軽い。
だが、
確信ではない。
「うん」
短く返す。
日和は、
端末をそっと伏せた。
少し、間があった。
「……前みたいに、
無理してない?」
問いは、
責める調子ではない。
確認でもない。
ただ、
感じ取ったものを
そのまま置いただけ。
悠真は、
すぐには答えなかった。
答えを探したのではない。
どの言葉なら、
ここに残していいのかを
選んでいた。
「……無理は、
してないつもり」
完全な否定ではない。
肯定でもない。
日和は、
それで十分だと分かったのか、
それ以上は聞かなかった。
「そっか」
小さく笑う。
納得ではない。
理解でもない。
ただ、
踏み込まないという選択。
「検査、
また増えたんだ」
「……そう」
「前倒しだって」
「うん」
「でも、異常なしって」
異常なし。
それを言うとき、
日和は一瞬だけ視線を逸らした。
安心していい言葉なのに、
自分に言い聞かせているようだった。
十五分。
短い時間。
それでも、
日和は最後まで
何も聞かなかった。
兄が何を見たのか。
何を失ったのか。
聞けば、
答えが返ってくると
分かっていたから。
そして、
答えを聞く覚悟が
まだなかったから。
面会終了の合図。
扉が閉まる。
悠真は、
振り返らなかった。
振り返れば、
守られている理由を
思い出してしまう。
廊下に出ると、
もう鷹宮の姿はない。
だが。
言葉だけが、
残っていた。
――立っている限り。
守られている場所は、
確かに存在する。
ただし、
それは
立ち続けられる者にしか
許されない場所だった。




