第12話 観測対象
取調室は、
医療区画のさらに奥にあった。
白い壁。
白い机。
白い天井。
どこにも血の跡はない。
戦場の名残もない。
――ここでは、
人は「結果」だけになる。
「楽にしてくれていい」
向かいに座る男は、
そう言いながら端末を操作していた。
階級章は外している。
名も告げない。
だが、
連邦評議会直属の調査官だということは、
その立ち振る舞いで分かった。
久遠悠真は、
椅子の背に体重を預けたまま、
静かに呼吸を整えていた。
手は震えていない。
心拍も安定している。
――数値上は、問題なし。
「第七特別部隊所属、久遠悠真」
調査官が言う。
「本日の任務における行動について、
いくつか確認を行う」
「……はい」
「これは責任追及ではない」
よくある前置きだった。
「記録の補完だ」
悠真は、
その言葉をそのまま受け取らなかった。
この部屋で行われるのは、
いつも“選別”だ。
「では、確認する」
調査官は、
端末から視線を上げる。
「君は、
戦闘中に能力を使用しましたか」
直球だった。
悠真は、
一拍置いてから答える。
「……はい」
「使用した、という認識がある?」
「あります」
即答だった。
誤魔化す理由が、
もうない。
「具体的には」
「部隊内の能力使用に伴う代償を、
引き受けていました」
「通常通り?」
「……いいえ」
そこで、
言葉が一瞬止まる。
「今回は、
明らかに量が違いました」
調査官の指が、
一度だけ止まった。
「“違った”とは?」
「重なっていました」
事実だけを、
淡々と置く。
「同時に、複数人分」
「限界は?」
「……越えていました」
空気が、
少しだけ重くなる。
「君は、
“引き受けすぎている”と感じましたか」
その質問に、
悠真は首を振らなかった。
代わりに、
目を伏せる。
「感じていました」
「いつから?」
「中盤です」
「その時点で、
継続は危険だと?」
「はい」
「では、なぜ止めなかった?」
――違う。
その問いの前提が、
少しだけ違う。
悠真は、
静かに息を吐いた。
「……止めようとはしました」
調査官の視線が、
わずかに鋭くなる。
「それは、
誰に対して?」
「鷹宮隊員に」
室内の空気が、
一段階下がった。
名前が、
持つ重さ。
「その際、
何がありましたか」
悠真は、
しばらく黙っていた。
言葉を選んでいる、
というより。
どこまでを、
“事実”として切り出すかを
計っている。
「……これ以上は無理だと、
伝えました」
「返答は?」
「……引き受けろ、と」
淡々と。
「命令でしたか?」
「……命令に近いものでした」
「拒否は?」
悠真は、
ゆっくり首を振る。
「拒否できる状況では、
ありませんでした」
それ以上、
説明はしなかった。
説明すれば、
誰かの行動に
意味が付いてしまう。
それを、
彼は避けた。
「その後」
調査官が続ける。
「能力は、
使用された」
「はい」
「君の意思で?」
問いは、
慎重だった。
悠真は、
少し考えてから答える。
「……分かりません」
「分からない?」
「拒否しようとは、
していました」
一拍。
「ですが、
次の瞬間には、
引き受けていました」
事実だけ。
「それが、
自分の判断だったのか、
そうでなかったのかは……」
首を振る。
「判断できません」
調査官は、
何も言わずに端末へ視線を落とした。
しばらく、
室内には音がなかった。
「分かりました」
やがて、
そう言って顔を上げる。
「確認は以上です」
あまりにも、
あっさりしていた。
「これで終わりですか」
悠真が尋ねると、
調査官は否定もし肯定もしない。
「一次調査は」
そう付け加えただけだった。
「……はい」
椅子を引く音が、
静かに響く。
扉が開くと、
廊下の光が差し込んだ。
第七特別部隊の待機区画。
人数は、
減っていた。
当たり前のことなのに、
それを視覚で突きつけられると、
息が詰まる。
葛城は、
壁にもたれて腕を組んでいた。
固定された腕。
包帯の隙間から見える、
まだ引きつった指。
「……終わったか」
「はい」
「そうか」
それ以上、
聞かない。
聞けない。
霧島は、
端末を操作していた。
呼吸は落ち着いているが、
以前よりも
わずかに浅い。
「数値、
問題なさそうだな」
誰に向けたとも
取れる言葉。
「……一応は」
悠真が答える。
“問題なし”。
その言葉が、
どれほど脆いかを、
ここにいる全員が知っていた。
「補充人員が入るらしい」
霧島が言う。
「まだ確定じゃないが」
「……そうか」
葛城は、
それだけ返す。
視線は、
空いている席に
向けられなかった。
「調査は?」
霧島が、
悠真を見る。
「一旦、
区切りはついた」
「“一旦”か」
「はい」
霧島は、
それ以上追及しなかった。
する必要がない。
全員が、
分かっている。
これは終わりではない。
整理されただけだ。
削る場所を、
決めただけだ。
「次の任務までは、
待機だ」
葛城が言う。
「身体を戻せ」
“戻せ”。
戻る場所が、
どこなのかは、
誰も口にしなかった。
悠真は、
自分の手を見る。
まだ、
人間の形をしている。
震えてもいない。
それでも。
ここから先、
同じ場所には
戻れない。
その感覚だけは、
はっきりしていた。
境界は、
まだ越えていない。
だが、
足元は、
もう削られ始めている。
次に立つ場所が、
どこになるのか。
それを決めるのは、
まだ――
自分ではない。




